八月九日。ハグの日。恋人のネズさんにはいつものように抱きついているが、イベント事は楽しまきゃ勿体ない。
「ネズさん！」
　私は大きな声でそう名前を呼ぶと、愛しの彼に思い切り抱きついた。ふわっと香る、涼しげでどことなく上品な匂い。新しい香水かな、なんて思いながら顔を上げて彼の方を伺った。
「今日も元気ですね、おまえは」
　こちらに向けられる優しい笑顔。いつもはこれだけで幸せな気持ちでいっぱいになるのだけど、今日はそれだけじゃなんだか足りなくて。
「愛しの彼女に抱きつかれてそれだけですか？」
　なんて少しだけ拗ねてみる。すると一瞬きょとんとした後、呆れたように眉根を下げて、仕方ないですね。とでも言うかのように口元で笑いかけてくるネズさん。
「自分で言うんじゃねーですよ」
「じゃあネズさんが言ってくださいよ」
「おれがですか？」
　愛しの彼女と言ってくれないかなと淡い期待を抱きながらちょっとした無茶ぶりを言ってみるが、面倒くさそうな顔をされてしまう。
「嫌ならいいですけど……」
　少し調子に乗ってしまったなと反省し、小さくなる声。次いでネズさんから離れようとすると、グイ、と腕を引っ張られ、今度はしっかりと抱き合う形になる。嬉しくて「ネズさん」そう名前を呼ぼうとするが、先程よりも強く香る彼の匂いに思わず息を飲む。小さく聴こえるネズさんの胸の鼓動。それが心地好くて、私はゆっくりと目を瞑った。
「愛してるよ」
　暗い視界の中で聞こえた突然の愛の囁きに、すぐさま目を開いてネズさんの方を見ると、そこには意地悪そうな笑顔。
「これで満足ですか？リキュラ」
　クククと笑うネズさんを見て急に恥ずかしくなり、私は彼の胸に顔を埋めると、その場から隠れるようにしてもう一度目を瞑った。