夢小説
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
空は快晴。心地良い風に揺られながら、私は鼻歌交じりに石畳で舗装された道路を歩く。通りには大きな倉庫が立ち並び、シャッターにはポケモンをモチーフにした会社のロゴが塗装されている。可愛らしくて癒される。
「カラテアくん?」
立ち止まって倉庫のシャッターを眺めていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、赤いユニフォームを着た白髪混じりの男性がこちらに微笑みかけてきた。
「カブさん!お久しぶりです!」
私は最近見ていなかったその顔を見て笑顔になる。
彼はこの街のジムリーダーで、優しくて熱くて頼れる大人。私がとても尊敬している人だ。
「やっぱりカラテアくんだ。エンジンシティに来るなんて珍しいね」
「あ、はい。たまにはこっちのバトルカフェにも行ってみようかなって」
私はいつもエンジンシティを通り過ぎ、シュートシティまで足を運んでいた。あそこのバトルカフェは都会だけあって貰える賞金が多い。
カブさんは肩に掛けたタオルを掴みながらそうなんだね、と相槌を打ってくれる。
「カブさんはランニング中ですか?」
「うん、でもそろそろ休憩にしようと思っていてね」
「あっじゃあ」
一緒にバトルカフェに行きませんか、と誘おうとするが、突然カブさんに腕を引っ張られて私の言葉は遮られた。
何かと思い口を開こうとするが、そのまま抱き寄せられてその機会が失われる。カブさんの日向のような体温が、私の身体にじんわりと伝わってくる。
「危ないよ」
いつもの聞き慣れた声とは違う低い声で囁かれ、私の心音が乱れる。私は自分の心音に戸惑いながら、カブさんの腕の中で時が過ぎるのを静かに待つ。
その数秒後に背後で自転車が通り過ぎて行く音がして、私の身体はカブさんの腕から優しく離された。
「気をつけてね、カラテアくん」
眉を下げて優しく注意をされる。朗らかないつもの彼だった。
カブさんは何事もなかったかのように先程の会話を続けてくるが、私の心音はまだ早いまま。
カブさんは元々憧れの人ではあったけど、きっと今の一瞬で彼の大ファンになってしまったに違いない。
明日からはエンジンシティのバトルカフェに通おうと、心に決めた。
*
エンジンシティ近くの橋。その手すりに手を掛け、街中を流れる川を眺める。空は橙色。水面に夕日が反射して幻想的だ。綺麗だな、なんて思いながらも、無意識に溜め息がついて出る。
今日はあんまり良い日じゃなかったな。
ぼんやりと水面を眺めながら二度目の溜め息を吐こうとした時、視界の端に長い影。顔を上げるとそこには、見慣れたユニフォーム姿の男性が立っていた。
「今日も一日お疲れ様、カラテアくん」
「カブさん!」
彼の朗らかな笑顔に、私は思わず大きな声で名前を呼んだ。
「元気がないみたいだね」
いつものほっとする笑顔から一転して、心配するようにこちらを伺ってくるカブさん。溜め息を吐くところを見られてしまったのだろう。
カブさんに会えたのも、声をかけてもらえたのも嬉しいけれど、こんな情けない姿は見られたくなかった。そんなばつの悪さに彼から視線を外すと、私は顔を水面へと向けた。
「あ、はい……」
「何があったのか、聞いてもいいかな」
「ええと……」
カブさんの優しい声に、言葉が詰まる。彼に言えない話というわけではないが、彼に愚痴は言いたくなかった。
カブさんならくだらない悩みから重い悩みまで、全てを真摯に受け止めて、一緒に解決策を探してくれるだろう。だからこそ負担になりたくない。私が見たいのは眉根が下がった悲しそうな顔なんかじゃなく、あの朗らかな笑顔だ。
「ああ、言いたくないのなら大丈夫だよ」
無言の私に一歩引くようにして、また優しい言葉をかけてくれるカブさん。
ああ、また気を遣わせてしまったな。
あまりの申し訳なさに胸がキュッと痛くなる。誤解を解きたいし、笑ってほしい。でも愚痴は言いたくなくて。
私はどうしようもない不安感に、目の前の手すりに掛けている手の力を強めた。
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……!」
「ねぇカラテア」
焦ってその場の勢いで言い訳を並べ立てようとした瞬間、私の言葉に被さるようにして名前を呼ばれる。その声にゆっくりとカブさんの方を向くと、穏やかな、しかしまた少しだけ困ったような顔。
「ぼくの前では、肩の力を抜いて欲しいな」
困ったように笑う彼。ドキリと高鳴る私の心臓。
夕日に照らされたカブさんがキラキラして、綺麗で。言葉には言い表せないけれど、その瞬間はいつもと違って、カブさんが自分にとって、とても特別なものに感じられた。
「あ……」
カブさんに対して唇が震えて声が出ないなんて初めてで、自分でも驚きながら言葉を探す。その間も穏やかな顔で待ってくれるカブさん。
ドキドキと鳴り続ける鼓動。どうしようと視線を水面に彷徨わせたその時だった。
『うぱ~~!』
ウパーの群れだ。ザッと数えただけでも十匹ほどいる。
あまりに突然の出来事に呆然としていると、カブさんが静かに私の隣まで来て、私と並んで川を眺める体勢に。
「大家族だね」
「友達同士かもしれませんよ。遠足とか」
ウパーの気が抜ける鳴き声に、いつもの調子に戻る私達。胸の鼓動も鳴り止んだ。さっきのあの不思議な時間が嘘のようだ。
「遠足か、ふふ、そうかもしれないね」
あ、笑った。
そんなカブさんの優しい笑顔に、 トクン、トクンと、また少しだけ鳴り始める鼓動。
「あの、カブさん」
「ん?」
「夕飯、ご一緒してくれませんか?」
「うん、是非。おいしいもの食べに行こう」
この胸の高鳴りが何なのかはよくわからないけれど、今日はまだ、もう少しだけカブさんと一緒にいたい。
私は橙色の水面に揺れるウパーの群れを、カブさんとふたり一緒に見送った。
*
薄闇の中、小走りで急ぐ私の足元からは、パチャパチャと水の鳴る音が響き渡る。
ここは第二鉱山。エンジンシティのバトルカフェに向かう途中なのだが、今日はやけに手間取ってしまった。手持ちのポケモン達も疲れている。早くここを抜けないと。
そう思って走る速度を上げた瞬間、マッギョに足を取られて転んでしまう。
本当にツイてない。
私は顰め面で立ち上がり、また出口を目指して走り出した。
*
やっとの思いで鉱山を出た私は大きく息を吸う。空気がおいしい。よし、エンジンシティまで後少し。
私は様子を窺うように辺りを見回すと、看板の影に見覚えのある人影を見つけてすぐに足を止めた。
「カブさん?」
彼はこちらに気が付き私と目が合うと、人差し指を口の前で止めた。静かに、という意味だろう。カブさんが何をしているのかは見当がつかないけれど、私は指示通りに静かに歩き出す。
私の行動が伝わったのか、カブさんは止めていた人差し指を胸元まで下ろした。そのままこっちにおいで、と優しく手招きをされる。
私は音を立てないように静かにカブさんのそばまで歩くと、ゆっくりと彼の隣に腰を下ろした。
「見てごらん」
私は促されるままカブさんの視線の先を覗くと、茂みの隙間から麦わら色のロコンが顔を出しているのが見えた。色違いだ。
よく見る赤茶色のロコンも可愛いけれど、見慣れないその子の可憐さは格別だった。
私はたまらなくなりカブさんの方を向くと、彼もこちらを向いて笑いかけてくれる。
私はそんなカブさんとのやり取りにほんの少しだけ胸が焼け付くような感覚を覚えたけれど、理由はやっぱり分からなかった。
私とカブさんはしばらく息を潜めて肩を寄せ合い、麦わら色のロコンを眺め続けた。
あれから数十分は経っただろうか。私とカブさんはロコンを見送り立ち上がった。
「ラッキーだったね」
私ははい!と元気よく返事をしようとするけれど、カブさんの問いかけに遮られる。
「カラテアくん、その怪我はどうしたんだい」
何の事だと疑問に思い、カブさんの視線が刺さる足を見下ろすと、膝から血が流れていた。マッギョに転ばされた時の傷だろう。転んだ時も今までも特に痛みを感じていなかったけど、意識すると途端に痛くなってくる。
「あ、これ、いや、全然痛くないので大丈夫です」
私は心配させないようにと咄嗟に誤魔化すけれど、カブさんの表情は硬いまま。
「大丈夫じゃないよね」
カブさんは咎めるような目を私に向ける。私はこれ以上誤魔化す気にはなれず、小さく頷いた。
「エンジンシティまで送るよ」
そう言うとカブさんは私の前でしゃがみ込み、手をこちらへ向けてくる。おんぶの姿勢だ。
「えっ、いや、でも」
「僕は小柄だけど、君くらいなら楽々運べるから安心して」
ジムリーダーの彼にそんな迷惑かけるわけにはいかないし、何より男の人の背中に乗るのだって恥ずかしい。
私が何も言わずに固まっていると、カブさんはそのままの格好で顔をこちらに向けて困ったように笑った。
「それともじじいの背中は嫌かい?」
「そんな事はないです!」
反射的に動く口。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「それなら良かった」
カブさんはふふ、と笑うと前に向き直る。乗れ、と言う事だろう。上手く乗せられたような気もするけれど、こうなっては甘えるしかない。
私がカブさんの背中に乗ると、彼の腕が私の足を支えてくれる。私も落ちないようにとカブさんの胸元に腕を回せば、私の体はゆっくりと地面から遠ざかる。
「辛かったら言ってね」
カブさんはそう言うと、まるで誰も乗っていないかのようにスタスタと歩き始めた。
さすがカブさん。この調子ならエンジンシティにもきっとすぐ着く。
「ねぇ、カブさん」
「うん?」
「今日、ツイてないって思ってたんですけど、カブさんのおかげですっごくいい日になりました」
「そうなのかい?でも、うん、それならよかったよ」
鉱山で駆けずり回って、マッギョに躓いて転んで怪我をして、このまま一人でエンジンシティまで向かっていたらもっと酷い目に遭っていたかもしれない。
私は一人微笑むと、思わずカブさんの胸元に回す腕にぎゅっと力を入れた。
「……カラテアくんの身体、温かいね」
安定感あるカブさんの背中に安心していたのに、その一言で私の心臓は大きく鳴り出し、全く気にしていなかった彼の体温に意識が行く。
カブさんの背中、腕、胸元、私が今触れている全てから、まるで焼けるような熱さを感じる。あの時、抱き寄せられた時とは全く違う、熱さ。
憧れの人だから?ファンだから?ううん、違う。そんなんじゃない。もっと、特別な…………あ、
私、カブさんのことが好きなんだ。
やっとそこまで辿り着いた私は自分の感情に理解が追いつかず、咄嗟に寝たふりをした。
「カラテアくん?」
自分を呼ぶその声に思わず返事をしそうになるけれど、今はどんな顔してカブさんと話せばいいのか分からない。
「んん……」
そのまま寝たふりを続けていると、カブさんは私が眠っていると思ってくれたらしく、柔らかく笑われる。
「おやすみ、カラテアくん」
カブさんはそう呟くと、寝ている私を気遣って歩く速度を落としてくれる。
明日から、どうしよう……
私はカブさんの背中で頭を悩ませながら、街に着くまで揺られ続けた。
「カラテアくん?」
立ち止まって倉庫のシャッターを眺めていると、後ろから声をかけられる。振り向くと、赤いユニフォームを着た白髪混じりの男性がこちらに微笑みかけてきた。
「カブさん!お久しぶりです!」
私は最近見ていなかったその顔を見て笑顔になる。
彼はこの街のジムリーダーで、優しくて熱くて頼れる大人。私がとても尊敬している人だ。
「やっぱりカラテアくんだ。エンジンシティに来るなんて珍しいね」
「あ、はい。たまにはこっちのバトルカフェにも行ってみようかなって」
私はいつもエンジンシティを通り過ぎ、シュートシティまで足を運んでいた。あそこのバトルカフェは都会だけあって貰える賞金が多い。
カブさんは肩に掛けたタオルを掴みながらそうなんだね、と相槌を打ってくれる。
「カブさんはランニング中ですか?」
「うん、でもそろそろ休憩にしようと思っていてね」
「あっじゃあ」
一緒にバトルカフェに行きませんか、と誘おうとするが、突然カブさんに腕を引っ張られて私の言葉は遮られた。
何かと思い口を開こうとするが、そのまま抱き寄せられてその機会が失われる。カブさんの日向のような体温が、私の身体にじんわりと伝わってくる。
「危ないよ」
いつもの聞き慣れた声とは違う低い声で囁かれ、私の心音が乱れる。私は自分の心音に戸惑いながら、カブさんの腕の中で時が過ぎるのを静かに待つ。
その数秒後に背後で自転車が通り過ぎて行く音がして、私の身体はカブさんの腕から優しく離された。
「気をつけてね、カラテアくん」
眉を下げて優しく注意をされる。朗らかないつもの彼だった。
カブさんは何事もなかったかのように先程の会話を続けてくるが、私の心音はまだ早いまま。
カブさんは元々憧れの人ではあったけど、きっと今の一瞬で彼の大ファンになってしまったに違いない。
明日からはエンジンシティのバトルカフェに通おうと、心に決めた。
*
エンジンシティ近くの橋。その手すりに手を掛け、街中を流れる川を眺める。空は橙色。水面に夕日が反射して幻想的だ。綺麗だな、なんて思いながらも、無意識に溜め息がついて出る。
今日はあんまり良い日じゃなかったな。
ぼんやりと水面を眺めながら二度目の溜め息を吐こうとした時、視界の端に長い影。顔を上げるとそこには、見慣れたユニフォーム姿の男性が立っていた。
「今日も一日お疲れ様、カラテアくん」
「カブさん!」
彼の朗らかな笑顔に、私は思わず大きな声で名前を呼んだ。
「元気がないみたいだね」
いつものほっとする笑顔から一転して、心配するようにこちらを伺ってくるカブさん。溜め息を吐くところを見られてしまったのだろう。
カブさんに会えたのも、声をかけてもらえたのも嬉しいけれど、こんな情けない姿は見られたくなかった。そんなばつの悪さに彼から視線を外すと、私は顔を水面へと向けた。
「あ、はい……」
「何があったのか、聞いてもいいかな」
「ええと……」
カブさんの優しい声に、言葉が詰まる。彼に言えない話というわけではないが、彼に愚痴は言いたくなかった。
カブさんならくだらない悩みから重い悩みまで、全てを真摯に受け止めて、一緒に解決策を探してくれるだろう。だからこそ負担になりたくない。私が見たいのは眉根が下がった悲しそうな顔なんかじゃなく、あの朗らかな笑顔だ。
「ああ、言いたくないのなら大丈夫だよ」
無言の私に一歩引くようにして、また優しい言葉をかけてくれるカブさん。
ああ、また気を遣わせてしまったな。
あまりの申し訳なさに胸がキュッと痛くなる。誤解を解きたいし、笑ってほしい。でも愚痴は言いたくなくて。
私はどうしようもない不安感に、目の前の手すりに掛けている手の力を強めた。
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……!」
「ねぇカラテア」
焦ってその場の勢いで言い訳を並べ立てようとした瞬間、私の言葉に被さるようにして名前を呼ばれる。その声にゆっくりとカブさんの方を向くと、穏やかな、しかしまた少しだけ困ったような顔。
「ぼくの前では、肩の力を抜いて欲しいな」
困ったように笑う彼。ドキリと高鳴る私の心臓。
夕日に照らされたカブさんがキラキラして、綺麗で。言葉には言い表せないけれど、その瞬間はいつもと違って、カブさんが自分にとって、とても特別なものに感じられた。
「あ……」
カブさんに対して唇が震えて声が出ないなんて初めてで、自分でも驚きながら言葉を探す。その間も穏やかな顔で待ってくれるカブさん。
ドキドキと鳴り続ける鼓動。どうしようと視線を水面に彷徨わせたその時だった。
『うぱ~~!』
ウパーの群れだ。ザッと数えただけでも十匹ほどいる。
あまりに突然の出来事に呆然としていると、カブさんが静かに私の隣まで来て、私と並んで川を眺める体勢に。
「大家族だね」
「友達同士かもしれませんよ。遠足とか」
ウパーの気が抜ける鳴き声に、いつもの調子に戻る私達。胸の鼓動も鳴り止んだ。さっきのあの不思議な時間が嘘のようだ。
「遠足か、ふふ、そうかもしれないね」
あ、笑った。
そんなカブさんの優しい笑顔に、 トクン、トクンと、また少しだけ鳴り始める鼓動。
「あの、カブさん」
「ん?」
「夕飯、ご一緒してくれませんか?」
「うん、是非。おいしいもの食べに行こう」
この胸の高鳴りが何なのかはよくわからないけれど、今日はまだ、もう少しだけカブさんと一緒にいたい。
私は橙色の水面に揺れるウパーの群れを、カブさんとふたり一緒に見送った。
*
薄闇の中、小走りで急ぐ私の足元からは、パチャパチャと水の鳴る音が響き渡る。
ここは第二鉱山。エンジンシティのバトルカフェに向かう途中なのだが、今日はやけに手間取ってしまった。手持ちのポケモン達も疲れている。早くここを抜けないと。
そう思って走る速度を上げた瞬間、マッギョに足を取られて転んでしまう。
本当にツイてない。
私は顰め面で立ち上がり、また出口を目指して走り出した。
*
やっとの思いで鉱山を出た私は大きく息を吸う。空気がおいしい。よし、エンジンシティまで後少し。
私は様子を窺うように辺りを見回すと、看板の影に見覚えのある人影を見つけてすぐに足を止めた。
「カブさん?」
彼はこちらに気が付き私と目が合うと、人差し指を口の前で止めた。静かに、という意味だろう。カブさんが何をしているのかは見当がつかないけれど、私は指示通りに静かに歩き出す。
私の行動が伝わったのか、カブさんは止めていた人差し指を胸元まで下ろした。そのままこっちにおいで、と優しく手招きをされる。
私は音を立てないように静かにカブさんのそばまで歩くと、ゆっくりと彼の隣に腰を下ろした。
「見てごらん」
私は促されるままカブさんの視線の先を覗くと、茂みの隙間から麦わら色のロコンが顔を出しているのが見えた。色違いだ。
よく見る赤茶色のロコンも可愛いけれど、見慣れないその子の可憐さは格別だった。
私はたまらなくなりカブさんの方を向くと、彼もこちらを向いて笑いかけてくれる。
私はそんなカブさんとのやり取りにほんの少しだけ胸が焼け付くような感覚を覚えたけれど、理由はやっぱり分からなかった。
私とカブさんはしばらく息を潜めて肩を寄せ合い、麦わら色のロコンを眺め続けた。
あれから数十分は経っただろうか。私とカブさんはロコンを見送り立ち上がった。
「ラッキーだったね」
私ははい!と元気よく返事をしようとするけれど、カブさんの問いかけに遮られる。
「カラテアくん、その怪我はどうしたんだい」
何の事だと疑問に思い、カブさんの視線が刺さる足を見下ろすと、膝から血が流れていた。マッギョに転ばされた時の傷だろう。転んだ時も今までも特に痛みを感じていなかったけど、意識すると途端に痛くなってくる。
「あ、これ、いや、全然痛くないので大丈夫です」
私は心配させないようにと咄嗟に誤魔化すけれど、カブさんの表情は硬いまま。
「大丈夫じゃないよね」
カブさんは咎めるような目を私に向ける。私はこれ以上誤魔化す気にはなれず、小さく頷いた。
「エンジンシティまで送るよ」
そう言うとカブさんは私の前でしゃがみ込み、手をこちらへ向けてくる。おんぶの姿勢だ。
「えっ、いや、でも」
「僕は小柄だけど、君くらいなら楽々運べるから安心して」
ジムリーダーの彼にそんな迷惑かけるわけにはいかないし、何より男の人の背中に乗るのだって恥ずかしい。
私が何も言わずに固まっていると、カブさんはそのままの格好で顔をこちらに向けて困ったように笑った。
「それともじじいの背中は嫌かい?」
「そんな事はないです!」
反射的に動く口。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「それなら良かった」
カブさんはふふ、と笑うと前に向き直る。乗れ、と言う事だろう。上手く乗せられたような気もするけれど、こうなっては甘えるしかない。
私がカブさんの背中に乗ると、彼の腕が私の足を支えてくれる。私も落ちないようにとカブさんの胸元に腕を回せば、私の体はゆっくりと地面から遠ざかる。
「辛かったら言ってね」
カブさんはそう言うと、まるで誰も乗っていないかのようにスタスタと歩き始めた。
さすがカブさん。この調子ならエンジンシティにもきっとすぐ着く。
「ねぇ、カブさん」
「うん?」
「今日、ツイてないって思ってたんですけど、カブさんのおかげですっごくいい日になりました」
「そうなのかい?でも、うん、それならよかったよ」
鉱山で駆けずり回って、マッギョに躓いて転んで怪我をして、このまま一人でエンジンシティまで向かっていたらもっと酷い目に遭っていたかもしれない。
私は一人微笑むと、思わずカブさんの胸元に回す腕にぎゅっと力を入れた。
「……カラテアくんの身体、温かいね」
安定感あるカブさんの背中に安心していたのに、その一言で私の心臓は大きく鳴り出し、全く気にしていなかった彼の体温に意識が行く。
カブさんの背中、腕、胸元、私が今触れている全てから、まるで焼けるような熱さを感じる。あの時、抱き寄せられた時とは全く違う、熱さ。
憧れの人だから?ファンだから?ううん、違う。そんなんじゃない。もっと、特別な…………あ、
私、カブさんのことが好きなんだ。
やっとそこまで辿り着いた私は自分の感情に理解が追いつかず、咄嗟に寝たふりをした。
「カラテアくん?」
自分を呼ぶその声に思わず返事をしそうになるけれど、今はどんな顔してカブさんと話せばいいのか分からない。
「んん……」
そのまま寝たふりを続けていると、カブさんは私が眠っていると思ってくれたらしく、柔らかく笑われる。
「おやすみ、カラテアくん」
カブさんはそう呟くと、寝ている私を気遣って歩く速度を落としてくれる。
明日から、どうしよう……
私はカブさんの背中で頭を悩ませながら、街に着くまで揺られ続けた。