影が薄い子の
「怪我をしました」
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着替えさせたとき、それを見つけてしまった。
「…はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます。家永さん」
「順調に回復していますね。怪我をした翌日から鍛錬 を始めた時には肝が冷えましたけれど」
傷口どころか中の筋肉さえくっついていない状態で腕を動かそうとしていた当時を思い出し憂いた息を零す私に、彼女…名前ちゃんは「あはは、」と声だけで笑う。
まったく反省していないその様子にもう一度、今度は呆れの息を零してから、傷の処置や抜糸に使った器具を片していく。
その横でいつもの黒いとっくり、そして白いシャツを着込む彼女の身体を、横目に見た。
名前ちゃんは、私がこの見た目に反して男だと知っているにも関わらず、その肌を晒すことに躊躇いはないようだった。大切な胸部はサラシで隠されているからかもしれないけれど、上半身を惜しげも無く露わにする潔さは、医者の視点からすればいい患者ではある。が、女の視点からすれば、つらくはないのだろうかと思ってしまうのだ。(あくまで、心は男のままなのだけれど)
彼女の身体には、杉元さんには負けるがいくつもの傷痕があった。詳しくは聞いていないけれど〝若気の至り〟でついた痕だそうだけれど、普通の女人であればそれを他人に見せるのはそれなりに抵抗のあるものなのではないかと、そう思うのだ。
(それに…)
「ここの傷、見ましたよね?」
「!」
視線を下へ降ろした時、丁度その視界に彼女の指が入ると同時にそう問われ、ぎくりと身体が強ばった。
上着を肩に羽織った名前ちゃんは、黒の衣服に包まれている自身の太腿に手を置いてその指で付け根を横一線に引いて見せる。
それはまるで、その下にある痕をなぞるような仕草で。
恐る恐る顔を上げると、何の感情もこもっていない彼女の表情がそこにあった。
「家永さんなら、意味もご存知かと」
「…いったい、いつ?」
「いつでしたかねえ。十五、六の頃だったと思います」
温度や抑揚すら感じられない声色で、名前ちゃんは淡々と話す。それはまるで他人事のように、淡々と。
「この傷をつけられた日から、わたしは女でも男でもなくなりました。たったそれだけの事です」
「名前ちゃん…」
「ああでも、他の人には内緒にしてください。聞いて気分のいいものではないですし」
そう言う彼女から、思わず目を逸らしてしまう。
男として、無闇に傷つけられた彼女に同情して。
女として、尊厳を奪われたことに怒りを感じて。
人間として、まるでその存在を否定するかのような仕打ちを何故彼女が受けなければならないのだろうかと絶望して。
自身の中に存在する三者三様の感情がぐちゃぐちゃに混ざって溢れ出しそうで、目の奥が熱くなった。
泣いていいのは、私ではないのに。
家永と秘密の共有
「…はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます。家永さん」
「順調に回復していますね。怪我をした翌日から
傷口どころか中の筋肉さえくっついていない状態で腕を動かそうとしていた当時を思い出し憂いた息を零す私に、彼女…名前ちゃんは「あはは、」と声だけで笑う。
まったく反省していないその様子にもう一度、今度は呆れの息を零してから、傷の処置や抜糸に使った器具を片していく。
その横でいつもの黒いとっくり、そして白いシャツを着込む彼女の身体を、横目に見た。
名前ちゃんは、私がこの見た目に反して男だと知っているにも関わらず、その肌を晒すことに躊躇いはないようだった。大切な胸部はサラシで隠されているからかもしれないけれど、上半身を惜しげも無く露わにする潔さは、医者の視点からすればいい患者ではある。が、女の視点からすれば、つらくはないのだろうかと思ってしまうのだ。(あくまで、心は男のままなのだけれど)
彼女の身体には、杉元さんには負けるがいくつもの傷痕があった。詳しくは聞いていないけれど〝若気の至り〟でついた痕だそうだけれど、普通の女人であればそれを他人に見せるのはそれなりに抵抗のあるものなのではないかと、そう思うのだ。
(それに…)
「ここの傷、見ましたよね?」
「!」
視線を下へ降ろした時、丁度その視界に彼女の指が入ると同時にそう問われ、ぎくりと身体が強ばった。
上着を肩に羽織った名前ちゃんは、黒の衣服に包まれている自身の太腿に手を置いてその指で付け根を横一線に引いて見せる。
それはまるで、その下にある痕をなぞるような仕草で。
恐る恐る顔を上げると、何の感情もこもっていない彼女の表情がそこにあった。
「家永さんなら、意味もご存知かと」
「…いったい、いつ?」
「いつでしたかねえ。十五、六の頃だったと思います」
温度や抑揚すら感じられない声色で、名前ちゃんは淡々と話す。それはまるで他人事のように、淡々と。
「この傷をつけられた日から、わたしは女でも男でもなくなりました。たったそれだけの事です」
「名前ちゃん…」
「ああでも、他の人には内緒にしてください。聞いて気分のいいものではないですし」
そう言う彼女から、思わず目を逸らしてしまう。
男として、無闇に傷つけられた彼女に同情して。
女として、尊厳を奪われたことに怒りを感じて。
人間として、まるでその存在を否定するかのような仕打ちを何故彼女が受けなければならないのだろうかと絶望して。
自身の中に存在する三者三様の感情がぐちゃぐちゃに混ざって溢れ出しそうで、目の奥が熱くなった。
泣いていいのは、私ではないのに。
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