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※ 動物に対し、ひどい表現が含まれています。
不快に思われる方はご注意していただくか、閲覧を控えてください。
※原作より四年位前。
予感がした。誰かがわたしを、呼んでいる気がした。
その衝動に突き動かされるままに、わたしは病院から出て月明かりを頼りに駆け出す。
診察時間はとうに終わっているし、重症度の高い患畜も居ないから問題無いだろう。
「……居た」
河原までやって来て、直ぐに見付けた。
影の無いその仔は、明るい月にその半透明の身体を照らされ乍ら、其れに向かって懸命に鳴いていた。綺麗な三色の被毛は見る影もなく煤に塗れ、皮膚は所々爛れ落ち、片耳と左前足はその身体に付属してはいなかった。
一見、何の動物かもわからない程に変わり果ててしまったその仔だけれど、嗚呼、わたしが、わからない筈がないのだ。その、悲しそうに泣き続ける〝彼女〟の事を。
だってあの仔は、まだ目も開ききっていない小さな頃にわたしがこの河原で拾い、それから生後三ヶ月になって織田さんという新しい里親が見付かるまで、ずっと一緒に居たあの三毛猫なのだから。
織田さんと、織田さんの養い子だという子どもたちに引き取られてからも、度々病院で会っていたけれど──真逆、こんな形で再び会うことになるなんて誰が思っただろうか。
「──っ、」
あの仔のこんな結末を、一体誰が想像出来るだろうか。
だってあの仔は、幸せだったじゃないか。
『しあわせだったよ』
「ッ!」
声にならない嘆きに、答える声があった。
『〝みんな〟みたいに、びょういんにまでいかなくてごめんね』
何時の間にかわたしの足下に居た彼女が、片目しかない顔で見上げてくる。
『名前ちゃんならきっと、ここにきてくれるとおもったの』
にゃあ、と可愛い声は掠れて出ることは無いが、直接頭に響くこの声が、彼女の声なのだとわたしはこの時初めて知った。
『だってここは、わたしと名前ちゃんがはじめてあったばしょだから』
「……覚えてたの?」
『あたりまえだよ』
彼女の声を聴けるという事、つまりは〝そういう事〟だ。影の無い半透明の身体、生きていては到底意識を保ってられない程に傷付いた身体、其れだけで十分わかってはいたけれど、聴きたいと、聴きたくないと思っていた彼女の言葉が聴こえる度に、わたしの心は震え上がり視界が滲む。
其れが、事実で現実だ。
『ねえ、名前ちゃん。みんなみたいにきいてくれる?わたしがいきてきたじんせいを』
他の仔たちを今まで共に見送ってきた彼女の人生は、一体どのようなものだったのか、わたしは問わねばならない。
この仔たちの言葉を聴き、導く事が、わたしの使命なのだから。
彼女の目の前に跪き、確りと目を合わせてそっと右手を差し出す。
「──おかえり。」
そして飛び込んできたその小さな身体をめいっぱい抱き締め、囁くように問いかける。
「さあ……君の生きた一生分の話を、わたしに聞かせてちょうだい?」
涙は止まらない。でも其れで良い。
「君の一生を終えた愚かな人間は……一体、だあれ?」
嗚呼、月が綺麗だ。綺麗で、酷く憎い。