影が薄い子の
「怪我をしました」
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あの女が怪我をした。
戦いも終盤に差し掛かった頃、もう援護射撃の必要も無くなったかと思った矢先のことだ。
あとは杉元たちが相手をすれば十分だろうと傍観していた時、アイヌの子供を襲おうとする一人の男の姿が目に入った。急いで男に照準を合わせようとしたその瞬間、振り下ろされた相手の小刀はいつの間にか二人の間にいた女の腕を斬り裂いたのだ。
「名前!」
子供の声が、俺の耳にも届く。しかし女は痛みに怯むことなく、自身の手で相手に反撃し地に沈めた。
すぐに杉元が二人の元へ駆け寄り、他の奴らもわらわらと集まり女を囲む。応急処置をしてから渋々牛山に担がれ運ばれていく姿を確認してから、俺はその場から離れる。
そして先程までの戦場に降り立ち、たくさんの死体が転がる中、あいつらのいた所まで突き進んだ。
女の血が地面を濡らすそこを見る限り、相当な出血だったのだろう。外野があんなにも慌てていたのにも納得だ、とひとつ頷き、しゃがみ込んだ俺はその血に触れる。
生きている人間から出たにも関わらず、その赤は既に温度をなくしていた。
*
女の治療が終わったと、家永が報告に来た。
貧血もあるためしばらくは安静だが、順調に行けば腕は問題なく動かせるだろうと。形の良い唇から発せられる言葉に、緊張感の漂っていた空気が緩む。その光景が何だか可笑しくて、口角が自然とつり上がった。
血に慣れた猛者どもが、あの女ひとりの容態に一喜一憂する様が、いやに笑えたのだ。
やや遅れて杉元とアイヌの子供が戻ってきたのと入れ違いに部屋を出て、行き着くのはあの女の眠っている部屋。麻酔が効いていて眠っているとアイヌが言っていたが、俺は構わずその中へ入る。
すっかり日の暮れた今、灯りの点いていない部屋を照らすのは窓から差し込む月明かりのみ。その明かりの元、窓際に位置されているベッドに女は居た。
蒼白い顔でも穏やかに呼吸を繰り返す胸部を見て、生きていることを確認する。傷のある腕は布団により隠されていて見えないが、妙な膨らみからきっと三角巾で吊るされているのだろうことは予測できる。
こちらの気配に何の反応もないところを見ると、成程、よく麻酔が効いているようだった。
ベッドに近づき、真上からその寝顔を見下ろす。普段のこいつは顔を隠して丸まって眠るため、なかなか拝む機会がないのだ。…まあ、一度だけあることにはあるが。
「(…傷)」
ふと、布団から覗く鎖骨に傷痕を見つけた。
いつも首まですっぽり隠れた服を着ているから、俺たち男どもはこの女の顔から下の素肌を見たことがない。以前温泉で聞こえた女たちの会話によってこいつに傷痕があることは知っていたが、何処にあるかまでは知らなかった。
普段自分のことは話さず、謎めいた女。それはまあこいつに始まったことではないが、とにかくこの女に対しての情報はあまりにも少なかった。
それ故か、単に興味が湧いたからか、本心はわからん。が、この傷痕の行方が異様に気になったのは確かで。
気がつけば、布団を捲りあげていた。
「…」
ぎしり、軋んだ音が響く。
ベッドに仰向けになる女の上に跨り、先程よりも近い位置で女を見下ろして…いつもと違う〝女らしい〟格好に、ほんの一瞬虚を突かれた。
治療しやすいようにか、家永の趣味か。どっちかはわからんが、女は前開きの白い洋装 に身を包んでいた。黒を基調とした男物の服を身に纏っている普段の姿からは想像出来ない如何にも〝女〟を思わせるその格好に、もし牛山がこの姿を見たら即襲ってただろうな、と物騒なことを思った。
裾から覗く白い脚に軽く触れて、そのやわい感触を堪能する。どう考えても男のそれとは違い、これで男のフリが務まっていたなど俄には信じ難い。いや、確かに最初こそ俺も直ぐに判別出来なかったが。
片手はそのまま太腿を撫で、もう一方の手で鎖骨の傷痕に触れる。その痕を辿るように人差し指をずらしていくと、それは晒しの巻かれていない胸の谷間まで続いていた。
「…!」
と同時に、太腿に触れていた指先にも同じ感触が触れた。脚の付け根から近い、内股に垂直あるその痕が指す意味は──。
『わたしを貰ってくれる人なんて──』
「…別に、傷があろうが無かろうが気にゃしねえが」
目を覚まさないその耳元に向かって、囁いた声は。
「この傷を作った野郎の頭、ぶち抜いてやりてえなあ」
所詮、誰の耳にも届きはしない。
…それでいいのだ。
山猫は知る
戦いも終盤に差し掛かった頃、もう援護射撃の必要も無くなったかと思った矢先のことだ。
あとは杉元たちが相手をすれば十分だろうと傍観していた時、アイヌの子供を襲おうとする一人の男の姿が目に入った。急いで男に照準を合わせようとしたその瞬間、振り下ろされた相手の小刀はいつの間にか二人の間にいた女の腕を斬り裂いたのだ。
「名前!」
子供の声が、俺の耳にも届く。しかし女は痛みに怯むことなく、自身の手で相手に反撃し地に沈めた。
すぐに杉元が二人の元へ駆け寄り、他の奴らもわらわらと集まり女を囲む。応急処置をしてから渋々牛山に担がれ運ばれていく姿を確認してから、俺はその場から離れる。
そして先程までの戦場に降り立ち、たくさんの死体が転がる中、あいつらのいた所まで突き進んだ。
女の血が地面を濡らすそこを見る限り、相当な出血だったのだろう。外野があんなにも慌てていたのにも納得だ、とひとつ頷き、しゃがみ込んだ俺はその血に触れる。
生きている人間から出たにも関わらず、その赤は既に温度をなくしていた。
*
女の治療が終わったと、家永が報告に来た。
貧血もあるためしばらくは安静だが、順調に行けば腕は問題なく動かせるだろうと。形の良い唇から発せられる言葉に、緊張感の漂っていた空気が緩む。その光景が何だか可笑しくて、口角が自然とつり上がった。
血に慣れた猛者どもが、あの女ひとりの容態に一喜一憂する様が、いやに笑えたのだ。
やや遅れて杉元とアイヌの子供が戻ってきたのと入れ違いに部屋を出て、行き着くのはあの女の眠っている部屋。麻酔が効いていて眠っているとアイヌが言っていたが、俺は構わずその中へ入る。
すっかり日の暮れた今、灯りの点いていない部屋を照らすのは窓から差し込む月明かりのみ。その明かりの元、窓際に位置されているベッドに女は居た。
蒼白い顔でも穏やかに呼吸を繰り返す胸部を見て、生きていることを確認する。傷のある腕は布団により隠されていて見えないが、妙な膨らみからきっと三角巾で吊るされているのだろうことは予測できる。
こちらの気配に何の反応もないところを見ると、成程、よく麻酔が効いているようだった。
ベッドに近づき、真上からその寝顔を見下ろす。普段のこいつは顔を隠して丸まって眠るため、なかなか拝む機会がないのだ。…まあ、一度だけあることにはあるが。
「(…傷)」
ふと、布団から覗く鎖骨に傷痕を見つけた。
いつも首まですっぽり隠れた服を着ているから、俺たち男どもはこの女の顔から下の素肌を見たことがない。以前温泉で聞こえた女たちの会話によってこいつに傷痕があることは知っていたが、何処にあるかまでは知らなかった。
普段自分のことは話さず、謎めいた女。それはまあこいつに始まったことではないが、とにかくこの女に対しての情報はあまりにも少なかった。
それ故か、単に興味が湧いたからか、本心はわからん。が、この傷痕の行方が異様に気になったのは確かで。
気がつけば、布団を捲りあげていた。
「…」
ぎしり、軋んだ音が響く。
ベッドに仰向けになる女の上に跨り、先程よりも近い位置で女を見下ろして…いつもと違う〝女らしい〟格好に、ほんの一瞬虚を突かれた。
治療しやすいようにか、家永の趣味か。どっちかはわからんが、女は前開きの白い
裾から覗く白い脚に軽く触れて、そのやわい感触を堪能する。どう考えても男のそれとは違い、これで男のフリが務まっていたなど俄には信じ難い。いや、確かに最初こそ俺も直ぐに判別出来なかったが。
片手はそのまま太腿を撫で、もう一方の手で鎖骨の傷痕に触れる。その痕を辿るように人差し指をずらしていくと、それは晒しの巻かれていない胸の谷間まで続いていた。
「…!」
と同時に、太腿に触れていた指先にも同じ感触が触れた。脚の付け根から近い、内股に垂直あるその痕が指す意味は──。
『わたしを貰ってくれる人なんて──』
「…別に、傷があろうが無かろうが気にゃしねえが」
目を覚まさないその耳元に向かって、囁いた声は。
「この傷を作った野郎の頭、ぶち抜いてやりてえなあ」
所詮、誰の耳にも届きはしない。
…それでいいのだ。
山猫は知る