影が薄い子の
「怪我をしました」
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「大丈夫か名前!?」
「大丈夫ですよ杉元さん。かすり傷です」
戦闘中、アシリパさんを庇った名前が怪我をした。相手の小刀が二の腕を掠めたのだ。
斬られたそこはぱっくりと開き、中の肉が見えてしまっている。決して浅くはない傷の筈なのに、名前は顔色ひとつ変えることなく、俺が向かうより速く自分に怪我を負わせた相手を自ら伸していた。
慌てて駆け寄る俺と、隣で心配そうに眉を顰めるアシリパさんからの視線を受けても、名前はけろりとしている。
その間、どばどばととめどなく血は流れ続けていて、名前の片腕は滴るほど真っ赤に染まっていた。
「いやいやいやいや!!全っ然大丈夫じゃねーよソレ!?」
「とにかく急いで止血をするぞ!!」
「いやいや本当、見た目ほど痛くはないんですよ?」
「痛くなくても!このままじゃ失血死するから!!」
そんな俺たちの騒ぎを聞き駆け寄ってきた連中も、名前の傷を見て目を見開きやれ早く家永を連れてこいだのやれ牛山抱えて連れていけだの、戦いや怪我に慣れている奴らでさえ驚愕しわあわあ慌てだしたというのに。
「あ、大丈夫ですよ牛山さん。自分で歩けますから」
当の本人は流されることなく至って通常運転で、なんでこんなにも落ち着いてられるのだろうかと不思議でならなかった。
結局その後、渋々牛山に担がれ屋敷に戻った名前は、待機していた家永によって治療されることになり。
その処置が終わるまでの間、俺とアシリパさんは立ち入り禁止となった部屋の前でずっと待っていた。
「名前、大丈夫だろうか…」
自分を庇った所為で、という負い目もあるのだろう。俯くアシリパさんの頭を宥めるように撫でる。そんなアシリパさんを横目に、俺の視界は定まらずぼうと空を眺めていた。
自分の中で、燻るこの感情はなんなのだろうか。
その疑問の答えが出る前に、部屋の扉が開かれ家永が汗を拭いながら出てくる。弾かれたように部屋の中へ入っていくアシリパさんに「騒がないように」とだけ伝えると、家永は俺に名前の容態を伝えた。
しばらくは安静だそうだが、腕が動かなくなるということは無いらしい。それを聞いてほうと安堵する俺の横を通り過ぎ、微笑みを携えたまま家永は部屋を出ていった。恐らく、他の奴らにも報告に行ったのだろう。
部屋に入り、麻酔の所為で眠っている名前に近付く。既に居るアシリパさんはベッドの縁に座り込んで、名前の頬を優しく撫でていた。
「よかった、名前…あとで私が美味い肉料理を作ってやるからな」
ああ、やはりアシリパさんに悲しい顔は似合わないな。強さの戻った瞳に、心底安堵した。
*
その夜中、ふと目が覚めた俺は何を思ったか名前のいる部屋に向かった。
眠っているはずなので戸を叩くことなく、むしろ音を立てないように静かに開けて中に入り…ベッドの上にあるはずの姿がないことに、目を見開く。
(どこに行きやがった…?)
警戒し部屋の中を見渡すものの、それらしい姿を捉えることは出来ず。元々気配なんてあってないような相手故に更に警戒を強めたが、ふとベッドの傍の窓が開け放たれていることに気付き、奇襲の心配はないかと構えを解いた。
「……何やってんだ」
「あ、杉元さん」
開いていた窓の向こう、つまりは外に、名前はいた。
雪の積もる地面を裸足で、治療の際に家永によって着替えさせられた洋装 姿で、片腕は首から下げた三角巾で吊るされて。晴れた夜空、ぽっかり浮かんだ月を見上げていた。
度々表れる白に染まった空気が、相手が生きていることを証明している。
しかしそれでも雪の上に佇む相手からは生気がまるで感じられなかった。
「まだ安静にしてなきゃダメだろ」
「もう大丈夫ですよ。意識もはっきりしてますし」
「そういう問題じゃなくてだな…」
「大丈夫ですよ。これ以上アシリパさんとみなさんにご迷惑かけるわけにはいきません」
俺の言いたいことを遮っては突っぱねる相手に、すっと頭が冷えていく感覚がした。
「明日から動けます」
「…そんな青っちろい顔して何言ってんの」
「雪の反射ですよ」
「あれほどの出血、半日で回復するはずがない」
「血の気は多い方なので」
「腕だってまだ動かせないだろ」
「利き腕じゃないですし、支障はありません」
「だから…っ!」
「大丈夫ですよ。死んだらそれまで、たったそれだけのことですから」
頭の中に張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた音を聞いた。
そして唐突に理解する。名前が怪我してからというもの、俺の中に燻り続けていた感情の正体を。
怒りだ。
何に対しての怒りか、そんなの挙げたらキリがないほどある。
まずこいつの「大丈夫」は何一つ信用できないこと。心配を迷惑と履き違えていること。アシリパさんに悲しい顔をさせたこと。
他人に頼ろうとしないこと。自分の怪我の程度を軽視しすぎていること。心を開いてくれないこと。…死んでもいいなんて、簡単に言ってのけること。
そのすべてが、俺を苛つかせる。
「あ、もしかして杉元さん、わたしが裏切って逃げるかと思って様子見に来ましたか?」
しまいにゃ、こんなことをけろりと言うもんだから。
ぐつぐつと沸騰し煮えて溢れ返るような爆発的な怒りではなく、深い深い海がどこまでも凍りついて根付いていくような怒りを感じてならないのだ。
自分が他人にどう思われようが関係ないという態度は、別に構わない。でもその明らかに他人を信じていないといった口振りは、数ヶ月共に旅をしてきた仲間に対してどうなんだ。
(…あー、そうか。傷ついてもいるのか、俺は)
少なからず仲間だと思っている相手から、信用されない、何の関心も持たれないということは、こんなにも胸が空く思いになるのか。
幽霊と不死身はわかりあえない
「大丈夫ですよ杉元さん。かすり傷です」
戦闘中、アシリパさんを庇った名前が怪我をした。相手の小刀が二の腕を掠めたのだ。
斬られたそこはぱっくりと開き、中の肉が見えてしまっている。決して浅くはない傷の筈なのに、名前は顔色ひとつ変えることなく、俺が向かうより速く自分に怪我を負わせた相手を自ら伸していた。
慌てて駆け寄る俺と、隣で心配そうに眉を顰めるアシリパさんからの視線を受けても、名前はけろりとしている。
その間、どばどばととめどなく血は流れ続けていて、名前の片腕は滴るほど真っ赤に染まっていた。
「いやいやいやいや!!全っ然大丈夫じゃねーよソレ!?」
「とにかく急いで止血をするぞ!!」
「いやいや本当、見た目ほど痛くはないんですよ?」
「痛くなくても!このままじゃ失血死するから!!」
そんな俺たちの騒ぎを聞き駆け寄ってきた連中も、名前の傷を見て目を見開きやれ早く家永を連れてこいだのやれ牛山抱えて連れていけだの、戦いや怪我に慣れている奴らでさえ驚愕しわあわあ慌てだしたというのに。
「あ、大丈夫ですよ牛山さん。自分で歩けますから」
当の本人は流されることなく至って通常運転で、なんでこんなにも落ち着いてられるのだろうかと不思議でならなかった。
結局その後、渋々牛山に担がれ屋敷に戻った名前は、待機していた家永によって治療されることになり。
その処置が終わるまでの間、俺とアシリパさんは立ち入り禁止となった部屋の前でずっと待っていた。
「名前、大丈夫だろうか…」
自分を庇った所為で、という負い目もあるのだろう。俯くアシリパさんの頭を宥めるように撫でる。そんなアシリパさんを横目に、俺の視界は定まらずぼうと空を眺めていた。
自分の中で、燻るこの感情はなんなのだろうか。
その疑問の答えが出る前に、部屋の扉が開かれ家永が汗を拭いながら出てくる。弾かれたように部屋の中へ入っていくアシリパさんに「騒がないように」とだけ伝えると、家永は俺に名前の容態を伝えた。
しばらくは安静だそうだが、腕が動かなくなるということは無いらしい。それを聞いてほうと安堵する俺の横を通り過ぎ、微笑みを携えたまま家永は部屋を出ていった。恐らく、他の奴らにも報告に行ったのだろう。
部屋に入り、麻酔の所為で眠っている名前に近付く。既に居るアシリパさんはベッドの縁に座り込んで、名前の頬を優しく撫でていた。
「よかった、名前…あとで私が美味い肉料理を作ってやるからな」
ああ、やはりアシリパさんに悲しい顔は似合わないな。強さの戻った瞳に、心底安堵した。
*
その夜中、ふと目が覚めた俺は何を思ったか名前のいる部屋に向かった。
眠っているはずなので戸を叩くことなく、むしろ音を立てないように静かに開けて中に入り…ベッドの上にあるはずの姿がないことに、目を見開く。
(どこに行きやがった…?)
警戒し部屋の中を見渡すものの、それらしい姿を捉えることは出来ず。元々気配なんてあってないような相手故に更に警戒を強めたが、ふとベッドの傍の窓が開け放たれていることに気付き、奇襲の心配はないかと構えを解いた。
「……何やってんだ」
「あ、杉元さん」
開いていた窓の向こう、つまりは外に、名前はいた。
雪の積もる地面を裸足で、治療の際に家永によって着替えさせられた
度々表れる白に染まった空気が、相手が生きていることを証明している。
しかしそれでも雪の上に佇む相手からは生気がまるで感じられなかった。
「まだ安静にしてなきゃダメだろ」
「もう大丈夫ですよ。意識もはっきりしてますし」
「そういう問題じゃなくてだな…」
「大丈夫ですよ。これ以上アシリパさんとみなさんにご迷惑かけるわけにはいきません」
俺の言いたいことを遮っては突っぱねる相手に、すっと頭が冷えていく感覚がした。
「明日から動けます」
「…そんな青っちろい顔して何言ってんの」
「雪の反射ですよ」
「あれほどの出血、半日で回復するはずがない」
「血の気は多い方なので」
「腕だってまだ動かせないだろ」
「利き腕じゃないですし、支障はありません」
「だから…っ!」
「大丈夫ですよ。死んだらそれまで、たったそれだけのことですから」
頭の中に張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた音を聞いた。
そして唐突に理解する。名前が怪我してからというもの、俺の中に燻り続けていた感情の正体を。
怒りだ。
何に対しての怒りか、そんなの挙げたらキリがないほどある。
まずこいつの「大丈夫」は何一つ信用できないこと。心配を迷惑と履き違えていること。アシリパさんに悲しい顔をさせたこと。
他人に頼ろうとしないこと。自分の怪我の程度を軽視しすぎていること。心を開いてくれないこと。…死んでもいいなんて、簡単に言ってのけること。
そのすべてが、俺を苛つかせる。
「あ、もしかして杉元さん、わたしが裏切って逃げるかと思って様子見に来ましたか?」
しまいにゃ、こんなことをけろりと言うもんだから。
ぐつぐつと沸騰し煮えて溢れ返るような爆発的な怒りではなく、深い深い海がどこまでも凍りついて根付いていくような怒りを感じてならないのだ。
自分が他人にどう思われようが関係ないという態度は、別に構わない。でもその明らかに他人を信じていないといった口振りは、数ヶ月共に旅をしてきた仲間に対してどうなんだ。
(…あー、そうか。傷ついてもいるのか、俺は)
少なからず仲間だと思っている相手から、信用されない、何の関心も持たれないということは、こんなにも胸が空く思いになるのか。
幽霊と不死身はわかりあえない