太宰
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※原作より五年位前。
「あの時の織田さん、真面目な顔でずうっと貼り紙を見ていたんですよ。中から見ていたわたしの事にも気が付かないで……思わず笑っちゃいました」
「ほお!あの織田作がねえ……余程その紙に魅了されたと見える」
「まあ、だからこの仔を譲って貰えたんだが」
当時の出来事が余程可笑しかったのだろう、受付に立つ彼女は口元を手で隠し、堪えきれない笑いを零している。その笑顔からは、快活で潑剌、理知的な性格が窺える。
「織田さんには、その仔を託しても大丈夫だと思いましたので」
そう言って、彼女は蕩けるような表情で織田作の腕に収まる仔猫の頭を優しく撫でる。その顔は本当に仔猫のことを想い、愛おしいのだと言わんばかりのもので、思わず目を見開いてしまう。その様子から、本当に動物の事が好きで好きで仕方ないのだということが嫌でもわかった。
甘い匂いと獣の匂い、それから死の匂いという、なんとも奇妙な組み合わせの匂いを纏っている、不思議な女性だった。
名は名字名前、歳は20、専門学校を卒業後、田舎の実家を出て横浜に出てくる。住居と働き口を探していた時、昨年開業したばかりだった此処、鉄動物病院とその隣に格安のアパートメントを見つけ、今に至る。
働き出してまだ半年程だが、元々の明るい性格や仕事への真面目な取り組み、責任感の強さ、そして何より動物に対しての情の深さ等から、雇い主である病院長や顧客である飼い主たちからの信頼は厚い。
織田作から聞いた話、実際に本人と会話をして抱いた印象、そして仕事ぶりを目の当たりにして、彼女にはこれといって悪い所は見当たら無い。良い意味で、彼女はあまりにも唯の一般人だった。
──嗚呼然し、彼女は屹度。
唯、普通に接しているだけでは気付けないであろう彼女の本質を、若しかしたら彼女本人すらも未だ知らない本質を、何となく察してしまうのは職業柄だろうか。
「ふふっ」
「? 如何した」
「いや?本当に動物が好きなんだなあと思って」
狭い待合室に置かれた椅子に腰掛け、織田作の連れている仔猫の診察の順番を待っている間。忙しそうに病院内を走り回る姿を捉えたまま思わず笑みを零しながらそう伝えると、織田作も彼女へ視線を遣ったらしく直ぐ様肯定の声が返ってきた。
「あと、どことなく太宰に似ている」
然し、予想外の言葉も一緒に返ってきて、一拍置いて──ぱっちり、そんな音が鳴りそうな程大きく見開いた眼で瞬きを一つして──から織田作へ向き直る。織田作の視線は彼女に向けられたまま、観察するような、見守るような、まあ何はともあれ敵意は一切感じられない眼で見詰めていた。
「…彼女が?私に?」
「嗚呼……いや、少し違うか。同じではあるが、対象が違う」
「ね、あのさ織田作。私にも解るように話してくれないかな?」
と思えばその三白眼は彼女と私を行ったり来たりと忙しなく動き、首を傾げながらもはっきりと断言する。大の男が首を傾げたところで可愛くないなと思いつつ、織田作の言いたい事が何一つ解らない私はひとつ瞬きをする間に表情を驚きのものから呆れのそれに変えて問うた。
間もなくして、織田作は言う。
「……あの子は良い子だと思う。然しどれだけ言葉を重ねても、視線が交わることが無いんだ」
会話もする、笑いもする、仕事ぶりには真面目さが窺え、実に楽しそうだ。然し彼女の印象が良いものであればある程、違和感を覚えるのだと言う。
「あの子の目にはまるで、人間は映っていないようだ」
(嗚呼、全く以てその通りだね織田作。君の言う通りだ。私と彼女は似ている)
(私はこの世界に絶望しているが、)
(彼女は、人間という生き物に絶望しているのだろう)