影が薄い子の
星に溶けゆく
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「あ、いた」
傍に居ろと言った割によく居なくなる尾形さんの行方を探していると、ある小屋から杉元さんをはじめとする男性陣が出てくるのが目に入った。そこに探し人の姿は無かったものの何か知っているかと思い、とりあえず一番近くに居たキロランケさんに尾形さんを知っているか訊いてみることにした。
「尾形なら、まだあの小屋で寝てるぞ」
「珍しいこともあるんですね。ところでみなさん、お顔が赤いですが……」
「なななな何でもない!!ほんと!何もないから!!」
あの尾形さんが人前で堂々と寝るなんて、と少なからず驚きつつも、彼らの様子が明らかにいつもと違うように感じて尋ねようとしたけれど、被せるように杉元さんからの全力の否定をもらい、キロランケさんも気まずげに頬を掻いてそっぽを向いてしまう。
何か後ろめたいことがあるのだろうと思い至ったけれど、そっとしておいて欲しいのだろうと──というよりこれ以上関わるのが些か面倒そうだった──思い、敢えて触れないことにした。
「それなら、わたしは尾形さんを起こしてきますね」
「え……さくらちゃん危なくない?大丈夫?」
「?何に対しての大丈夫かは定かじゃないですが、仮に尾形さんの寝起きが悪かったところでそこまで問題ないでしょう」
襲われるわけじゃあるまいし。その一言を最後に尾形さんの眠る小屋へ向かったわたしの背後で、彼らが何とも言えない顔をしていたけれどそんなのわたしが知る由もなかった。
そうして、冒頭の一言に戻るのだけれど。
「尾形さん?大丈夫ですか?」
「……」
小屋の中に入りすぐ見つけた姿に内心驚き──だって、この人がこんな所で無防備に寝てることはおろか何故か上半身裸なんだもの──はしたものの、そこには触れずに真上から覗き込み声を掛ける。しかしまるで反応の無い相手に、わたしはますます怪訝になってしまう。
目は開いているが焦点が何処か合っておらず、肩を大きく動かし呼吸を繰り返す様に、いよいよもって不安になってくる。
(まさか、杉元さん達に一服盛られたとか…?)
そう考えれば、先程の彼らの少し怪しげな動向も納得がいくというもの。特に杉元さんとの仲が悪いことは知っていたけれど、彼、とうとうやってしまったのか…?
なんて他人事のように思いつつ、その剥き出しになった肩を揺らそうと触れた瞬間だった。
衝撃と僅かな痛みと、視界が一瞬にして変わったのは。
「つ…っ、尾形さん…?」
「……」
咄嗟のことで受け身を失敗した背中からは、じんじんと痛みが広がっていくようだった。顔の横に押さえ付けられた手首は軋む程で、末端に血が通わない所為か指先はぎこちなく動く。
でもそれより何より、わたしに跨る相手が明らかに異常だった……まあ、言ってしまえば最初からだったけれど。
「逃げるな」
「んなこと言われたって…!」
口を利いたと思えば、意外といつも通りだけど言っていることは只の脅迫だ。凄みがなかなかあるが、生憎と場数を踏んできていない。その程度の迫力に怯むようなヤワな心臓は持っていない。
ありったけの力で藻掻くわたしに苛ついたのか、尾形さんは盛大な舌打ちをひとつ落とす。
「いいじゃねえか。減るもんじゃねえだろ」
お前も気持ち良くしてやるから。耳元で言われた言葉に、抵抗していた身体の動きが止まる。ついでに言えば先程から下腹部に押し付けられているそれの感触がはっきりとわかってしまい、彼が今、何を目的としてわたしの上に乗っているのか…やっと理解した。理解してしまった。
抵抗をやめたのは、許容したわけではない。
『あの時から、わたしは女でも男でもなくなりました』
わたしは〝違う〟のだ。
「…わたしは、」
『ここまで痛めつければ、今後欲に溺れることも無いだろう』
『というか、肝心の穴が無いんじゃ溺れるも何もないだろうがなァ』
『それでいいんだ。……いいか?これでお前はもう女では無くなった。真っ当な人生は歩めなくなった……お前はこれからもずっとずっとずうっと、人間を殺す道具として生きていくんだ』
脳裏に浮かんでは消える過去の記憶に、脳が揺れる感覚がする。しかしそれが、かえって頭を冷静にさせてくれる。
そう。わたしは〝違う〟のだ。
「…尾形さん」
服の中で身体をまさぐる手は、そのままに。
「尾形さん」
ただ、名前を呼ぶ。反応してくれるまで、何度でも。
「尾形さん」
いつもと明らかに様子の違う彼にも、わたしの声を聞くくらいの理性は残っていたのだろう。流石に何度も名前だけを呼ぶわたしを気味悪く感じたのか、首筋に埋めていた顔を上げ、わたしの顔を見下ろしてくる。
……その瞬間、彼の目が驚きに──まるで、この世のものでは無いものを見てしまったかのように──染まるのを、確かに見た。
そして、あっという間に身体を離し距離をとる素早さに、まだその本能は警戒を感じ取れるほど、欲に溺れ切ってはいなかったらしかった。
「…わたしは、幽霊です」
身体を起こし、身構える相手を真っ直ぐに見据える。ただし、視線は交わらせずに。乱れた服を直す気など、到底起きなかった。
「女でも男でもなければ、人間ですらありません」
そんな気が起きないほど、わたしはもう、何もかもがどうでも良くなっていた。
自分でもわかる、いまのわたしはきっと、表情の抜け落ちたかおをしているんだろう。
「お前……」
「駄目ですよ、尾形さん。〝こういう事〟をするときは相手を見ないと」
その場を取り繕う為だけに吐き出した言葉は、相手に届くこともなくただ宙を漂う。まあわたしも伝われと思っていたわけではないし、相手は受け取るつもりなんてさらさら無いのだから、当然の結果といえよう。
もう、何だっていいけれど。
そして幽霊はまた、幽霊に近づく
他人に失望するたび、世界に絶望するたび。
わたしの存在はさらに薄まるのだ。
傍に居ろと言った割によく居なくなる尾形さんの行方を探していると、ある小屋から杉元さんをはじめとする男性陣が出てくるのが目に入った。そこに探し人の姿は無かったものの何か知っているかと思い、とりあえず一番近くに居たキロランケさんに尾形さんを知っているか訊いてみることにした。
「尾形なら、まだあの小屋で寝てるぞ」
「珍しいこともあるんですね。ところでみなさん、お顔が赤いですが……」
「なななな何でもない!!ほんと!何もないから!!」
あの尾形さんが人前で堂々と寝るなんて、と少なからず驚きつつも、彼らの様子が明らかにいつもと違うように感じて尋ねようとしたけれど、被せるように杉元さんからの全力の否定をもらい、キロランケさんも気まずげに頬を掻いてそっぽを向いてしまう。
何か後ろめたいことがあるのだろうと思い至ったけれど、そっとしておいて欲しいのだろうと──というよりこれ以上関わるのが些か面倒そうだった──思い、敢えて触れないことにした。
「それなら、わたしは尾形さんを起こしてきますね」
「え……さくらちゃん危なくない?大丈夫?」
「?何に対しての大丈夫かは定かじゃないですが、仮に尾形さんの寝起きが悪かったところでそこまで問題ないでしょう」
襲われるわけじゃあるまいし。その一言を最後に尾形さんの眠る小屋へ向かったわたしの背後で、彼らが何とも言えない顔をしていたけれどそんなのわたしが知る由もなかった。
そうして、冒頭の一言に戻るのだけれど。
「尾形さん?大丈夫ですか?」
「……」
小屋の中に入りすぐ見つけた姿に内心驚き──だって、この人がこんな所で無防備に寝てることはおろか何故か上半身裸なんだもの──はしたものの、そこには触れずに真上から覗き込み声を掛ける。しかしまるで反応の無い相手に、わたしはますます怪訝になってしまう。
目は開いているが焦点が何処か合っておらず、肩を大きく動かし呼吸を繰り返す様に、いよいよもって不安になってくる。
(まさか、杉元さん達に一服盛られたとか…?)
そう考えれば、先程の彼らの少し怪しげな動向も納得がいくというもの。特に杉元さんとの仲が悪いことは知っていたけれど、彼、とうとうやってしまったのか…?
なんて他人事のように思いつつ、その剥き出しになった肩を揺らそうと触れた瞬間だった。
衝撃と僅かな痛みと、視界が一瞬にして変わったのは。
「つ…っ、尾形さん…?」
「……」
咄嗟のことで受け身を失敗した背中からは、じんじんと痛みが広がっていくようだった。顔の横に押さえ付けられた手首は軋む程で、末端に血が通わない所為か指先はぎこちなく動く。
でもそれより何より、わたしに跨る相手が明らかに異常だった……まあ、言ってしまえば最初からだったけれど。
「逃げるな」
「んなこと言われたって…!」
口を利いたと思えば、意外といつも通りだけど言っていることは只の脅迫だ。凄みがなかなかあるが、生憎と場数を踏んできていない。その程度の迫力に怯むようなヤワな心臓は持っていない。
ありったけの力で藻掻くわたしに苛ついたのか、尾形さんは盛大な舌打ちをひとつ落とす。
「いいじゃねえか。減るもんじゃねえだろ」
お前も気持ち良くしてやるから。耳元で言われた言葉に、抵抗していた身体の動きが止まる。ついでに言えば先程から下腹部に押し付けられているそれの感触がはっきりとわかってしまい、彼が今、何を目的としてわたしの上に乗っているのか…やっと理解した。理解してしまった。
抵抗をやめたのは、許容したわけではない。
『あの時から、わたしは女でも男でもなくなりました』
わたしは〝違う〟のだ。
「…わたしは、」
『ここまで痛めつければ、今後欲に溺れることも無いだろう』
『というか、肝心の穴が無いんじゃ溺れるも何もないだろうがなァ』
『それでいいんだ。……いいか?これでお前はもう女では無くなった。真っ当な人生は歩めなくなった……お前はこれからもずっとずっとずうっと、人間を殺す道具として生きていくんだ』
脳裏に浮かんでは消える過去の記憶に、脳が揺れる感覚がする。しかしそれが、かえって頭を冷静にさせてくれる。
そう。わたしは〝違う〟のだ。
「…尾形さん」
服の中で身体をまさぐる手は、そのままに。
「尾形さん」
ただ、名前を呼ぶ。反応してくれるまで、何度でも。
「尾形さん」
いつもと明らかに様子の違う彼にも、わたしの声を聞くくらいの理性は残っていたのだろう。流石に何度も名前だけを呼ぶわたしを気味悪く感じたのか、首筋に埋めていた顔を上げ、わたしの顔を見下ろしてくる。
……その瞬間、彼の目が驚きに──まるで、この世のものでは無いものを見てしまったかのように──染まるのを、確かに見た。
そして、あっという間に身体を離し距離をとる素早さに、まだその本能は警戒を感じ取れるほど、欲に溺れ切ってはいなかったらしかった。
「…わたしは、幽霊です」
身体を起こし、身構える相手を真っ直ぐに見据える。ただし、視線は交わらせずに。乱れた服を直す気など、到底起きなかった。
「女でも男でもなければ、人間ですらありません」
そんな気が起きないほど、わたしはもう、何もかもがどうでも良くなっていた。
自分でもわかる、いまのわたしはきっと、表情の抜け落ちたかおをしているんだろう。
「お前……」
「駄目ですよ、尾形さん。〝こういう事〟をするときは相手を見ないと」
その場を取り繕う為だけに吐き出した言葉は、相手に届くこともなくただ宙を漂う。まあわたしも伝われと思っていたわけではないし、相手は受け取るつもりなんてさらさら無いのだから、当然の結果といえよう。
もう、何だっていいけれど。
そして幽霊はまた、幽霊に近づく
他人に失望するたび、世界に絶望するたび。
わたしの存在はさらに薄まるのだ。
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