影が薄い子の
星に溶けゆく
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土方様に買い物を頼まれ、永倉様に駄賃を貰った。
「お金は必ず使い切ってから帰ってきなさい」
という不思議な命令までされたわたしは、どういう事だろうと頭を捻りながらぽてぽてとお屋敷の廊下を歩く。そのまま厨房にいらっしゃった家永さん、外に出て鍛錬に励む牛山さんにそれぞれ出掛けてくる旨を伝え、お屋敷を出た。
昼の街を歩くのは随分久しぶりで、人の多さに少しげんなりしつつも何とか買い出しを済ませる。
行く先々で
①一度声をかけただけじゃまず気付かれない
②気付かれたあとは二度見され男に間違われた
けれど、今まで男と偽ってきたし恰好が当時のままだから、まあ間違えるのも仕方ないと特に否定せずにいた。流石に娼館の前で「おにーさん、一発抜いていくかい?」と誘われた時は本性を明かしたけれど。影の薄さに関しては生まれつきなので、どうしようもない。
「それはともかく…こっちがどうしよう…」
そうぼやくわたしの手には、余ったお金が乗っていた。頼まれたものは全部買ったし、元々多めに持たせてくれたのだろう。途中で足りなくなるよりはいいけれど、余ったら余ったで困るのも事実で。
それはひとえに、永倉様に言われた言葉が起因している。「使い切ってから帰ってきなさい」と言われている手前、持って帰ったところで受け取ってはくれないのだろうし、そもそも屋敷に上がらせて貰えないかもしれない。
となるとくすねる訳にもいかないし、さてどうしたものか…と頭を悩ませている時、ふと見えた看板に足を止める。
「甘味…大福…」
食べたことはないが存在は知っているそれと、手元を交互に見る。
看板に書かれている値段と手元にある金額を計算すると、丁度大福がふたつ買えるようで…
(うーん…流石にふたつは食べられないな…)
「…よし、」
色々と考えた結果、思いついた中で一番最良だと思ったものを実行することにしよう。
「すみません……すみません、あの、大福ふたつください」
ほんの一瞬、あれだけ目を離さないよう注意していたというのに。
女の姿は、菓子屋の前から消えて居なくなっていた。
「……どこ行った?」
建物の隙間から通りへ身体を出しきょろ、と辺りを見渡して見るものの、先程まで見張っていた姿は何処にもなく、他の誰でもない自分が、まさか見失ってしまった事実に思わず舌を打つ。
土方のじいさんたちの部屋から出た女は、あろう事か俺にだけ何も言わずに屋敷から出ていった。それが何だか癪で、何か変なことをしないか見張りも兼ねて女のあとを尾けて来ていたが…
「あの、」
「ッ!!」
決して、油断していた訳ではなかった。それでも死角から掛けられた控えめな声と叩かれた肩の感触に、今ようやっと〝背後に誰かが居る〟という事実を認識して。
敵──それこそ軍の人間かと勢い良く振り返ると、そこには見失った筈の女が呆けた顔で、立っていた。……どうやら、俺が尾けていたことに気が付いていたらしい。
「……なんだ」
「あのですね、折角と思いまして」
こちらとしては勝手に疑い勝手に尾行していたことに気付かれ、ほんの少し居た堪れない心情になりながらもそれを表に出さないように努めた。
しかしその努力はするだけ無駄だったようで、女は俺が此処に居ることに何の興味も持っていないらしかった。そんなことよりも、というような体で、何故か二つ持つうちの一つの大福を俺に差し出してきていて。
「大福、食べるの手伝って貰えませんか?」
「…あ?」
「これ食べないと、屋敷に戻れないんです」
乾いた笑いとともに、そんな訳わからんことを言ってのけるのだった。
それからというもの、女がじいさんたちに頼まれ調達をする度に多く銭を持たされ「使い切るように」と命令を出され。
女が必ず二つ買ってくる甘味を共に消費する、ということが恒例になったのだった。
英雄たちの節介(幽霊と山猫へ向けて)
「お金は必ず使い切ってから帰ってきなさい」
という不思議な命令までされたわたしは、どういう事だろうと頭を捻りながらぽてぽてとお屋敷の廊下を歩く。そのまま厨房にいらっしゃった家永さん、外に出て鍛錬に励む牛山さんにそれぞれ出掛けてくる旨を伝え、お屋敷を出た。
昼の街を歩くのは随分久しぶりで、人の多さに少しげんなりしつつも何とか買い出しを済ませる。
行く先々で
①一度声をかけただけじゃまず気付かれない
②気付かれたあとは二度見され男に間違われた
けれど、今まで男と偽ってきたし恰好が当時のままだから、まあ間違えるのも仕方ないと特に否定せずにいた。流石に娼館の前で「おにーさん、一発抜いていくかい?」と誘われた時は本性を明かしたけれど。影の薄さに関しては生まれつきなので、どうしようもない。
「それはともかく…こっちがどうしよう…」
そうぼやくわたしの手には、余ったお金が乗っていた。頼まれたものは全部買ったし、元々多めに持たせてくれたのだろう。途中で足りなくなるよりはいいけれど、余ったら余ったで困るのも事実で。
それはひとえに、永倉様に言われた言葉が起因している。「使い切ってから帰ってきなさい」と言われている手前、持って帰ったところで受け取ってはくれないのだろうし、そもそも屋敷に上がらせて貰えないかもしれない。
となるとくすねる訳にもいかないし、さてどうしたものか…と頭を悩ませている時、ふと見えた看板に足を止める。
「甘味…大福…」
食べたことはないが存在は知っているそれと、手元を交互に見る。
看板に書かれている値段と手元にある金額を計算すると、丁度大福がふたつ買えるようで…
(うーん…流石にふたつは食べられないな…)
「…よし、」
色々と考えた結果、思いついた中で一番最良だと思ったものを実行することにしよう。
「すみません……すみません、あの、大福ふたつください」
ほんの一瞬、あれだけ目を離さないよう注意していたというのに。
女の姿は、菓子屋の前から消えて居なくなっていた。
「……どこ行った?」
建物の隙間から通りへ身体を出しきょろ、と辺りを見渡して見るものの、先程まで見張っていた姿は何処にもなく、他の誰でもない自分が、まさか見失ってしまった事実に思わず舌を打つ。
土方のじいさんたちの部屋から出た女は、あろう事か俺にだけ何も言わずに屋敷から出ていった。それが何だか癪で、何か変なことをしないか見張りも兼ねて女のあとを尾けて来ていたが…
「あの、」
「ッ!!」
決して、油断していた訳ではなかった。それでも死角から掛けられた控えめな声と叩かれた肩の感触に、今ようやっと〝背後に誰かが居る〟という事実を認識して。
敵──それこそ軍の人間かと勢い良く振り返ると、そこには見失った筈の女が呆けた顔で、立っていた。……どうやら、俺が尾けていたことに気が付いていたらしい。
「……なんだ」
「あのですね、折角と思いまして」
こちらとしては勝手に疑い勝手に尾行していたことに気付かれ、ほんの少し居た堪れない心情になりながらもそれを表に出さないように努めた。
しかしその努力はするだけ無駄だったようで、女は俺が此処に居ることに何の興味も持っていないらしかった。そんなことよりも、というような体で、何故か二つ持つうちの一つの大福を俺に差し出してきていて。
「大福、食べるの手伝って貰えませんか?」
「…あ?」
「これ食べないと、屋敷に戻れないんです」
乾いた笑いとともに、そんな訳わからんことを言ってのけるのだった。
それからというもの、女がじいさんたちに頼まれ調達をする度に多く銭を持たされ「使い切るように」と命令を出され。
女が必ず二つ買ってくる甘味を共に消費する、ということが恒例になったのだった。
英雄たちの節介(幽霊と山猫へ向けて)