影が薄い子の
星に溶けゆく
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※現パロ
「わたし茨城生まれの茨城育ちなんですけど、行ったことないんですよね海浜公園」
向かいで大人しくカレーを食べていた女が、ふと思い出したようにそんなことを言い出す。幼い頃からカレーにはソースをかけて食べていたらしい女の「結構美味しいですよ」に強要され嫌々食べてみて、それからというもの俺が食べるカレーにも必ずソースがかけられることになったのは随分と久しい話だ。ただし、こいつの作るカレーに限定しての話だが。
そんな女手製のカレーを俺の家でつまんでいる今。女が発した言葉に意識を向けてみる。
俺は皮肉にも前世と同じ東京生まれの茨城育ちではあるが、ほぼ出身地は後者と言っても過言ではない程の時をこの地で過ごしている。故に、女の言う海浜公園が何処のことを指しているのか、大方見当はつく。
が、何故そんな話を今言い出したのか。その意図までは読めずに持っていたスプーンを皿の上に置き、正面を向く。
女はカレーのルウと白米を混ぜながら、なんでもないように、それこそ世間話をするように、言葉を続けた。
「今って、ネモフィラっていう青い花が一面に咲いてるらしいんです。尾形さん知ってました?」
「まあ、話では聞いたことあるな」
「昨日テレビで特集してて、茨城凄いじゃんって思いました」
「そうか」
「……」
「……」
「……」
「……で?」
「え?」
急に途切れた話を促すように声をかけたものの、再びカレーを食い始めた当の本人の中ではとっくに終わっていたらしい。口の中のものを咀嚼しながら視線だけで「何か?」と反対に問われた。
…いや、だってアレだろう。今の流れでは「見に行きたい」とか「連れて行って」とか、そういう続きが来ると思うだろう。
「実際に見たいとは思わんのか?」
自分から聞かなければいけないことに癪だと思いつつ、それでもこの女はこちらから聞かなければ自身の感情を言わない奴だったなと改めて認識する。そんなところまで前世のままでなくてもいいと言うのに……まあ、自分の性格も以前と変わらないから、きっと性分なのだろうと思い諦めよう。
「…まあ、行ければ行きたいですかね」
「じゃあ行くぞ」
「え、」
言うが早いか、既に食べ終わっていた空の皿を持ち立ち上がる俺を、女はぽかんとした表情で見上げてくる。なんだそのアホ面は。
「写真。撮りに行きたいんだろ」
「よくわかりましたね……ていうか、え、連れて行ってくれるんですか? あの尾形さんが?」
「どの尾形サンかは知らんが、早く決めろ。行かないなら…」
「い、行きます行きたいです!ちょっと待ってください今食べちゃうから…!」
やっと零した本音を聞いて内心ほくそ笑んだ俺のことなど、今のこいつには見えてないだろう。カチャカチャと急いで残っていたカレーを消費する様を横目に、自分の分の皿をシンクの中へ置いた俺はベランダへ移動し窓を開けた。
「一本吸い終わるまでに準備済ませろよ」
「……!!」
開けない口の代わりに忙しなく首を縦に振る様子に「ハハッ」と堪えきれない笑いを返し、外を向いて煙草に火を点ける。
──無駄にならずに済みそうだ。
財布の中に仕舞ってある、土方のじいさんから貰った二枚のチケットの存在を思い浮かべながら、長く長く煙を吐き出した。
前世の記憶ある尾(35くらい)と記憶なし主人公(28)
主人公:動物看護師、趣味で写真、嫌いではないけど人間不信。
尾形:写真家、主人公とは写真を通じて再会する。
茨城にある尾形の実家(祖父母が居た家)で同居。
付き合ってはない。
「わあ…!」
感嘆の息を吐いたあと、夢中でシャッターを切るその背中を、少し離れたところから見上げる。
快晴である今日は空も真っ青で、青い空と地面一面に広がる青い花に囲まれた女は、目を離せばそのまま消えてしまうのではないかと思うほど、儚く見えた。
「──」
思わず女の名を呼ぼうと口を開いた俺の視界を、横切る黒い影があって声は出せなかった。
その影を追えばそれは燕で、なるほど、その季節でもあったかと一人納得する。
燕は一羽だけではなかったようで、すいすいと泳ぐように空を飛ぶそいつらは、女の傍に移動してその周りを旋回する。
「え?あ、嘘、燕だ!」と、ファインダーを覗き込み花ばかり見詰めていても気付いたようで、女はまた歓喜の声をあげ肉眼で空を見上げている。
「尾形さん!燕ですよ!」
振り向き漸く俺を見た女は、今まで見たことないくらい破顔していて。
「それがどうした」
「わたし、鳥の中で燕が一番好きなんです!まさかここで見られるなんて…!」
恐らく、この景色の中に自分の好きなものが入ったことで、更に良い写真が撮れると浮き足立っているのだろう。この機を逃すわけには…!と再び写真を撮る姿勢になった女が可笑しくて、つい噴出してしまった。
「同じこと言ってりゃ世話ねえな」
過去に、同じことを言われた。その時は北海道を横断していたこともあり燕を見ることは叶わなかったが…こんな反応をするのなら、ぜひ前世でも一度見せてやりたかったなと柄にもないことを思った。
相手に気付かれることなく一頻り笑い終えた俺は、徐にポケットに入れていたスマホを取り出す。
そして女を中心に、青空と、青いネモフィラと、燕とが画面の中に映りこんだところを見計らい、シャッターのボタンを押したのだった。
ネモフィラの花言葉「可憐」「どこでも成功」「あなたを許す」
「わたし茨城生まれの茨城育ちなんですけど、行ったことないんですよね海浜公園」
向かいで大人しくカレーを食べていた女が、ふと思い出したようにそんなことを言い出す。幼い頃からカレーにはソースをかけて食べていたらしい女の「結構美味しいですよ」に強要され嫌々食べてみて、それからというもの俺が食べるカレーにも必ずソースがかけられることになったのは随分と久しい話だ。ただし、こいつの作るカレーに限定しての話だが。
そんな女手製のカレーを俺の家でつまんでいる今。女が発した言葉に意識を向けてみる。
俺は皮肉にも前世と同じ東京生まれの茨城育ちではあるが、ほぼ出身地は後者と言っても過言ではない程の時をこの地で過ごしている。故に、女の言う海浜公園が何処のことを指しているのか、大方見当はつく。
が、何故そんな話を今言い出したのか。その意図までは読めずに持っていたスプーンを皿の上に置き、正面を向く。
女はカレーのルウと白米を混ぜながら、なんでもないように、それこそ世間話をするように、言葉を続けた。
「今って、ネモフィラっていう青い花が一面に咲いてるらしいんです。尾形さん知ってました?」
「まあ、話では聞いたことあるな」
「昨日テレビで特集してて、茨城凄いじゃんって思いました」
「そうか」
「……」
「……」
「……」
「……で?」
「え?」
急に途切れた話を促すように声をかけたものの、再びカレーを食い始めた当の本人の中ではとっくに終わっていたらしい。口の中のものを咀嚼しながら視線だけで「何か?」と反対に問われた。
…いや、だってアレだろう。今の流れでは「見に行きたい」とか「連れて行って」とか、そういう続きが来ると思うだろう。
「実際に見たいとは思わんのか?」
自分から聞かなければいけないことに癪だと思いつつ、それでもこの女はこちらから聞かなければ自身の感情を言わない奴だったなと改めて認識する。そんなところまで前世のままでなくてもいいと言うのに……まあ、自分の性格も以前と変わらないから、きっと性分なのだろうと思い諦めよう。
「…まあ、行ければ行きたいですかね」
「じゃあ行くぞ」
「え、」
言うが早いか、既に食べ終わっていた空の皿を持ち立ち上がる俺を、女はぽかんとした表情で見上げてくる。なんだそのアホ面は。
「写真。撮りに行きたいんだろ」
「よくわかりましたね……ていうか、え、連れて行ってくれるんですか? あの尾形さんが?」
「どの尾形サンかは知らんが、早く決めろ。行かないなら…」
「い、行きます行きたいです!ちょっと待ってください今食べちゃうから…!」
やっと零した本音を聞いて内心ほくそ笑んだ俺のことなど、今のこいつには見えてないだろう。カチャカチャと急いで残っていたカレーを消費する様を横目に、自分の分の皿をシンクの中へ置いた俺はベランダへ移動し窓を開けた。
「一本吸い終わるまでに準備済ませろよ」
「……!!」
開けない口の代わりに忙しなく首を縦に振る様子に「ハハッ」と堪えきれない笑いを返し、外を向いて煙草に火を点ける。
──無駄にならずに済みそうだ。
財布の中に仕舞ってある、土方のじいさんから貰った二枚のチケットの存在を思い浮かべながら、長く長く煙を吐き出した。
前世の記憶ある尾(35くらい)と記憶なし主人公(28)
主人公:動物看護師、趣味で写真、嫌いではないけど人間不信。
尾形:写真家、主人公とは写真を通じて再会する。
茨城にある尾形の実家(祖父母が居た家)で同居。
付き合ってはない。
「わあ…!」
感嘆の息を吐いたあと、夢中でシャッターを切るその背中を、少し離れたところから見上げる。
快晴である今日は空も真っ青で、青い空と地面一面に広がる青い花に囲まれた女は、目を離せばそのまま消えてしまうのではないかと思うほど、儚く見えた。
「──」
思わず女の名を呼ぼうと口を開いた俺の視界を、横切る黒い影があって声は出せなかった。
その影を追えばそれは燕で、なるほど、その季節でもあったかと一人納得する。
燕は一羽だけではなかったようで、すいすいと泳ぐように空を飛ぶそいつらは、女の傍に移動してその周りを旋回する。
「え?あ、嘘、燕だ!」と、ファインダーを覗き込み花ばかり見詰めていても気付いたようで、女はまた歓喜の声をあげ肉眼で空を見上げている。
「尾形さん!燕ですよ!」
振り向き漸く俺を見た女は、今まで見たことないくらい破顔していて。
「それがどうした」
「わたし、鳥の中で燕が一番好きなんです!まさかここで見られるなんて…!」
恐らく、この景色の中に自分の好きなものが入ったことで、更に良い写真が撮れると浮き足立っているのだろう。この機を逃すわけには…!と再び写真を撮る姿勢になった女が可笑しくて、つい噴出してしまった。
「同じこと言ってりゃ世話ねえな」
過去に、同じことを言われた。その時は北海道を横断していたこともあり燕を見ることは叶わなかったが…こんな反応をするのなら、ぜひ前世でも一度見せてやりたかったなと柄にもないことを思った。
相手に気付かれることなく一頻り笑い終えた俺は、徐にポケットに入れていたスマホを取り出す。
そして女を中心に、青空と、青いネモフィラと、燕とが画面の中に映りこんだところを見計らい、シャッターのボタンを押したのだった。
ネモフィラの花言葉「可憐」「どこでも成功」「あなたを許す」