影が薄い子の
「別行動なう」
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「…」
くん、と外套を引かれる感覚に振り返るものの、そこに思い浮かべていた姿は無い。
当然だ。今は別行動中なのだから、あいつが此処に居るわけがないのだ。
「? どうした、尾形」
「…いや」
不自然に止まった俺に気付いて、前を歩く牛山も後ろを振り返ってくる。そうして呼ばれた自身の名に前を向き、歩きにくい山道を再び歩き出した。
外套を引っ張ったのは、ただの小枝だった。
『名前はこっちだ』
『え……でもわたしは』
『兵力を均等にする為だ。異論は認めない』
『…わかりました』
流石、土方のじいさんの圧には逆らえなかったのだろうあの女が、渋々と了承した声を耳だけで聴いていた。その時一瞬だけ感じた視線には反応せずに、ただじっと目を瞑っていた。
傍に居ろと言ったのは俺にそんな反応をされ、あいつは何と思っただろうか。
「寂しいか?」
「…何を言ってる」
追い付き、流れで隣を歩く牛山からの問い掛けの意味が、一瞬本当にわからなかった。
しかし見上げた先にあった顔が何処か愉快だとでも言うような笑みを浮かべていたお陰で、何のこと……誰のことを言っているのか直ぐに理解した。
「思えば、あの嬢ちゃんとお前は旅に加わってからずっと一緒だったよな」
「…」
「こんなに長い間離れるのは初めてだな? 尾形よ」
「…覚えてねえよ、そんなこと」
ニヤつくその顔を見ないよう相手より前に行こうとするも、俺より歩幅が広いこともあり直ぐに追いつかれてしまう。余程暇なのか、それなら先を行く二人の相手でもしてくれと念を飛ばすが、そんなもの届くはずもなくやたらぐいぐいと来られた。なんだこのオッサン。
「素直じゃねえなあ。嬢ちゃんに対してもそんなだと、いつか愛想尽かされちまうぞ」
「愛想もなにも、あの女は他人に情を向けるような奴じゃないだろうよ」
あいつが俺に抱いているのは、いつか自分を殺してくれるという期待だけで、そこに他意はない。そんなこと決してこいつに言えるはずもないから内心に留めておくが。
「初めはそうだったかもな。あの嬢ちゃん、他人どころか自分にさえ関心持ってない感じだったからな」
あいつが腕を怪我した時のことを思い出しているのか、「痛みさえ鈍く感じるなんてちとおかしい」等と本人がいないことを良いことに遠慮なく告げる様に、当時のことを思い返す。
窓から差し込む月明かり、白いベッド、白い服、閉じられた目、やわい肌、鎖骨から身体を走る傷跡、太腿の、割礼。
──自分の中で、清濁の感情が混ざり合うあの感情が思い起こされる。
「だがまあ、嬢ちゃんには他人の目を引く何かがあるのは確かだ。…影は薄いが」
能面のようなお前にそんな顔をさせるくらいだしな。にっと口角を上げる顔に先程までの揶揄いの色はなく、何処と無く生温い。
「……」
──そんな顔って、どんなだ。
そう訊く為に開いた口から、言葉が出てくることは無かった。
「大丈夫だ。どうせまた直ぐに会える」
大きな手に叩かれた背中には予想外の力が加わり、柄にもなくよろけてしまった。
山猫、無自覚の変化を諭される
くん、と外套を引かれる感覚に振り返るものの、そこに思い浮かべていた姿は無い。
当然だ。今は別行動中なのだから、あいつが此処に居るわけがないのだ。
「? どうした、尾形」
「…いや」
不自然に止まった俺に気付いて、前を歩く牛山も後ろを振り返ってくる。そうして呼ばれた自身の名に前を向き、歩きにくい山道を再び歩き出した。
外套を引っ張ったのは、ただの小枝だった。
『名前はこっちだ』
『え……でもわたしは』
『兵力を均等にする為だ。異論は認めない』
『…わかりました』
流石、土方のじいさんの圧には逆らえなかったのだろうあの女が、渋々と了承した声を耳だけで聴いていた。その時一瞬だけ感じた視線には反応せずに、ただじっと目を瞑っていた。
傍に居ろと言ったのは俺にそんな反応をされ、あいつは何と思っただろうか。
「寂しいか?」
「…何を言ってる」
追い付き、流れで隣を歩く牛山からの問い掛けの意味が、一瞬本当にわからなかった。
しかし見上げた先にあった顔が何処か愉快だとでも言うような笑みを浮かべていたお陰で、何のこと……誰のことを言っているのか直ぐに理解した。
「思えば、あの嬢ちゃんとお前は旅に加わってからずっと一緒だったよな」
「…」
「こんなに長い間離れるのは初めてだな? 尾形よ」
「…覚えてねえよ、そんなこと」
ニヤつくその顔を見ないよう相手より前に行こうとするも、俺より歩幅が広いこともあり直ぐに追いつかれてしまう。余程暇なのか、それなら先を行く二人の相手でもしてくれと念を飛ばすが、そんなもの届くはずもなくやたらぐいぐいと来られた。なんだこのオッサン。
「素直じゃねえなあ。嬢ちゃんに対してもそんなだと、いつか愛想尽かされちまうぞ」
「愛想もなにも、あの女は他人に情を向けるような奴じゃないだろうよ」
あいつが俺に抱いているのは、いつか自分を殺してくれるという期待だけで、そこに他意はない。そんなこと決してこいつに言えるはずもないから内心に留めておくが。
「初めはそうだったかもな。あの嬢ちゃん、他人どころか自分にさえ関心持ってない感じだったからな」
あいつが腕を怪我した時のことを思い出しているのか、「痛みさえ鈍く感じるなんてちとおかしい」等と本人がいないことを良いことに遠慮なく告げる様に、当時のことを思い返す。
窓から差し込む月明かり、白いベッド、白い服、閉じられた目、やわい肌、鎖骨から身体を走る傷跡、太腿の、割礼。
──自分の中で、清濁の感情が混ざり合うあの感情が思い起こされる。
「だがまあ、嬢ちゃんには他人の目を引く何かがあるのは確かだ。…影は薄いが」
能面のようなお前にそんな顔をさせるくらいだしな。にっと口角を上げる顔に先程までの揶揄いの色はなく、何処と無く生温い。
「……」
──そんな顔って、どんなだ。
そう訊く為に開いた口から、言葉が出てくることは無かった。
「大丈夫だ。どうせまた直ぐに会える」
大きな手に叩かれた背中には予想外の力が加わり、柄にもなくよろけてしまった。
山猫、無自覚の変化を諭される