影が薄い子の
星に溶けゆく
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あいつが戦いに出るとき、戦っている最中、彷彿とさせるものがある。
決して嫌いではないと感じるそれは、一体何だったか。北海道に来て随分と経つが、その間には見ていないもののような気がするのは確かだった。
「アシリパさん、燕を見たことはありますか?」
その正解を出したのは、まさかの本人からだった。
「いや、アプトチカフは見たことがないな。やつらはそもそも南国の渡り鳥だって聞いたことがある」
「ええ。北海道は夏の時期が短く、餌となる虫の数も少ないことから彼らが生息するには不向きだと言われています。でも前に読んだ文献には、北海道でも目撃情報があったって書かれていて」
「名前はアプトチカフが好きなのか?食べられないのに?」
「あはは…食べられなくてもすきですよ」
「そうか。…実は、フチから聴かされたやつらに関する伝承があるんだ。聴きたいか?」
「! ぜひ」
──そうだ、燕だ。
あの黒い小さな渡り鳥に、女は似ている。
戦いの始まり、あいつはいつも肩に羽織っている洋物の黒い上着を滑り落とす。この表現が正しいかと言われるとわからんが、女の動きの速さに上着がその場に置いてかれ、ふわりと広がり地面に落ちる時には既に女の姿はそこには無いのだ。
女の生来の存在感の薄さと、何の前触れもなく突然動き出すからこそ出来る芸当なのだと知ったのは何時だったか。
その、上着が広がる姿が、燕が羽根を広げた姿に似ていると思った。
戦いの最中、あいつの動きは誰よりも速い。そして誰よりもあちこち駆け回っている。その中で以前宣言したように俺の射線に入らぬよう動いているのだから、感心せざるを得ない。
その素速い動きが、一気に滑空する燕の姿を思い起こさせた。
何を彷彿とさせるのかわかってしまえば、不思議なものでそれにしか見えなくなってくる。俺を猫だと比喩してくる奴らの気持ちが、多少なりとも理解できたような気がした。
「昔、鳥を狩った帰りによく燕を見かけていた」
「…まさか尾形さんも、燕を食べようと」
「見かけただけだと言っているだろう。馬鹿か」
「息をするように罵倒された」
「最近、よく空を見上げているがそれが理由か」
「ええまあ…文献の通りなら、もしかしたらこの地でも見られるんじゃないかと思いまして」
今は夏だ。もし北海道でやつらを見られるとすれば、恐らく今の時期だけなのだろう。それを懸命に探す姿は普段のこいつからはなかなか想像がつかないが、伊達に動物学者を名乗ってはいない。
それにしても。
「燕か。撃ったことは無いな」
「無駄な殺生はやめてください」
「ガキの頃ならわからんが、今なら当てられるぞ?」
「人の話聞いてますか?」
人殺しには何も文句言ってこないくせして、やれ動物のことになると目くじらを立てるこいつは面白い。俺達が生きるために殺すのはまだしも、理由なく殺すことが許せないのだという。
どの口が言ってるんだと思わなくもないが、確かにこいつは人間以外には無けなしのやさしさを見せるからな。思うだけに留めておくとする。
「お前は、燕みたいだな」
今の話の流れからすると、聞こえ次第では物騒な響きを持つかもしれなかった。
しかし相手が返してきた反応は、ぱっと表情を明るくしたもので。
「ほんとうですか?……嬉しい」
呆気にとられたのは、此方の方だった。
「…そんなに好きなのか」
「来世で成りたいもの、と思うくらいにはすきです」
そう言って頬まで染める女の顔を、ついまじまじと見てしまう。
化粧っ気のないその顔、唇に紅でも差せばより燕に近くなるんじゃないか。そんな浮ついたことを考えるくらいには、俺もきっと嫌いではないのだろう。
──だからといって、実際にこいつが燕に成られても困るのだが。
帰巣本能の行く末は
どうか俺という地獄であれ
決して嫌いではないと感じるそれは、一体何だったか。北海道に来て随分と経つが、その間には見ていないもののような気がするのは確かだった。
「アシリパさん、燕を見たことはありますか?」
その正解を出したのは、まさかの本人からだった。
「いや、アプトチカフは見たことがないな。やつらはそもそも南国の渡り鳥だって聞いたことがある」
「ええ。北海道は夏の時期が短く、餌となる虫の数も少ないことから彼らが生息するには不向きだと言われています。でも前に読んだ文献には、北海道でも目撃情報があったって書かれていて」
「名前はアプトチカフが好きなのか?食べられないのに?」
「あはは…食べられなくてもすきですよ」
「そうか。…実は、フチから聴かされたやつらに関する伝承があるんだ。聴きたいか?」
「! ぜひ」
──そうだ、燕だ。
あの黒い小さな渡り鳥に、女は似ている。
戦いの始まり、あいつはいつも肩に羽織っている洋物の黒い上着を滑り落とす。この表現が正しいかと言われるとわからんが、女の動きの速さに上着がその場に置いてかれ、ふわりと広がり地面に落ちる時には既に女の姿はそこには無いのだ。
女の生来の存在感の薄さと、何の前触れもなく突然動き出すからこそ出来る芸当なのだと知ったのは何時だったか。
その、上着が広がる姿が、燕が羽根を広げた姿に似ていると思った。
戦いの最中、あいつの動きは誰よりも速い。そして誰よりもあちこち駆け回っている。その中で以前宣言したように俺の射線に入らぬよう動いているのだから、感心せざるを得ない。
その素速い動きが、一気に滑空する燕の姿を思い起こさせた。
何を彷彿とさせるのかわかってしまえば、不思議なものでそれにしか見えなくなってくる。俺を猫だと比喩してくる奴らの気持ちが、多少なりとも理解できたような気がした。
「昔、鳥を狩った帰りによく燕を見かけていた」
「…まさか尾形さんも、燕を食べようと」
「見かけただけだと言っているだろう。馬鹿か」
「息をするように罵倒された」
「最近、よく空を見上げているがそれが理由か」
「ええまあ…文献の通りなら、もしかしたらこの地でも見られるんじゃないかと思いまして」
今は夏だ。もし北海道でやつらを見られるとすれば、恐らく今の時期だけなのだろう。それを懸命に探す姿は普段のこいつからはなかなか想像がつかないが、伊達に動物学者を名乗ってはいない。
それにしても。
「燕か。撃ったことは無いな」
「無駄な殺生はやめてください」
「ガキの頃ならわからんが、今なら当てられるぞ?」
「人の話聞いてますか?」
人殺しには何も文句言ってこないくせして、やれ動物のことになると目くじらを立てるこいつは面白い。俺達が生きるために殺すのはまだしも、理由なく殺すことが許せないのだという。
どの口が言ってるんだと思わなくもないが、確かにこいつは人間以外には無けなしのやさしさを見せるからな。思うだけに留めておくとする。
「お前は、燕みたいだな」
今の話の流れからすると、聞こえ次第では物騒な響きを持つかもしれなかった。
しかし相手が返してきた反応は、ぱっと表情を明るくしたもので。
「ほんとうですか?……嬉しい」
呆気にとられたのは、此方の方だった。
「…そんなに好きなのか」
「来世で成りたいもの、と思うくらいにはすきです」
そう言って頬まで染める女の顔を、ついまじまじと見てしまう。
化粧っ気のないその顔、唇に紅でも差せばより燕に近くなるんじゃないか。そんな浮ついたことを考えるくらいには、俺もきっと嫌いではないのだろう。
──だからといって、実際にこいつが燕に成られても困るのだが。
帰巣本能の行く末は
どうか俺という地獄であれ