影が薄い子の
「まあ、ハゲなければ」
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土方の爺さんがあんな事を言った所為か。いやにこいつの髪に目がいくようになった。
「尾形さん、置いてかれますよ」
俺の外套を引き、前を歩く女に促され止めていた足を動かす。双眼鏡を目元から外して視線を進行方向に戻すと、そこには丁度女の後頭部があり、女にしては短めの黒い髪が申し訳程度に揺れていた。
「…」
最近、何度かその髪に手を延ばしては触れる直前に我に返り手を引っ込めるという、自分でも可笑しいと思う奇行を繰り返している。
集団の最後尾にいるから相手はもちろん他の連中にも気付かれちゃいないが、どうにも居心地が悪い。何故俺がこんな煩わしい思いをしなくてはならんのだ。
「…チッ」
あの爺さんの所為だ、と責任を転嫁して、女の黒髪から目を逸らす。舌を打った音が聴こえたのだろう、女が僅かにこちらに振り返ったが、目線が合うことはなかった。
暫しの休憩の後、先へ進むために再び森の中を歩いていた時に、図らずともその機会はやってきた。
「痛っ、」
背後から聴こえた小さな声と外套がいつもより強く引かれる感覚に足を止める。
「オイ、何してる」
「すみません、髪が枝に引っ掛かってしまって…」
振り返って見てみると、同じように潜ろうとしたのだろう、先程自分が潜って避けた木の枝に見事引っ掛かっている女の姿があった。言う通り髪の一部が枝の葉と絡まっていて、女はそれを無理矢理引きちぎる勢いで引っ張っている。
「馬鹿か」
「なっ」
「そんな引っ張り方をしたところで、禿げるだけだ」
「は、はげ…」
流石のこいつでも自分が禿げるのは嫌なのか、動きがぴたりと止まった。その隙に数歩後ろへ戻った俺は、枝と女の髪に触れ絡まりを解く。
あれほど躊躇っていたというのに、理由が出来た途端こんなにも容易く触っている。その事実を自覚したのは、絡まりが解け再び理由が無くなった時だった。
「あ、ありがとうございます…」
「…」
「…? 尾形さん、まだ取れませんか?」
「…ああ、なかなか頑固に絡まってるな」
やっと触れることの出来た黒髪はいやにやわらかくさらりとしていて、まるで猫の毛のようだった。それをもう手放すのは惜しいと思ってしまい、気が付けばそんな嘘が口を吐いて零れ落ちていて。
「そんなに大変なら、いっそのこと切っても…」
「いいから黙っていろ」
「えええ…あ、もしかして尾形さん意外と不器用…?」
「そうかそんなに引っこ抜かれて禿げるのがお好みか」
「ごめんなさい」
どうやら脅迫は効果があったようで、謝罪のあと黙り込む女の横顔を一瞥だけして、演技を続ける。既に何ものにも絡まっていない髪を指に巻き付けたり、指の間に通しさり気なく梳いてみたり、手を滑る、しかし馴染むその感触を堪能して。
『お前は伸ばせば似合うだろうな』
ふと、爺さんの言葉を思い出した。
(…俺はどっちでも構わんが、)
まあ、この髪であれば伸ばしてもさぞ触り心地の好いものになるだろうな。
そんなことを内心でごちて、最後にゆるく、悟られないようにその頭を撫でたのだった。
「オイ、取れたぞ」
「…」
「何だ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「いやあ、その…」
「言え」
「いちいち脅さないでくださいよ…。…頭を撫でられるの、初めてだなあって思っただけです」
「…」
「そうそう、そうやって髪を引っ張られてばかりだったので…って痛たたたたッ」
「禿げちまえ」
山猫の奇行、更なる奇行
「尾形さん、置いてかれますよ」
俺の外套を引き、前を歩く女に促され止めていた足を動かす。双眼鏡を目元から外して視線を進行方向に戻すと、そこには丁度女の後頭部があり、女にしては短めの黒い髪が申し訳程度に揺れていた。
「…」
最近、何度かその髪に手を延ばしては触れる直前に我に返り手を引っ込めるという、自分でも可笑しいと思う奇行を繰り返している。
集団の最後尾にいるから相手はもちろん他の連中にも気付かれちゃいないが、どうにも居心地が悪い。何故俺がこんな煩わしい思いをしなくてはならんのだ。
「…チッ」
あの爺さんの所為だ、と責任を転嫁して、女の黒髪から目を逸らす。舌を打った音が聴こえたのだろう、女が僅かにこちらに振り返ったが、目線が合うことはなかった。
暫しの休憩の後、先へ進むために再び森の中を歩いていた時に、図らずともその機会はやってきた。
「痛っ、」
背後から聴こえた小さな声と外套がいつもより強く引かれる感覚に足を止める。
「オイ、何してる」
「すみません、髪が枝に引っ掛かってしまって…」
振り返って見てみると、同じように潜ろうとしたのだろう、先程自分が潜って避けた木の枝に見事引っ掛かっている女の姿があった。言う通り髪の一部が枝の葉と絡まっていて、女はそれを無理矢理引きちぎる勢いで引っ張っている。
「馬鹿か」
「なっ」
「そんな引っ張り方をしたところで、禿げるだけだ」
「は、はげ…」
流石のこいつでも自分が禿げるのは嫌なのか、動きがぴたりと止まった。その隙に数歩後ろへ戻った俺は、枝と女の髪に触れ絡まりを解く。
あれほど躊躇っていたというのに、理由が出来た途端こんなにも容易く触っている。その事実を自覚したのは、絡まりが解け再び理由が無くなった時だった。
「あ、ありがとうございます…」
「…」
「…? 尾形さん、まだ取れませんか?」
「…ああ、なかなか頑固に絡まってるな」
やっと触れることの出来た黒髪はいやにやわらかくさらりとしていて、まるで猫の毛のようだった。それをもう手放すのは惜しいと思ってしまい、気が付けばそんな嘘が口を吐いて零れ落ちていて。
「そんなに大変なら、いっそのこと切っても…」
「いいから黙っていろ」
「えええ…あ、もしかして尾形さん意外と不器用…?」
「そうかそんなに引っこ抜かれて禿げるのがお好みか」
「ごめんなさい」
どうやら脅迫は効果があったようで、謝罪のあと黙り込む女の横顔を一瞥だけして、演技を続ける。既に何ものにも絡まっていない髪を指に巻き付けたり、指の間に通しさり気なく梳いてみたり、手を滑る、しかし馴染むその感触を堪能して。
『お前は伸ばせば似合うだろうな』
ふと、爺さんの言葉を思い出した。
(…俺はどっちでも構わんが、)
まあ、この髪であれば伸ばしてもさぞ触り心地の好いものになるだろうな。
そんなことを内心でごちて、最後にゆるく、悟られないようにその頭を撫でたのだった。
「オイ、取れたぞ」
「…」
「何だ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「いやあ、その…」
「言え」
「いちいち脅さないでくださいよ…。…頭を撫でられるの、初めてだなあって思っただけです」
「…」
「そうそう、そうやって髪を引っ張られてばかりだったので…って痛たたたたッ」
「禿げちまえ」
山猫の奇行、更なる奇行