影が薄い子の
「まあ、ハゲなければ」
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「名前よ」
「?」
「お前は髪を伸ばさぬのか?」
食後のお茶を頂いていた時、向かいに座っていた土方様がふと思い出したように問うてきた。雰囲気は和やかなもので、土方様の元来強い目力も今ばかりは穏やかに見える。恐らく探るつもりではなく世間話程度の気持ちで話を振ってきたのだろう。
こくり、口内に含んでいたお茶を飲み込んだ。
「髪、ですか」
わたしの今の髪の長さは、肩に届かないほど短いものだ。昔からこれより長くしたことはないため、自身でその姿を思い浮かべようにもうまくいかなかった。
それよりも、何故かこの話題に背後にいる男が僅かに反応したことの方が気になった。
「意識したこともなかったです」
「お前は伸ばせば似合うだろうな」
「ええ?そうでしょうか…自分で想像が出来ませんが」
後ろの人もだけど、何故目の前のこの人もこんなに食い下がるのだろうか。別にわたしが髪を伸ばそうが短いままでいようが、この人には関係のない話なのに。
(でもまあ、話を振ってきたのは向こうからだし仕方がないのかな)
「そこらの
「ううん…特段そうは思わないですね。見ているだけで満足と言いますか」
「もうお前を縛る者は此処にはいないのに?」
空気が、ひりついた気がする。
それはわたしからか相手からか、はたまた背後の男からか、誰かから僅かな殺気が出されたからだ。
目の前の御仁は、不敵に口角を吊り上げている。わたしは湯呑みを握り締めていた手の力を緩め、はあっと息を吐き出した。
「お前の髪を短くし、男物の服を着せ、男として生きるよう命令してきた奴は既にこの世には居ない。それでも何故、お前はその様に生きる?」
傍から見たら、当然の疑問なのかもしれなかった。
わたしにこの様相を強制していた人物はもういない。晴れて自由の身なのである。
変わろうと、変わりたいと思うのならそれを拒む者はもういない。でもわたしが変わらないでいる理由は、そんなの…。
「思いも、しませんでした」
土方様に言われたことは、わたしが思いもしなかったことで。正直に言えば目から鱗であったのだ。
「わたしが、街の女性たちのように生きるなんて。考えもしなければ羨ましがることもありませんでした」
だってそれほどまでに今のわたしはわたしであるし、変える必要性も感じられなかったのだ。
他人は他人であって、わたしはわたしだ。
そう語る女に、土方は珍しく驚いた顔をした。
光の宿らない純粋な瞳に、一縷の疑問も抱かないといった様子に、畏れさえ感じたのだった。
無垢という呪い