博士で元帥の
外伝
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年がら年中、薄桃の花弁を咲かせている万年桜。その木は至る所に存在し、この天界のひとつの象徴とも言える。
その中でも一際、幹の太い桜の木がある。それは天界人が住む棟などから大分離れたところにあり、
見付けられたのは本当にたまたま、偶然だった。
「──ふう、」
その木を見付けてからというもの、何かある度に僕の足は自然と其処へ向かった。人間一人が寄り掛かっても、まだ幾人も隣に座れそうな広い幹に背を預けて座り込んでしまえば、まるで存在していないかのように、姿を隠してくれる。地面から浮き出る太い根の間に居れば、桜の木が優しく抱き込んでくれているような、外界から守ってくれているような、そんな錯覚さえした。
木の根元から見上げた景色は、空を覆い尽くす程の薄桃一色。はらはらと散ったそばから忽ち新しい花弁を咲かせるものだから、暫く其処に居たら自然と桜色の布団が完成する。
(このまま、花弁に埋もれて圧死……なんて事あるんですかねえ)
それで死ねたなら、なんて贅沢なんだろう。
身体の半分を埋めたまま、口に咥えた煙草から昇る煙と舞い落ちる桜をぼうっと見詰めていた時。
枝の一部が不自然に揺れたかと思えば、ガサリと音を立て〝何か〟が落ちてきた。
この場所を知ってから今までそんな事は一度も無かった油断からと、気を抜きすぎていた所為もあるだろう。身動ぎひとつ出来ずにただ驚きに目を丸くした僕は、目の前に落ちてきた〝それ〟を認識して──再度、驚く。
「……ねこ?」
くるりと空中で一回転した後、難無く地面に着地したのは、この天界には存在していないものだった。
そりゃ、文献の中や任務で下界に降りた時、実際にその目で見ているからどういった生物なのかは知っている。けれどまさか、こんな所でこんな間近で、お目にかかるなどとは到底思ってもいなかった。
天界に、人以外の動物は存在していない。
それは理性ある人であればまだしも、それ以外の動物は自らが生きる為に生殺与奪を繰り返す。それが天界の理から外れる為だ。
その、筈なのに。今僕が目に入れているのは、間違いなく猫だった。
身体の毛色が真白のそれは、しかし双眸の色が左右で異なっている。片目は綺麗な蒼、そしてもう片方が……金色に輝いていて、まるでこの世のものとは思えない儚さを含んでいる。
「何故こんな所に、」
独り言を零す僕の声は、再度上から白猫の元に落ちてきた何かによって遮られてしまった。
……全く、こんな短時間に、三回も驚くような事柄が起こるなんて誰が予測出来ただろうか。
(……今度は、人?)
僕と白猫の間に見事、着地してみせたその人は白衣を身に付けていて、真白の背中しか僕の目に映らないようになる。それはまるで僕から、白猫を隠すように感じられた。
「あのー……」
「……」
華奢な身体つきから、その人は女性だろうと推測する。一向にこちらを見ようとしないその人に声をかけてみると、ピクリと肩が動いたかと思った瞬間──気がつけば僕は軍服の胸倉を掴まれ、背後の木に押さえつけられていた。
四度目となる驚きに、ぱちくりと目が丸くなる。
「……何で、此処に人が居るのかわからないけれど」
そんな僕をぎろりと、しっかりと殺意を持って睨み上げてくるのは、先程の白衣を纏った女性。
「今此処で見たもの、記憶から抹消しろ」
告げ口なんてしたら、その身体生きたまま解剖してやるからな。
その女性は低い声でとんでもない脅迫を僕にしたかと思うと、素早い動きで白猫を連れて逃げるようにこの場から離れて行く。
残された僕はといえば、色んなことが一気に起こりすぎた所為もありただ呆然と、あっという間に小さくなっていった白い背中を見送ることしか出来なかった。
「……えーと?」
ほろり、煙草の灰が地面の薄桃色を汚した。
それは僕、天蓬が元帥になる前の話。
そして、真白の猫と蒼眼を持つ彼女との邂逅を遂げた時の話だ。
その中でも一際、幹の太い桜の木がある。それは天界人が住む棟などから大分離れたところにあり、
見付けられたのは本当にたまたま、偶然だった。
「──ふう、」
その木を見付けてからというもの、何かある度に僕の足は自然と其処へ向かった。人間一人が寄り掛かっても、まだ幾人も隣に座れそうな広い幹に背を預けて座り込んでしまえば、まるで存在していないかのように、姿を隠してくれる。地面から浮き出る太い根の間に居れば、桜の木が優しく抱き込んでくれているような、外界から守ってくれているような、そんな錯覚さえした。
木の根元から見上げた景色は、空を覆い尽くす程の薄桃一色。はらはらと散ったそばから忽ち新しい花弁を咲かせるものだから、暫く其処に居たら自然と桜色の布団が完成する。
(このまま、花弁に埋もれて圧死……なんて事あるんですかねえ)
それで死ねたなら、なんて贅沢なんだろう。
身体の半分を埋めたまま、口に咥えた煙草から昇る煙と舞い落ちる桜をぼうっと見詰めていた時。
枝の一部が不自然に揺れたかと思えば、ガサリと音を立て〝何か〟が落ちてきた。
この場所を知ってから今までそんな事は一度も無かった油断からと、気を抜きすぎていた所為もあるだろう。身動ぎひとつ出来ずにただ驚きに目を丸くした僕は、目の前に落ちてきた〝それ〟を認識して──再度、驚く。
「……ねこ?」
くるりと空中で一回転した後、難無く地面に着地したのは、この天界には存在していないものだった。
そりゃ、文献の中や任務で下界に降りた時、実際にその目で見ているからどういった生物なのかは知っている。けれどまさか、こんな所でこんな間近で、お目にかかるなどとは到底思ってもいなかった。
天界に、人以外の動物は存在していない。
それは理性ある人であればまだしも、それ以外の動物は自らが生きる為に生殺与奪を繰り返す。それが天界の理から外れる為だ。
その、筈なのに。今僕が目に入れているのは、間違いなく猫だった。
身体の毛色が真白のそれは、しかし双眸の色が左右で異なっている。片目は綺麗な蒼、そしてもう片方が……金色に輝いていて、まるでこの世のものとは思えない儚さを含んでいる。
「何故こんな所に、」
独り言を零す僕の声は、再度上から白猫の元に落ちてきた何かによって遮られてしまった。
……全く、こんな短時間に、三回も驚くような事柄が起こるなんて誰が予測出来ただろうか。
(……今度は、人?)
僕と白猫の間に見事、着地してみせたその人は白衣を身に付けていて、真白の背中しか僕の目に映らないようになる。それはまるで僕から、白猫を隠すように感じられた。
「あのー……」
「……」
華奢な身体つきから、その人は女性だろうと推測する。一向にこちらを見ようとしないその人に声をかけてみると、ピクリと肩が動いたかと思った瞬間──気がつけば僕は軍服の胸倉を掴まれ、背後の木に押さえつけられていた。
四度目となる驚きに、ぱちくりと目が丸くなる。
「……何で、此処に人が居るのかわからないけれど」
そんな僕をぎろりと、しっかりと殺意を持って睨み上げてくるのは、先程の白衣を纏った女性。
「今此処で見たもの、記憶から抹消しろ」
告げ口なんてしたら、その身体生きたまま解剖してやるからな。
その女性は低い声でとんでもない脅迫を僕にしたかと思うと、素早い動きで白猫を連れて逃げるようにこの場から離れて行く。
残された僕はといえば、色んなことが一気に起こりすぎた所為もありただ呆然と、あっという間に小さくなっていった白い背中を見送ることしか出来なかった。
「……えーと?」
ほろり、煙草の灰が地面の薄桃色を汚した。
それは僕、天蓬が元帥になる前の話。
そして、真白の猫と蒼眼を持つ彼女との邂逅を遂げた時の話だ。
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