29、彼女の名前は…【最終話】
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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ずっと思い焦がれてきた。
何時になっても忘れないように、何度も思い起こしていた。
思い出になんてしてたまるか。彼女は、紐束縁は、私の中でいつだって色鮮やかなまま存在している。
——その確信を打ち砕かれたのは、悟が連れてきた〝紐束縁〟と再会した時だ。
まず、外見がまるで違っていた。
悟は彼女のどこを見て、紐束縁だと言ったのか。まるで別人じゃないか——確かにそう、思ったはずなのに。
『あ、傑だぁ。』
目が会った瞬間、名前を呼ばれた瞬間。これまで消えないよう必死に思い続けていた私の中の紐束###NAME2#は、どろりと溶かされ目の前の彼女に成り代わった。
『……###NAME2#?』
それが私の、最初に犯した罪だ。
◇
「あ、起きた?」
「悟……」
「気分はどう? 傑」
目を覚まして最初に見えた天井に、ここは高専の保健室かと思い至る。そこに割り込んでくる親友の顔を、少し前にだって見ていた筈なのに随分久しぶりに感じた。
「気分は……悪くないかな。なんか頭がズキズキするけど。」
「それそれ。」
どれだ? と悟が指差した方へ顔を向けると、そこには私の腕にしがみついて眠っている糸田紬がいた。彼女の額にはガーゼが貼り付けられていて、そこで初めて自分の額にも同様の処置をされていることに気づいた。
そして思い出す。…………全部、全部思い出した。
「オマエの動きを止めるために頭突きって、発想が子供だよね。」
「仮にももう淑女だろうに……ははっ、10年経ってもこんなに変わらないものなのかい?」
思い出したら何故か笑いが込み上げてきて、それを自覚したらなんでこんなに笑ってるんだろうと疑問を抱いてはまた笑えてきて、というループにはまり暫く一人で笑い続けていた。それでも隣で眠る彼女を起こさないよう声を控えめにしたから許してほしい。笑いすぎて涙も出てきたけど、それも止めないままただただ笑った。
「——多分私は、限界だったんだと思う。」
笑いが落ち着いた頃、乱れた呼吸を整えては天井を見上げる。特級になってから保健室で眠ることなんてなかったから、懐かしくも新鮮な心地で木目を見詰めた。
「悟、聞いてくれるかい? 私の懺悔を。」
「……」
返事はなかったが、視線は動かさずとも悟が聞く体勢に入ったのが分かり、一言お礼を述べてから続きを語ることにした。
「十年は……長かったな。想い続けていても一向に帰ってこない縁に、いっそのこと嫌いになれた方がマシだと思うくらいになっていた…——想い続けることに、疲れていたんだ。」
だからクリスマスのあの日。死にかけた私の元に君が連れてきた〝紐束縁〟だという彼女に、きっと妥協したんだ。
「初見で違うと分かった筈なのに、彼女本人も君も紐束縁だと言う。……その言葉に乗っかって、私は彼女を求めたんだ。」
それが、全ての間違いだと気付くことすら出来ずに。私は、私達は、偽者の彼女に紐束縁を重ねた。
「まあ、それも今だから分かったことだけれど。当時は全く気付かなかったなあ。」
そう言って嘲笑する私に、悟は椅子に預けていた背中を離して覗き込んでくる。目隠しを外した悟の双眸は、激しい後悔とほんの少しの安堵が垣間見えた気がした。
「傑。共犯だね、僕達。」
「罪を分け合ったら怒られないかい?」
「大丈夫でしょ、あの子なら。——きっと笑って許してくれるよ。」
「そうか……そうだね。」
赤信号、みんなで渡れば怖くない。とはよく言ったものだ。
罪を分け合い、責任の所在を曖昧にすることで、罪悪感を軽減させる。本当はそんなことするべきじゃないのは分かっているけれど、私も悟も昔から、共犯になることで彼女の怒りから逃れてきた。
だから今回もきっと、大丈夫。
「まあ、それでも一発殴られるのは覚悟しておこうかな。傷付けたことには変わりないし、けじめとしてさ。」
「……そーね。」
でも罪から逃れることだけは絶対しないから、安心してほしい。
今後一生をかけて、その罪を償っていく覚悟ならとっくに出来ているから。
「——それにしても、ニセモノはスタイルよかったね。」
「それな。それだけが惜しいわ。こんなアホ面で寝てるゴリラ女に勃つ気がしねーわ。」
懺悔も終えて、気が緩んだせいだろうか。悟なら乗ってきてくれると思いつい下世話な話を振ってしまった。案の定食い付いてきた悟と面白可笑しくあられもない話を続けていたけれど、やはり罪を犯した人間が辿る末路は決まっているもので。
「オマエら、随分楽しそうな話をしてるじゃないか。私も混ぜろよ。」
「ゲッ!」
「しょ、硝子……」
「なんだ? 遠慮するな、続けろよ。」
「「いや……ごめんなさい……」」
硝子が部屋に入ってきたことに気付かず男子学生のような会話を続けていた私達は、何とも居た堪れない心地で素直に謝ったのだった。
「すぴー」
この中で彼女、糸田紬——本物の紐束縁だけが、幸せそうに寝息を立てていた。
◆
「で? 夏油の呪力を底上げしてバランスを戻すのに丸二日もかかったって?」
「そーなんですよ先輩〜。」
数日後。風のない穏やかな秋晴れの日。やわらかな太陽の下日光浴をしながら、糸田紬は珍しく一人でいた。
その手には端末が握られており、京都にいる庵歌姫と電話が繋がっている状態だ。これまでにも細かく連絡を取り合っていたが、今回あった出来事を歌姫に報告すると、飛び跳ねんばかりの声でまあ喜んでいた。
その声を聞いて、彼女は苦笑しながらも同じ気持ちではあったので咎めるのはやめておいた。
「知らない間に帰っちゃうなんてね。あの女の頬を一発ぶん殴ってやりたかったわ。」
「それはまあ……確かに呆気ない終わりでしたけど。」
「それにしても、アンタもけったいな力手に入れたわねえ。」
「いや好きで手に入れたわけでは……でもまあ、傑を助けることに関しては結果オーライでしたよ。」
現在高専内では、まことしやかに囁かれている話題が二つある。その話題に上がっている二人の人物は、いずれもこの世界とは異なる世界から来たという人間——紐束縁と糸田紬のことであり。
かたや突然なんの前触れもなく姿を消したことから、再び元の世界に帰ったのだろうと推測され。
かたや残ったもう一人も、いずれ元の世界に帰ってしまうのではないかと懸念されていた。
「それなら京都校でも騒がれてるわよ。前者はともかく、後者の誰かさんに関してはみんな躍起になってるって。この世界に魂を定着させる方法を探したり、アンタの記憶改竄して元の世界の記憶失くそうとしてたり。」
「え、何それこわっ。でもみんなそんな様子ないけどなあ……」
「本人の前でそんな話するわけないでしょ。」
「バカねえ」と言う声は言葉に反して、優しさを帯びていた。だから言われた張本人も傷付くことなく、むしろへらりと頬を緩ませるだけだった。
「でも良かったじゃない。ニセモノもいなくなったし、これで全員アンタのこと思い出したんでしょ?」
「いやあ、それなんですけど実は。なんか不可思議なことになってまして……」
「は?」
紐束縁を騙る偽者はいなくなった、夏油傑の中にあった成り代わりの呪力も消失した。設定を加えたり催眠をかけたりしていた本人がいなくなれば無くなるものだと思っていた彼女であったが、予想とは違い未だ夏油は催眠にかかった状態なのだという。
『そうか……また戻ってしまったんだね、縁は。』
落ち込んだ顔を見せたくないのか、夏油は窓の外を見ることで彼女から顔を背ける。
『帰っちまったもんはしょーがねえよ、傑。これからは前向きに生きてこーぜ。』
そんな夏油の肩に腕を回し励ます五条悟も、催眠が解けていない一人だった。努めて明るく言う五条の言葉は強がっているのがありありとわかり、そんな五条と夏油の後ろ姿を思い出しては、彼女は少しだけ申し訳ないと思った。
しょぼんとしている糸田紬を窓の反射で見ていた男二人が、にんまり笑っていたことなど彼女が知る由もない。
「何それ。じゃあアンタ、あの女がいなくても紐束縁本人だって言えないってこと?」
「そういうことになりますね。でもまあ別に、それはそれでいいかなって。」
「全然良くないでしょ! だってアンタは……」
「それについてなんですけど、歌姫先輩。お伝えしたいことがあります。」
◇
「終わったか?」
「はい。ちゃんと歌姫さんにお伝えしました。」
耳から端末を放したタイミングで夜蛾さんに声を掛けられ、わたしはベンチからのっそりと立ち上がる。そして夜蛾さんと並んで、みんなとの集合場所へと向かっていく、その途中で。
「……本当に、〝これ〟で良かったのか?」
夜蛾さんがぽつりと、そう聞いてきた。
「はい。これでいいんです。わたしが貴方の教え子だった事実は変わりありませんから。」
「ね、夜蛾セン!」と敢えて昔の呼び方をしながら笑顔で見上げるわたしに、納得したのか諦めたのか。まだ何か言いたそうではあったけど、その言葉は飲み込んでふっと息だけを吐き出していた。あっれえ? 反応がいまいちだなあ? さっきまでのドヤァな気持ちがから回ってる気がするぞ?
「……え、ダメです? 糸田紬は受け入れ拒否です??」
「そんなわけあるか。」
打って変わっておずおずと控えめな態度で聞いてみれば、否定の言葉はすぐに飛んできた。加えて宥めるように頭を撫でてくる夜蛾さんに、心を振り回されたような感じがしてむすんと年甲斐もなく拗ねてしまった。
「夜蛾センに弄ばれたー。」
「弄んだつもりは全くない。……それにしても、やはりオマエは悟に似てるな。」
「えっ、ガチで落ち込んでいいですか?」
頭に乗せられた手は、そのままで。
〜〜以下加筆〜〜
「はい。これでいいんです。まあ、知ってる人達からしたらややこしいことこの上ないんですけど。」
「それは構わないが……。お前は誇りを持っていただろう。それを捨てる必要はないんじゃないのか。」
「んー、」
夜蛾さんの言葉も一理あるからこそ、どうやってわたしの気持ちを伝えようか思考を巡らせる。
別に、偽者もいなくなったことだしわたしは堂々と自分をさらけ出していいはずなのだ。誰に遠慮するでもない、それは〝わたし〟を指す単語なのだから。
でも、ここまで悩むのはきっと。
「誇りを持っているからこそ、手放すべきかなって。」
だってわたしは、自分の世界で死んでいるのだ。つまり今ここに立っているわたしは、なにものでもない。
過去の名前に囚われることなく、自由に何にだってなれる。
「同じ命で人生二週目なんて、なかなか出来ない体験じゃないですか? だからいっそのこと、新しいわたしとして楽しんでやろうかなって思うわけなのですよ。」
でもだからって、過去を捨てるわけじゃない。
捨てたい部分なんてない、元の世界のわたしも昔この世界で過ごしたわたしも、わたしを構成する大切な一部なんだから。
「例え変わるものがあるとしても、[[rb:わたし > ・・・]]が貴方の教え子だった事実は変わりありませんから。」
〜ここまで〜〜
◇
夜蛾さんと共に向かった場所は、傑救出作戦を話し合ったあの教室だった。そしてその中には作戦を手伝ってくれた——つまり、わたしの素性を知るメンバーが勢揃いしていた。
「みんな、突然呼び出してごめんね。来てくれてありがとう。」
教壇に立ってみんなと向き合うと、何人かは今からわたしが何を話すのか察しているようだった。
「今日はみんなに、お伝えしたいことがあります。——今後の、わたしについて。」
びくりと肩を震わせたのは、虎杖悠仁くん。昔のわたしと直接関わりがなくとも全ての事情を把握している、唯一の子だった。彼が不安げな顔で、何か言いたげにわたしを見るけど……今はその視線に答えることはしなかった。
みんなの顔を見渡して、いつものおちゃらけた雰囲気は、今は封印して。真剣な顔を浮かべながら、堂々と言い放った。
「これからのわたしは、紐束縁ではなく。糸田紬として生きていくつもりです。」
誰かの息を飲む音が、静まり返る教室内に響いた。
「偽者もいなくなった今、この世界に紐束縁は存在しない。でも悟や傑の催眠が解けてないことや、伏黒くん達みたいに過去を知らない人達の中では、わたしは糸田紬でしかない。それを否定して回るのはめんど……大変だし、それならもうこのままでいいかなって思ったわけですよ。」
だから本当のことを知るみんなには、今まで通り素知らぬ顔でわたしを〝糸田紬〟として接してほしい。
「紐束縁として生きてきた今までを捨てるつもりはないよ。でも、その名前の持ち主はこの世界にトリップしてくるときに事故で死んだ。……もう、わたしが生きられるのはこの世界だけなの。」
だからこれからは、転移者の紐束縁としてではなくて、この世界でみんなと生きていく糸田紬として。
「わたしが〝ここ〟で生きていくことを、許してください。」
そう言葉を締めて、頭を下げる。訪れる沈黙に怖くなってぎゅっと目を閉じて待っていると——椅子を引く音とともに、教卓越しに誰かが立つ気配があった。
「……縁さん。」
わたしの名前を呼ぶ声に、じわりと心に絶望が広がっていく。その声の人はわたしの肩を叩き、顔を上げるよう促したけど……それを首を振って拒否する。
「紬ねーちゃん。」
「っ、」
でもそう呼ばれた驚きで、つい反射的に頭を上げてしまった。そして見えたその人の泣きそうなほど優しい笑みに、涙腺が刺激されてしまう。
「じゃあこれからは、〝役〟としてじゃなくて。オレの本当のねーちゃんになってくれるってことでいい?」
わたしの手を取り、ぎゅっと握り込んでくる力強さはいつもと変わらない。頼もしくてあたたかくて、つい甘えたくなってしまう手だ。
そして彼の……虎杖悠仁くんの背後にいる人達もみんな、嫌な顔をしている人はいない。
ぐっ、と込み上げてくる涙は押し込んで。
「……当たり前じゃん! わたしはこれから一生、悠仁くんのおねーちゃんだよ!」
わたしはわたしの中での、最大級の笑顔を浮かべたのだった。
同じ世界に再びトリップしたら、自分の成り代わりがいた件について
【糸田紬になった日】
「二人に提案があるんだけど。」
「?」
「なんだ?」
「僕と傑の催眠が解けていることは、縁には内緒にしておこう。」
僕達さえ黙っていれば、あの子は迷うことなく糸田紬として名乗れるだろ?
「それはそうだが、でも……」
「悟はそれでいいのか?」
「いいって何が?」
例え名前が変わっても、立場が変わっても、
あの子の中には僕達と過ごした青春の日々の記憶があるわけだし、それは僕達にとっても同じことだ。
「これからも、何も変わらないよ。」