26、再起
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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※※※
・主人公ベコベコに折れてます(心が)。
これは、わたしだけが知るわたしの気持ち。
悠仁くんさえ知らない、わたしだけの懺悔だ。
◇
突然姿を消したわたしのことなんて、忘れられていると思っていた。
覚えていてくれたとしても、嫌われて仕方がないと思っていた。
だってわたしは、良くしてくれた彼らにお礼のひとつも言えないまま、この世界から姿を消したんだから。
そして彼らにとって、人生を大きく変える程の出来事があの後すぐにあったのだと聞かされた時は、わたしを元の世界へ戻した……いるかもわからない神様を恨んだりもした。
夏油傑の離反。その時、わたしがいてもいなくても同じ結果になっていたとしても……もしかしたら傑が呪詛師に堕ちない道があったかもしれない。硝子にとって大切な同期を、建人や雄にとって大切な先輩を、夜蛾さんにとって大切な教え子を……悟にとって、大切な親友を、失わずに済んだかもしれないのだ。
そしてもし、傑が呪詛師に堕ちてしまったとしても。
昨年のクリスマスに、傑が興したという新宿・京都百鬼夜行——呪霊による大規模テロ。わたしもこの世界に一緒にいて、なにか策を講じていれば。それだって起こらなかったかもしれない。真希ちゃん達二年生の学生達が、苦しむことはなかったかもしれない。
傑だって、死にかけることはなくて。悟だって、親友をその手にかける直前までいかなかったかもしれない。
みんなにとっては、もう過ぎた過去の話なんだろう。結末を言えば傑は生きてこちら側に戻ってきているし、誰も死んでいない。
みんな笑って生きている。それで十分なはずなのに。
わたしは〝その場にいなかったことが〟、悔しくてたまらない。
彼らの大切な局面の時、わたしはいつだって蚊帳の外で。それが偶然なのか、神様とやらが狙ってやったことなのかはわからないけど。
傲慢なわたしは、汚いわたしは、拗ねてこじらせたわたしは、今こうしてこの世界にいる必要がないんじゃないかとすら思うんだ。
『紬にとっては、傑は比較的嫌いになってもいい奴だよね。なんでそこまで思えるの?』
『え? だって硝子と五条さんの大切な仲間でしょ? それなら助けるよ。』
あの時言った言葉は、嘘じゃない。
——それにわたしにとっても、傑は大事な友人なんだから。
同時にそう思ったのも、嘘じゃないの。
助けられなかった前回があるから、今度こそは傑を助けるのだと。わたしは勝手に、一人で意気込んで、息巻いて、空回りしている。
『どうして私達を置いていったんだ! 縁!』
でも、あの声に気付かされてしまった。
過去に、彼らを少なからず傷付けたわたしが、でしゃばっていいものなのかなって。
だって百鬼夜行の時、悟が傑を殺さなかったのは、傑が改心してこちら側に戻ってきたのは。
わたしじゃない、今の〝紐束縁〟がいたからじゃないのか。
そう思うと、わたしの存在って必要なのかな。あの女がいればこの世界が回るというなら、むしろ邪魔なのはわたしなんじゃないか。
わたしが来るまでの間、みんなは幸せだったんじゃないのか? それを掻き乱して、悠仁くんに嘘まで吐かせて、思い出してくれたみんなの優しさに付け込んで、甘えて——最低なのは、わたしなんじゃないか?
わからなくなってしまった。
心が揺らいでしまった今、みんなの顔を見ることが出来ない。
足場を失ってしまったような感覚に、立ってすらいられない。
わたしは——
「どこにいればいいの。」
もう、どこにも行く場所なんてないのに。
◆
「紬さん、まだ引きこもったままなの?」
釘崎の言葉に、悪気がないとわかっていてもついむっとした顔で見上げてしまう。そんなオレの心情をわかりきっている釘崎は、すぐに「嫌味じゃないわよ、バカ」と訂正した。
「あの人がこんなに塞ぎ込むなんて、よっぽどの事があったんでしょ? 何があったのよ吐け。」
「いや別に隠してるわけじゃ……。オレが見つけた時には、もう元気がなくて。」
三日前のあの日、ねーちゃんと五条先生と向かった任務から、ねーちゃんの様子がおかしい。成り代わりのあの人に操られているかもしれない夏油先生を助けるため、自分が狙われてると知りながらも囮となって調査に躍り出たねーちゃんだったけど。合流してから目も合わせてくれなければ、高専に戻って今日になるまで部屋から一歩も出てこないのだ。
あの本殿で、何かあったのは間違いないのに。何も言ってくれない義姉に、ぐっと奥歯を噛み締めることしか出来ないでいた。
「なあ、虎杖。」
そんなオレを呼んだのは、ずっと黙って聞いていた伏黒だった。
「紬さんって、突然この世界に来たんだよな?」
「……そう聞いてるけど。」
「それってつまり、突然いなくなるなんてことも、あるってことだよな。」
「!?」
伏黒の言葉を聞いたオレは、弾かれたように席を立って教室を飛び出す。後ろから釘崎の声が聞こえたけど、ごめん、今はこっちを優先させて。
バタバタと慌ただしく、それでもアスリート並みの健脚であっという間に姿の見えなくなった虎杖を見送った釘崎は、溜め息を吐いて伏黒へと向き直る。
「アンタねえ……脅すようなこと言うんじゃないわよ。」
「事実だろ。虎杖はそれで昔、紬さんと別れてるんだから。」
自分の席に戻り頬杖をついて訝しげに見る釘崎の視線を無視して、伏黒は手の中で遊ばせていた文庫本を開く。
「相手が話せるうちに、後悔ないように話しておくべきだろ。……紬さんなら、絶対虎杖のことは拒めないだろうしな。」
淡々と言う伏黒の脳裏には、病院で眠り続ける姉の姿が浮かんでいた。血の繋がっていない、連れ子同士の義姉弟は、それでも互いを大切に思いあってきた。それこそ、虎杖義姉弟に負けないくらいだと伏黒は自負している。恥ずかしいから言わないだけで。
姉と話したいことが沢山ある。でも話せないつらさを、伏黒は身を以て知っている。
だから発破をかけたのだ。虎杖には後悔してほしくないから。
そんな伏黒家の事情も知っている釘崎は「……そーね」と返すだけだったが、その声色は幾分やわらかさを含んでいた。
「紬さん、突然いなくならないわよね?」
「……」
一抹の不安だけが、二人を間を漂う。
虎杖程じゃないにしろ、二人にとっても糸田紬の存在は大きくなっているのだ。
◇
「夏油。」
あの女がいない時を見計らい、夏油を呼び止める。
こちらに振り返る姿に、不自然な様子は見当たらない。でも私は確信を持って、夏油を呼び止めた理由を早々と口にした。
「オマエ、〝声〟はどうした?」
糸田紬が自ら囮となって赴いた任務先で、あの子が対峙した呪霊。ソイツは夏油の声で喋っていたと、五条からの報告で聞いた。何を言っていたかまでは教えてくれなかったが、それからあの子の様子が目に見えておかしくなった。本殿の中があの女の呪力で満ちていたって話だし、もうあの女がクロで、大方呪霊を操って何かを喋らせたに違いない。
——私の親友を、凹ませておいてタダで済むと思うなよ。
「…………」
「……何か言ったらどうなんだ。オマエがあの女とグルになって、何か事を起こそうとしてるのはわかってるんだぞ。」
無言は肯定と見なすぞ。そう脅してみても、夏油が口を開くことはなくただいけ好かない笑みを浮かべるだけ。その反応に大きく舌を打って、衝動のまま夏油に掴みかかった。
「——なんだ? あの女に〝口をきくな〟とでも言われたか? 特級様が忠犬に成り下がるなんて笑えるな。」
眼前の見慣れた顔を睨み付けてそう吐き捨てれば、流石に無視出来ないと思ったのか夏油は困ったように笑い漸くその重い口を開く。
「……——」
「……っ? オマエ、まさか——」
ああ、もう、本当に。
あの女は、どれだけ私の大切な人間から奪えば気が済むのだろう。
◆
「わたしには、もう帰る場所がないの。」
何も見えない、わたしの声以外聞こえない、その空間で。自分が立っているのか、座っているのか、はたまた横たわっているのかわからない。平衡感覚を失ったまま、それでも心が思うままに言葉を紡いでいく。
それが声になっているのか、思っているだけなのか。そんなのはどうでも良かった。
「一度目の、トリップの時とは感覚が違うの。うまく言えないんだけど……昔は、そう、糸が繋がっていた。」
はじめは気付かなかったその不可視の糸は、時が経つにつれ太くなっていく感覚があった。糸は紐になり、そしてその紐が束になりひとつとなる感覚。同時に、その糸に引かれるような感覚も次第に強さを増していった。
「なんとなく、わかった。その見えない糸は、わたしの世界と繋がってる〝縁〟なんだって。そしていつか、わたしを元の世界へ引っ張り戻す役割をしているんだって。」
その糸を誰が引っ張るのかは知らないけど……だから、絶対いつかは帰れるんだと思えば、この世界で過ごすのも怖くなかったの。
でも今は、糸が繋がっている感覚がない。それはつまり、元の世界との繋がりがないことを意味している。
「今回、わたしがこの世界に来る前……確か車の運転をしてたはずなんだ。覚えてないけど、事故でも起こしたキッカケで飛ばされたのかもしれない。」
そう考えれば、今のわたしとわたしの世界が繋がっていない答えは自ずと導き出される。
「たぶんわたしは、わたしの世界で死んだんだと思う。そしてそのまま、この世界に飛ばされてきたんだって考えた方がしっくりくる。」
それはつまり、わたしの帰る場所はもうどこにもなくて、この世界で死んだら本当の死を迎えることになる、ということだ。
それに気付いた時ほど、ぞっとすることはない。
——どうして、こわいの?
誰かに、聞かれた気がした。でも今のわたしがそれに気付くことはなく、ただ問われたまま答えていく。
「だってわたしは、〝わたし〟じゃないの。〝わたし〟はあの人に奪られちゃったから、わたしは別のわたしになるしかなかった。」
一から居場所を作らなきゃいけないのは、本当は不安で仕方がなかった。
「でもあの人が〝わたし〟になったから、助かった人がいる。殺さなくて済んだ人がいる——だから、わたしは〝わたし〟を諦めたの。」
幸いにも、相も変わらずこの世界の人達は優しかったから。別のわたしになっても、うまくやっていけると思った。
〝わたし〟になったあの人も、わたしがやりたくても出来なかったことを代わりに叶えてくれた人だったから。だから昔のわたしの居場所をあげても良いと思った……最初は本当に、そう思ってたんだよ。
「でもわたしは、あの人を許せなかった。〝わたし〟を蔑ろにするくらいなら、いっそのこと返してほしかった。」
だからわたしが〝わたし〟に戻れるように、居場所を取り戻すために、がんばろうって思った。
「でも……」
——でも?
「わたしは、卑しい人間だ。いつも自分のことばっかりで、みんなのことを考えちゃいない。」
どうしてわたしが、みんなに受け入れられていると思ったんだろう……許されていると、思ってたんだろう。
「わたしは、みんなに恨まれても仕方がないような人間だ。……昔、悩んで苦しんでいた彼を置いて帰り、のうのうと生きてきた人間だ。」
本殿で対峙した呪霊が、傑の声で発したあの言葉。あれは昔、突然いなくなったわたしに対する傑からの呪いの言葉だ。あれを受け取らなきゃいけないのは〝わたし〟になったあの人じゃない——わたし自身だ。
「この世界の人に許されない限り、わたしの居場所は作っちゃいけない。そう思うから……だから立ち位置がわからなくなっちゃったんだ。」
——そう。それなら。
「アイツにちゃんと、許しを貰いに行こう。」
「え?」
「その為にもほら、ちゃんと自分の足で立たないとね。」
明らかに自分の声ではない声が鮮明に聞こえたかと思えば、腕を引っ張られる感覚がした。相変わらずここにはわたし一人しかいないはずなのに、誰かの存在をはっきりと感じる。不思議な感覚……でも昔も経験したことあるような……わたしのイマジナリーフレンドかな。
「僕的には、別にアイツの許しなんていらないと思うけどね。」
「そういうわけには……」
「言うと思った。まったく、頑固なのは変わらないね。」
「がんこ」
「僕は歓迎するよ。例え君がわたしでも〝わたし〟じゃなくても。むしろもう、死ぬまで一緒にいられるなんて良い知らせだね。」
「?」
イマジナリーフレンドが何言ってるんだろう。
「わからない、って顔してるね。今はまだそれでもいいよ。——いつか、嫌というほどわかるからさ。」
楽しげに言うその声を聞き届けてすぐ、あれだけ暗かった世界に突如光が差し込んで——
「眩しい!!!」
「あ、やっと起きた。」
目がああああ!! とベッドの上でごろごろのたうち回るわたしに、呆れた声が降ってくる。部屋のカーテンを開け放った犯人はそのままベッドの縁に腰を下ろし、水の入ったペットボトルを差し出してくる。
「ったく。紬オマエね、何も言わずに三日も引きこもるなんて心配するでしょうが。」
「……五条さん?」
「はい、GLGの五条さんです。気分はどう?」
「……脳みそ、ぐらぐらして気持ちわるいです。あと目チカチカします。」
「そりゃ三日も寝ずっぱりなら平衡感覚無くなるよね。目は自業自得。」
いや、どう考えても目は悟のせいだと思う。でも頑張って瞬きをして慣らして、同時に身体ものっそりと起こす。重力を感じて、上下の感覚を確かめて、身体の各機能ひとつひとつが稼働していくような感覚に、そこでやっと、自分はここにいると実感することが出来た。
気持ち悪さは未だ残っているけど、気分はどこか晴れやかだ。意識が覚醒する前、何か夢? を見ていたような気がするんだけど……そもそもわたしは寝ていたのか起きていたのか、それすらわからないから何か説明しにくい。でも、腕を引っ張られたあの感触だけはしっかりと残っていた。
ありがとう、わたしのイマジナリーフレンド。なんとなく、この世界で生きていく覚悟が出来た気がするよ。
「……なにか、塞ぎ込んでたみたいだけど。その様子だともう大丈夫?」
「……そうですね。きっとまたいつか悩むし、悲しくなっちゃうこともあると思うけど……夏油さんを助けたいという気持ちは、変わりありません。」
例えあの女が傑を救ったのだとしても、今こうして操り苦しめているのはあの女なんだ。なんでわたしがそんな奴に遠慮して身を引こうとしていたんだろう。
夏油傑は、わたしにとって大切な同期で、友達で、仲間だ。それは昔から変わらない——わたしのブチ切れ案件じゃないか。
前は助けられなかった。傍にいてあげられなかった——それは本当に申し訳ない。あとでいっぱい謝るから。文句も聞くから。
だからさ、
「次はあの女の罠にはかかりません。絶対に助け出します。」
大人しく、今度はわたしに助けられてよ。傑。