20、刑執行前
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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※※※
・かっこいい後輩達はおりません。
・学長に夢見まくってる。
「え、別にこのままでいいんじゃない?」
と、何だか前にも言ったような気がする台詞を言うわたしに、雄も建人も顔をむっとさせていた。これぞデジャビュ……なんてしみじみ思いながらも雄の攻撃を躱し、反撃のため間合いを詰め、上段蹴りをお見舞い……したかったけど、腕で防がれた上に足首を掴まれてしまったためお互いの動きが止まる。
「……参りました」「参られました!」落ち込むわたしと笑みを浮かべる雄の合図でもって終了を告げ、構えを解いたわたし達の元へ壁際で静観していた建人が歩いてきた。
「なぜです? 貴女もこのままここに居続けるつもりはないのでしょう?」
「そりゃー早くシャバの空気吸いたいよ。でもこればっかりは、わたしがどうこう言う問題でもないでしょう。」
腕を回しながらそう宥めるわたしに、建人はぐぐ、と押し黙る。でもその眉間に寄せられた皺の数は増えていく一方で、それを見ながらわたしはひとり苦笑してみせた。
はい。何がどうなっているかと言いますとね。
雄の催眠が解けていると発覚したのが二日前の話。それから今に至るこの時までわたしはこの部屋に拘留されているままなんだけど、何もすることがなくてまー暇ったらない。
部屋にはベッド、奥にシャワー室とトイレがあるだけで無駄なものが一切ないこの状態でどう暇を潰すか。そう考えていた時にやって来たのが元後輩達である。
なんでも、わたしが妙なことをしないよう、しても対応できるように2級以上の呪術師が部屋の前で見張りをしているそうなのだ。なんて贅沢仕様。みんなわたしのことなんて気にしなくていいから任務行って? と思ってしまう。
とは言えそれは部屋の外での出来事、普通であればわたしが知り得ない情報である。にも関わらずこうやってわたしが説明をし、かつ本来なら部屋の中に入ってはいけない見張り二人が何故こうして堂々と部屋に入ってきているのかと言えば。
わたしの見張りは、自分達がやるからとこの後輩二人が上に掛け合ったらしい。それが後輩達、ひいては外にいる悠仁くん達による作戦だと聞かされた時はびっくりした。
二人が部屋に入ってきたのも、わたしと情報を共有するためなのだという。ついでに暇だからとダメもとで組手の相手をお願いしたら、『確かに身体鈍っちゃいますもんね!』と笑顔で快諾されたことにまたびっくりした。
『〝縁さん〟、申し訳ありませんでした。』
そしてもう一つびっくりしたのが、まさかまさか、雄に続いて建人までもが催眠が解けたのだと聞かされたことだ。
タイミング的には、雄と同じわたしの起こした今回の事件がきっかけだったらしい。ナイフについていた残穢からあの女がねこちゃんをやったと知り、紐束縁がやるわけない→あの女は紐束縁じゃないと。動物のことでアレだけブチ切れる人間は今まで出会った中でわたしだけ→つまりは糸田紬が紐束縁本人なのだと。そう結論付けたらしかった。
おまけに建人は、既に悠仁くんや潔高くん達から事情を聞いているらしい。そんな彼らと共謀して、どうやってわたしをここから出すかと策を練っているのだとか。
……うん! わたしが知らない間になんか色々進んでてびっくりだよね! わたしここに閉じ込められてからびっくりしてばっかりなんだけど! それにもびっくりだよね!
と、びっくりのゲシュタルト崩壊しそうになっているわたしを他所に、建人と雄は代表してわたしと悠仁くん達の連絡係となったのである。
「だってわたしが事を起こしたのは事実で、自分のした事に反省も後悔もしてないし。大人しく言われた罰は受けるつもりだよ。」
そして今日二人が顔を出すなり「縁さんはどうしたいですか?」と聞いてきたので、冒頭の言葉を伝えたのだ。
「だからみんながわたしのために動いてくれるのは嬉しいけど、その必要は無いというか。今回のことはわたしとあの女の問題であって、わたしは見事あの女に制裁を加えた。だから満足なんだけど……」
コキ、と首の骨を鳴らして言うと、建人はあからさまな溜め息でもって自分の意思を表現した。あーはいはい納得してないってね。
「貴女の名を騙っていることについては何も解決していませんよ。」
「そーそー! 五条さんと夏油さんはまだあの人を縁さんだと思い込んでるわけですし!」
「あ、そっちか。うーん……でもあの二人以外の催眠はほぼ解けてるようなもんだし。わたしとしては別にこのままでもいいかなって思ってるんだけど。」
正直なところ、結構どうでも良くなってきているのだ。今は糸田紬として生きているわけだし、偽名使ってもこの世界で生きていく上でそこまで影響ないのはトリップ様々だなあとすら思い始めているのだ。
そりゃあ歌姫先輩に話したように、わたしは自分の本名が好きだけど。今やその名前が悪評で塗り固められているなら、今それを返されても困るっていうか。
「正直、もう出来るだけあの女に関わりたくない。面倒も押し付けないでほしい。以上。」
「わあ、目のハイライトが消えたよ七海!」
「ていうか残りは最強どもだけなら、あいつらが勝手に解くんじゃない?」
「それが出来ないから今のような状況になっているんでしょう。」
「ああー、そっかー。」
何のための特級だよチッチッ! と文句を言うわたしに、雄がいつもの調子で「その理不尽さ、五条さんみたい!」なんて言うからわたしの情緒はすぐにすんっと無になった。なんだろう、わたし雄に嫌われてんのかな? この子めっちゃ精神攻撃してくるよ?
「自分の催眠が覚めたからこそ言えることですが、あの二人の異常性は見るに耐えません。何とかしてください。」
そして建人は建人で、わたしの虚無顔なんてまるで見えてない体でゴリ押ししてくるしね? あれこの子達こんなに我が強かったかな?
「自分らの一つ上の先輩達があまりにも自由なので。」
「俺らももっと自由でいいんじゃないかって思ったわけですよ!」
おおっと思考にお返事が来たよ? この二人読心術でも使えるの?? 「全部顔に出てるんですよ貴女」マージかー。
「ハア……話を戻しますよ。とにかく今の夏油さんは以前にも増してヤバめです。五条さんも怖いくらい静かです。」
「えーそれわたしのせい? あの女が入院してるからじゃ……あ、わたしのせいじゃん。」
「ご理解頂けて何よりです。」
「とは言ってもなあ……催眠が解ける条件もわからないままだし、やりようがなくない?」
結局今のわたしには、何もすることが出来ないのだ。悟と傑の催眠を解くことも、勝手にここから出ることも。そうドヤってみたわたしに建人はまた溜め息を吐いて、背広を脱いだ。
「……休憩はもういいでしょう。次は私が相手になりますよ。」
「おあ、はーい!」
埒が明かないと判断したのだろう。建人はこれ以上作戦会議をするつもりはないようだった。それとも自分勝手なわたしに呆れて物も言えないってところだろうか。
わたしの事情を知ってる人達が、必死にわたしをここから出そうと考えを巡らせてくれているのに。それを必要ないと跳ね除けてしまって、想いをフイにして……怒ってしまっただろうか。
ちょっと申し訳なかったなあと思いながら壁に寄る雄を見ると、存外優しい顔で「大丈夫ですよ」と口パクで言われ、少し安心した。
でもそれなら尚更、建人のイライラを解消するために殴られよう! と前向きに考え建人に向き直った、瞬間。
ブォンッと何かが頬を掠めたと思ったら、遅れて風がブアッと吹いてわたしの髪を揺らした。
「……へ、」
そろ、と横目で右側を見ると、顔の横にはまあ逞しい腕が。学生時代とは比べ物にならないくらい太くがっしりとしたそれには、力が籠っているのがありありとわかるよう血管すら浮き上がっていて。
「……確かに、拘留されて動けない貴女に色々と言う方が間違っていました。審判を待つ貴女に今出来ることといえば、全盛期の時と同じくらいのパフォーマンスが出来るよう体力を落とさないこと、勘を鈍らせないようにすることくらいでしょうか。」
「……な、ナナミン……?」
「良いでしょう。協力しましょう。貴女のためを思って私も心を鬼にして、本気でお相手しましょう。」
「うっかり殴られないよう、気を付けてくださいね。」という声はいっそ優しげなのに、後ろに般若の面が見えるの何でかなあ!? こっちまで聞こえるくらいミシミシって拳握り締めてるの何でかなあ!?
前言撤回!! 今の建人に殴られたらわたしの人生そこで終わる!!
オイ誰だ自業自得だって言った奴! 正解だよあとでなんか奢ってあげるからこのゴリラから助けてください!!!
◇
糸田紬が拘留されている部屋の一面は、特殊な仕掛けが施されている。刑事ドラマなんかでよく見る、警察署の取調室のように中からはただの壁にしか見えないが、外からは中の様子が見えるといったものである。流石に、見えるだけで声までは聴こえないが。
その事実をもちろん彼女は知らないし、今糸田紬に会える人間は限られた者のみとなっている。七海と灰原は自分達が見張り役としてここにいるため、他の人間がこんな地下まで来るはずがないと思い込んでしまっていた。
——故に、自分達の様子を見ている人間がいることに、三人は気付くことが出来なかった。
その人間の数は二人。タイミングがズレていたために、互いも自分以外がここへ来たことは知らない。
しかし部屋の中の三人の様子を、糸田紬の笑顔を。一人は忌々しげに眺め、もう一人は無機質に眺めていたのは確かであった。
◆
「あ、そういえば。この後夜蛾さんが判決言い渡しに来るんだった。」
「死刑じゃないといいですね!」
「さらっと抉ってくるじゃん……まあ、聴取の時の夜蛾さんの感じからしてそれは無いと思いたいんだけど……」
「恐らく、五条さんや夏油さんも関わっているでしょうからね。」
「それな〜。死刑は無いにしても、『呪霊1000体倒すまで許せまセン!』とかだったりして!」
「まさかそんなー!」
「だよねー!」
「……ハア。」
そんな風に笑っていたちょっと前の自分を、今はぶん殴りたくてしょうがない。
「で、午後って何時頃に?」
「13時。」
「え! もうすぐじゃん!」
「何でもっと早く言わないんですか貴女は……!」
「てへぺろ〜。」
慌てて部屋を出ていく二人の姿を見送って数分後、比較的にすぐ顔を出した夜蛾さんの顔は少し浮かないもので。
見張りサボってたこと怒られなかったかな? と後輩達のことを案じていたわたしは、瞬時に思考を切り替えて夜蛾さんの言葉を待つ。いやに溜めるものだからドキドキと緊張が高まっていく中、夜蛾さんはその重い口をやっと開いた——
さて突然ですが、ここでクエスチョン。
Q.言霊って存在するのだろうか?
「傑の持つ呪霊100体を相手に戦ってもらう事がお前への罰だ。」
「なんてこった!!」
A.いえーす! だから縛りなんてものもあるんだぜ!
そーーーだよね知ってたー!!
これはアレかな、迂闊にぺろっと言っちゃったから現実になったのかね? わたしに呪言師としての才能があったんですかねえ?? 泣いていいかな!
「もうちょっと……! もうちょっとなんとかならなかったんですかね夜蛾さん……!」
「これでも削った方だ。夏油は初め、1000体を相手にさせると言って聞かなかったんだぞ。」
「きゃーさすが夜蛾セン! 頼りになるう!」
崩れ落ちながら抗議してみたものの、既に慈悲を与えてくれた後なのだと知ればこれ以上の文句は言えなかった。言えるはずがなかった。だって10分の1まで減らしてくれたんだよ? つーかマジで最初1000体とか言ってたの傑の奴……事実上の死刑宣告じゃんね?
傑の慈悲の無さとか夜蛾さんへの感謝だとかで泣く泣く立ち上がるわたしに、夜蛾さんは腕を組んで詳細を続けていく。
「執行は五日後、それまでに体制を整えておくようにとのことだ。」
「あら、ずいぶん優しいんですね。てっきりこの後すぐかと思いました。」
「ハンデ、だそうだ。あとはまあ、全力のお前を滅多打ちに——いや、全力の方が互いに遺恨が残らないだろうから、と。」
「全然隠せてないですね! 向こうはわたしのこと滅多打ちにしたくて堪らないんですねわかりました!」
成程ね、夜蛾さんがもにょもにょしていたのはこれが原因か。仮にも元教え子同士、しかも執行人と罪人っていう立場で戦うってことだもんね……そりゃあ夜蛾さんからしたら胃が痛くなる事案だろうなあ。
「甘んじて、お受けしますよ。それがわたしへの罰だというなら。」
「……しかし、話を聞くにお前だけが悪いわけではないだろう。」
「そりゃあ、意味もなくやらないですよあんなこと。でもだからこそ、その罰から逃げるわけにはいかないかなって。」
わたしはわたしのした事に、反省も後悔もしてない。なんなら一生、あの女のことは許せない。
でもそれとは別に、今回のことに関してはどこかで落とし前をつけなくちゃいけない。それが傑の呪霊を相手にするということなら、わたしが逆らう謂れはないのだ。
それで、傑の気が晴れるなら。同期のよしみだ、付き合ってやろうじゃないか。
「まっ、大人しくボコられるつもりはありませんけどね。わたしだって呪術師ですし、用意周到で挑んでいいなら特級様の広い胸をお借りしますよ。」
「ちなみにこの案は、目覚めた彼女から言われたものらしい。」
「うっしゃやってやんよ! かかってこいってんだ!」
ってかあの女今頃目覚めたのオメデトウ!! と鼻息を荒くするわたしとは正反対に、夜蛾さんの表情はいつまでも浮かないまま。厳ついお顔が更に迫力を増していて、小さい子が見たら泣きながら一斉に防犯ブザーを奏で始めるレベルのそれが何を意味しているのかわかるわたしは大人である。防犯ブザーは鳴らさないから安心してほしい。仕方ないなと笑って、夜蛾さんの手を取った。
取った手は、そのままわたしの頭に乗せる。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、先生。」
「……しかし、今回だって彼女が〝縁〟を陥れたんだろう。傑を使って次は何をしてくるか、」
「それはその時に考えましょ。考えすぎても胃を痛めるだけですよ。」
高専時代、夜蛾さんはよくわたしの頭を撫でてくれていた。多分わたしを孤独にさせないようにという意図でもってされていたそれは、見事わたしの単純な心を安心させていたのだ。
それはきっと、今だって変わらない。そんなわたしの気持ちが伝わったのか、夜蛾さんはゆっくりとした手つきで頭を撫でてくれた。大人になって頭を撫でられるなんてちょっと恥ずかしいけど、かつて感じていた手のひらの大きさやあたたかさは変わってないなあと思えば、どうしたって嬉しさが勝るのだ。
「大丈夫。だってわたしは貴方の教え子・紐束縁ですから。負けやしませんよ。」
そう言ったのは、本心からである。
「あ、そうだ先生。お手製のぬいぐるみ、20体ほど用意できます?」