19、元後輩たち・2
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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※※※
・事件起こしてから二日後くらい経ってる。
「やめろやあああ!!!」
「ぶファ!?」
繰り出したわたしの左フックは、見事正面にいた雄の顎にクリーンヒットした。
……と、わたしが自覚したのはその一秒後。目を回した雄が倒れ込む音で混濁していた意識がしゃっきりとして、ここが黒と赤の世界じゃないことに気付いて、倒れたのがあの憎ったらしい呪いの王じゃないとわかって、さあっと自分の顔が青ざめていくのを音で感じ取ってからだった。
や、やっちまったあああ!!!
◆
彼女が事を起こして二日、高専内はいやに静けさを帯びていた。
人が居ないわけではない。補助監督の彼らは相変わらず忙しくしているし、学生達も座学や訓練に励んでいる。
しかし皆誰もが、何かに思い詰めるように表情が暗かった。……かくいう私自身も。
彼女は用務員として、教わる身として、呪術師として、あまりにも沢山の人と関わりを持っていたということが、痛いほどにわかった。
そんな中、他県に任務に出ていた虎杖君達が戻ってきた。これで少しはこの空気も変わるかと思ったが、彼らは彼らで何かあったようだった。呪術師として少し成長した顔付きに、同僚として喜べばいいのか大人として悲しむべきなのか、複雑な心境になってしまった。
しかしそれ以上に、今は虎杖君の様子が気掛かりだった。
空気が、良い方に変わるわけが無いのだ。彼にとっては自分の知らない間に義姉が拘留されているのだから。
——いや。本当に彼女は、虎杖君の〝姉のような人〟なのだろうか。
もしその話が本当なのだとしたら、私が気付いたこの真相はただの空想でしかないのだろうか。
モヤが晴れたようだった。そこで初めて、自分の視界が何かに覆われていたのだと自覚した。
高専時代、誰か知らない人から掛けられたと思い込んで記憶していた大切な言葉の数々は、やはり彼女——紐束縁本人から言われたものだったのだと。思い出せた時の安堵感は、言葉にできないほどのものだった。
昔のイメージとあまりにもかけ離れた、今の縁さん。しかし瞬きの合間にその違和感は塗り替えられ、違和感を抱いたことさえ忘れ去っている。それがどれほど恐ろしいことか、自覚した今ならよく理解出来た。
私が思い出すきっかけとなったのは、血に濡れながらも猫の死体をその胸に抱いた彼女の姿だった。そして決定打となったのは、今の###NAME2#さんに仇討ちを終え、部屋を出てきた時の彼女の表情を見て、だ。
堂々としたその表情はいっそ美しくもあり、〝昔〟と何も変わっていなかった。そして私は昔と同じように、その美しさに胸を打たれたのだ。
殺されるのを覚悟で事を起こし、拘束すると言った私に素直に頷き、他者を気にかけ伝言を頼み、感情のままに力を込めたせいで、自分一人では外せない凶器を前に苦笑う。私が知っている紐束縁そのままの姿に、サングラスで隠れた目が潤んでしまいそうなほどの衝撃を受けていた。
『貴方達は今まで、〝紐束縁〟の何を見てきたんですか?』
彼女が五条さんに放った言葉は、私の心にも深く突き刺さっていた。
それからはもう、身を焼き尽くすような罪悪感と後悔が私の中に渦巻いている。二日経った今でもその勢いは衰えることなく、視界が晴れたというのに爽快感はなくずっと息が苦しかった。
灰原にも心配されたが、気付いていない彼に話すわけにもいかない。当時任務で居なかった彼には事件の詳細を話すだけに終わった。
『ええ!? それ本当!? …——ああ、うん、そっか……そうなのかー』
彼も彼なりに、それなりのショックは受けているようだった。
——それでも、せめて。
何も知らない虎杖君には、当時彼女と共に居た私から詳細を説明する義務があるだろう。そう思い、伏黒君から彼の居場所を聞いた私は保健室へと向かう。
……そして、もし話が聞けるなら。〝糸田紬〟とは誰なのか、彼に聞いてみたかった。
◇
「失礼します、家入さん。虎杖君はこちらに——」
ノックをして扉を開けた先に見えた光景に、私の声は不自然に途切れる。
「あっ、ナナミン!」
「な? 来るって言ったろ?」
「流石家入さんです……!」
「扉はちゃんと閉めろよー」
高専内、どこも薄暗い雰囲気の中。
この保健室の中だけは、普段となんら変わりない——むしろいつもよりやる気に溢れた空気に満ちていた。
顔ぶれだけを見ると、今回のことで誰よりも意気消沈していそうな人ばかりなのに。
「ナナミン〝こっち側〟とか超ヤバくね!?」
「確かに心強いですね。」
私が来たことで更に盛り上がりを見せる、虎杖君に伊地知君。
「数だけで言やこっちのが圧倒的有利なんだけどなー。」
「あのクズ二人がクソめんどいからな。」
冷静に頷き合う、パンダと家入さん。
何故パンダがここに、と少なからず驚き動きを止めてしまった私の腕を、虎杖君が掴んで中へ誘導する。
「ナナミン、ねーちゃん……紐束縁さんのこと思い出したん?」
「! ではやはり、彼女は、」
「えっへへ! 当たり!」
じゃあ詳しい話するから! と引かれるまま、私は保健室の中へと足を踏み入れる。
ピシャリと閉まった扉が、この部屋で行われた秘密の会合を隠してくれたのだった。
◆
「ホントごめんホントごめん!! 寝惚けが過ぎたわ!」
「あっははは! 大丈夫ですよ俺鍛えてるから!」
寝起きパンチを喰らわせてしまったことを土下座で謝るわたしに、雄は人好きのする笑顔で手を振って許してくれた。そのキラキラな笑顔に充てられて、浄化するどころか自分がさっきまでどれだけ穢れたことをされていたかが浮き彫りになった気がした。
だってあの王、首をがぶがぶするだけじゃ飽き足らず……!! ……いや、これ以上はよそう。わたしの大切な何かが大いに減る。
このお話は! 全年齢対象なので!!
そんなわけで、後ろめたさMAXなわたしが両手で目元を隠すのは致し方なかろう。わたしの奇行は、雄に手を掴まれ下ろされたことで無意味に終わったけど。
「でも、七海に聞いてホントびっくりしたんですよ? 任務から戻ってきたら〝あの人〟は入院してるって言うし、詳しく聞いたら〝縁さん〟が殺しかけたって言うし、夏油さんは今も視線だけで人を殺しそうな勢いだし。本人に事情聞こうと思ってここに来たら〝縁さん〟、二日も寝たままで全然起きないし。」
「えっ、二日?」
「あれ、気付いてないですか? 今日は事件の日から二日経ってるんですよ!」
「ウッソだろ。」
どんだけ宿儺の生得領域にいたのわたし!? 確かになんか結構時間経ってるなとは思ってたけど、数時間の話だと思ってたんですけど??
そんな軽い絶望とともに、ああだからすみっこじゃなくてベッドの上にいたのかわたし……と合点がいってしまった。この様子だと、何回かここに来てくれている雄あたりがすみっコぐらししてたわたしをベッドまで運んでくれたんだろう。
いやー重ね重ね申し訳ないな、なんて思いながらその旨をお礼に変えて伝えたところ、「何のことですか?」と首を傾げられる。つられてわたしまで首を傾げてしまった。
「あれ、灰原くんがベッドまで運んでくれたんじゃ?」
「俺じゃないですよ! 俺が来た時には、もう〝縁さん〟ベッドで眠ってましたよ。」
「ええーそうなんだ……?」
寝ているとはいえ、殺人未遂者のいる部屋に入る猛者がいるとは驚きである。まあでもそれは一般常識で、この呪術界では通用しないか。この世界ではわたしモブの雑魚だし……いや、でも今回のことでわたし嫌われルート入ったんじゃ? と思っていたので、雄以外の誰かがそんなことしてくれたことにも驚きだ。
運んでくれた見知らぬ人、重かっただろうすまんな。
……っていうかあれ、わたしもっと驚かなきゃいけないこと、ない?
「あの、灰原くん?」
「やだなあ、昔みたいに名前で呼んでくださいよ。」
なんかこの子、ナチュラルにわたしのこと紐束縁扱いしてない??
「……ええと、いつから?」
「七海に話を聞いた時ですね!」
はーい確定! サラッと催眠解けてるよこの子!!
「……。ええと、何でだかはわかる?」
「決定打は、話の内容ですね。俺の知ってる縁さんは、自分が死んでも動物に危害を加える人ではないですから。」
「? 前からおかしいと思ってたの?」
「はい! 実は!」
元気よく答えた雄は、椅子から立ち上がったかと思えばベッドに座るわたしの隣に移動して。内緒話をするように口元に手をやり顔を近付けてくるので、わたしも顔を屈めて聞く体勢に入る。
「高専時代のお風呂でバッタリ事件覚えてます?」
「お風呂で……」
あー、あったなそんなこと。確か女子寮の浴室の水道が壊れて、数日だけ男子寮のお風呂借りてたんだっけか。入口の扉に掛札することで男女がバッティングしないようにしてたけど、わたしがそれを忘れて後に入ってきた雄と漫画みたいな展開になったんだっけ。
今思えばあれも青春の1ページだなあ。当時は二人でテンパって騒いで、悟達にバレるのが恥ずかしくて嫌だったから『秘密、守る、絶対。』って雄と縛り結んでたなあ。
「覚えてるというか、今思い出したけど。それがどしたの?」
「俺、その時に見たんですよ!」
「?? 何を……」
言いかけたところで、ツツーっと何かが背中を這う感覚。それにびっくりして振り向けばどうやら雄の仕業だったようで、彼の手が後ろにあった。
雄の指は、そのままわたしの背中の一部……右の肩甲骨の下辺りをちょい、とつつく。
「縁さんのここに、黒子があったの。俺それ見てから、女の人の背中とか黒子とかがフェチになっちゃって!」
「ちょおおお!? 急な性癖暴露どうした!?」
「でも縛り結んじゃったから、縁さんのキレイな背中のこと誰にも言えなくてずーっともやもやしてたんですよ!」
「そんな笑顔で言うことじゃないからね!?」
しかもそんなところに黒子があるなんて、わたしすら初めて知ったんだけど!?
「で、この前あの人とイチャイチャした時初めてバックでやらせてくれたんですけど。」
「待って、わたしまだ全然情報が処理し切れてないのにとんでもないことぶっ込むのやめて。」
「その時に背中に黒子が無かったんですよ。それで、『あ、この人縁さんじゃないな』ってなりました!」
「ねえホントに! お願いだからちょっと待って!!!」
キラキラの笑顔でとんでもねえことを言いきった雄がもう直視出来なくて、わあ! っと顔を覆って物理的に見ないようにした。
雄からの精神攻撃に耐えられないわたし……! え、待ってこれが狙いでこの子ここに来たの? わたしのこと痛めつけるために来たの?? と疑ってしまうくらいのダメージである。
いや確かに、飲みの席で雄とあの女がイチャコラしてるってのは聞いてたよ。聞いて絶望してたよ。でもそんな、最中に自覚したって話をわたしはどんな顔して聞いてればいいの? 何が正解なの?
しかもその後も、わたしじゃないとわかっていながらあの女とイチャコラしてたって聞かされたわたしはどう反応をすればいいの? 健康的なオトコノコで何よりですね!!
覆った手の中でさめざめと泣いていると、ふとある疑問が過ぎってしまった。
「は、はいば」
「名前でどうぞ!」
「ヒィッ! じゃ、じゃあ、雄……あのさ、」
「はい! 何ですか?」
「背中のことと今回の事件のことで、わたしが紐束縁だって結びつかなくない?」
「そんなことないですよ! 縁さんが起きる前に確認して確信しましたから!」
やっぱり勝手に見られてたー!!! だからわたしの拳が届く距離にいたのね!!?
鉄拳制裁は正当防衛じゃん! わたし土下座して謝る必要なかったじゃん!
「あ、安心してください! 見たのは背中だけですから!」
「そういう問題じゃないね!?」
くっそ建人とは別の意味で恐ろしいわ灰原雄!
まともに育っていると思っていた後輩がとんでもねえ方向に捻じ曲がっていたことに、涙はなかなか止まってくれなかった。
やっぱ呪術師って全員もれなくどっかイカレてんな!!