17、琴線
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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※※※
・残虐な描写、流血表現があります。
お読みになる際はじゅうぶんご注意ください。
・作者はしんどい。
⚠️次ページからの主人公は、倫理観が欠如しているので十中八九読む人によって賛否両論があります。
思っていたキャラと違う、いくらなんでもこれは…と不快になる方も絶対出てくると思います。
でも作者が考える主人公は最初からこうだったので、敢えて変えずにいきます。主人公だって呪術師だもん、そりゃあイカれてますよ。
嫌いになったら、そっとページを閉じてやってください…
ご理解頂けた方のみ、先へお進みください。
人には誰しも、越えてはならない境界線がある。
ようは地雷なのだが、それは個人によって様々な種類があるのはみなさんご存知だろう。他人から見れば「そんなことで?」と思うものも、当人にとってはとても大事なものなのだ。
それを無理矢理越えようものなら、踏み抜こうものなら。
一切の冗談は通じないし、烈火の如く怒り狂い、自分の身を焼き尽くしたとしても相手に報いるだろう。
少なくとも、本作の主人公はそのタイプの人間である。
それが例え罠だとわかっていても、自分の心に正直に動いただけ。
「許せないものを許せないと言って、何が悪い。」
そんな主人公にとっての地雷は、義弟である虎杖悠仁、そして……
〇加害者・糸田紬と事件の直前まで共にいた七海建人による証言。
次の任務へ向かった虎杖君を見送り、私と糸田紬さんは共に空き教室へ向かいました。
「七海くんも教職やればいいのに。」
「貴女みたいに、何足の草鞋も履くつもりはありませんよ。」
「わたしも好きでいっぱい履いてるわけでは。」
「用務員と呪術師、それに獣医免許ですか。」
「獣医はお休み中ですけどね〜。どれもやりたくてやってるんで苦ではないですよ。」
「適性が多いのも困りものですね。」
「労働はクソ〜。」
「言葉を取らないでください。」
「あっははは……あ、うん、ゴメンナサイ。」
「わかればよろしい。」
その間、特に彼女にいつもと違う様子は見られませんでした。
強いて言えば、別れた虎杖君を心配している様子はありましたが……〝やりたいことをやっている〟彼女は自分に自信を持っていて、誇りを持っていて、とても眩しく感じました。
今日は、呪術師の昇級制度について話そうか。今回の任務で彼女の強さを見て、すぐにでも3級、もしくは準2級には上がれると思ったので、今のうちに教えておくことにしよう。
と、今日の授業内容の計画を練りながら教室の扉を開けた時。教卓に置いてある壺の存在に、私も彼女もすぐに気が付きました。
「……何ですかあれ。七海くんが用意した今日の題材です?」
「私も知りません。貴女が用意したわけでは?」
「ないですねえ〜。」
首を横に振りつつも、彼女は心当たりがあるようでした。
「わたしのじゃないですけど、多分わたし宛てだとは思います。」
げんなりとした様子を見るに、あまり喜ばしい物ではなさそうでした。そう直感した私に、彼女は「七海くんって、苦手な虫とかいます?」と聞いてきました。
「虫……? いえ、特にどれも平気ですが、」
「ならいいか。でも念の為、わたしだけで確認してもいいですか?」
「……構いませんが。貴女こそ平気なんですか?」
「ふっはっは。この糸田獣医に死角はないです。」
彼女にもプライバシーはありますので、気にはなりましたがひとまず彼女一人で確認することになりました。正直それまでの会話の流れで、彼女が誰かから嫌がらせを受けているのだと推察はしました。しかし誰が、何故、何の為にそんなことをしているのか。答えは何一つわかりませんでした。
そうこうしている内に、彼女は怯むことなく教壇に上がり、壺の蓋に手を掛けていました。
「よーし、じゃあ開けますね。」
少しだけ面倒そうに、しかし至って普段通りの声色でそう宣言した彼女は、掛け声とともに蓋を開けました。
途端、彼女の表情は色を失くし。
声も挙げず、何の反応もなく、ただ感情の抜け落ちたその顔で、壺の中を凝視していました。
「……? 紬さ、!」
只事じゃない雰囲気に声を掛けようとした私の鼻は、血の匂いを捉えました。一気に駆け出した私は、彼女の背後から壺の中を覗き込みそして。
「……ッ! これは……」
何とも凄惨な光景に、言葉を失くしました。
壺の中には、一匹の猫の死体がありました。
その猫は喉、四肢、心臓、下腹部にそれぞれナイフが突き刺さっており、自身の血で出来た海に沈められていました。
明らかに悪意のある誰かからの贈り物に、当人でない私でさえ少なからずショックを受け、背筋が凍るような気味の悪さを感じました。
「——」
目の前の彼女に掛ける言葉すら探せずにいた私は、徐に動き出した彼女のおかげで我に返りました。
彼女は臆することなく壺の中に手を入れ、一本、また一本と、猫に刺さっていたナイフを抜いていきました。ナイフは、全部で七本。そのどれもが根本まで赤く染まっていることから、深く深く刺されたことは誰の目から見ても明らかでした。
……そのナイフから感じる呪力の残穢に、私は一人絶望の淵に立たされていました。
そうして教卓の上にナイフを並べ終えた彼女は、今度は血の海から猫の死体を引き上げ自身の胸に抱き留めました。彼女の手が、服が、猫の血で赤く染っていく。しかし彼女はそれを厭うことなく、大事に抱え込みながらゆったりとした足取りで教室を出ていきました。
「この子は、伏黒くんが可愛がっているねこちゃんでした。」
学生寮の周囲に穴を掘り、彼女はその中に猫の死体を埋めました。
私といえば、辛うじてついてきたはいいものの、犯人の可能性として浮上しているあの人のことがあまりにもショックで。情けなくも未だ言葉を発せずにいる私に、彼女は背中を向けたまま話しかけてきました。
「そして一度、怪我していたこの子をわたしが治療しました。」
「……そう、でしたか。」
「一度は助けた命、こうやって助けれあげられないのは悔しいですね。」
そう言う彼女の声は少し悲しみに暮れるようなそれで、痛々しいその後ろ姿に罪悪感を覚えました。
「七海くんは、あのナイフに残っている残穢を調べて貰えませんか? あと今回の件、わたしの代わりに夜蛾学長にも報告をお願いしても?」
「……貴女は?」
「わたしは——…ごめんなさい。ちょっとあまりにも、ショックが大きくて。」
「今は一人になりたいんです」と色を失くした表情のまま振り返った彼女に、無理強いなど出来るはずもありませんでした。
先に去っていく彼女の背中を見送り、猫のお墓に手を合わせ、気を持ち直すように深呼吸をしてから、私も自分のやるべき事をと思い教室へと戻りました。
そこで抱いた違和感に、もっと目を向けていれば〝あんな事〟にはならなかったのかもしれません。
ナイフが六本しかないことに、もっと早く気が付いていれば。
●加害者・糸田紬による事件当時の証言。
妙に、頭は冴え渡っていた。
人は怒りの臨界点を突破すると逆に冷静になれるらしい。
まさかこの身をもって体験するなんて、思いもよらなかったけれど。
ねこの死体を見た瞬間に、あの女の企みがわかった。
わたしを怒らせて、その矛先を自分に向けさせて、ちょっとでも怪我をしたりすれば、ハイ悪者糸田紬の爆誕だ。
周囲からは白い目で見られ、高専を追い出されるならまだマシな方で、最悪悟か傑のどちらかに殺される。きっとあの女は、それを望んでいるのだと直感的に思った。
——なら、お望み通りにしてやろうと思った。
向こうがそれを望むなら、むしろ好都合だった。わたしもいい加減我慢の限界だったし。でもまだ、話し合いで済ませようと思っていたんだよ。
でもあの女は、やってはいけないことをした。
わたしが許せるラインを遥かに越えて、あの女は見事やらかしてくれた。
だから、わたしだってもう我慢するのをやめることにする。
「許せないものを許せないと言って、何が悪い。」
血濡れの服のまま、泥と血に汚れた手のまま。わたしは呪力を頼りにとある部屋までやって来ていた。
ノックもせずに扉を力任せに開けると、中にいた人間——偽の紐束縁が、待っていたとばかりに顔を歪ませながら待ち構えていた。
「あらぁ? 随分来るのが遅かったじゃない。あたしからのプレゼント、気に入って貰えなかったのかと思って心配しちゃったぁ。」
最早自分の仕業だと隠す気のない女は、ベラベラと何か喋っていたみたいだけど、わたしの耳には入ってこない。なんせ聞く気がないので。
まあ断片だけ聞こえたところを繋げると、やっぱりわたしが思ったような企みをしているようだった。
「アッハ! めっちゃキレてんじゃん超ウケる! もっと早くあの猫殺しとけば良かったなぁ〜。怪我させるだけじゃ意味なかったし!」
でも不思議と、その言葉だけはするりと耳に残った。
「あたしが恵クンと仲良くなるために、あの猫怪我させたのにさぁ。どっかのババアがしゃしゃり出てくるからタイミング逃して超ムカついてたんだよねぇ。でも今回のでスッキリしちゃった♡」
扉を閉めて、早足で女に近付いて。
聞いていて反吐が出るようなことをほざく女に向かって、左手を横に振るった。
「っ! ちょっとぉ、不意打ちとかやめてくれない?? あたしはまだ——!!」
一度目は避けられたものの、そのお陰で逆に隙ができた女の胸ぐらを掴んでそのまま床に引き倒した。
そしてうつ伏せに倒れた女の上に跨ったわたしは、問答無用でナイフを振り下ろした。
女があのねこを殺すのに使った、あのナイフで。
途端、汚い悲鳴が部屋中に響き渡る。
女の左腕からは、とめどなく血が流れでていた。
「なんでぇ!? ちょっと傷つけるくらいで十分なのにぃ!!」
痛みに泣き喚く女がうざったくて、黙らせる目的で今度は左脚を突き刺す。また悲鳴があがったけど、今度はすぐに痛みに震え啜り泣くだけになったからまあ、目的は達成したといえた。
「——ええと、なんだっけ?」
女が黙ったところで、交代とばかりに今度はわたしが口を開く。
「わたしにあんたを怪我させて、それを悟とに目撃させて? そんで言い逃れ出来ない状況から、わたしを破滅に追い込む……だっけ? いいよ、協力してあげる。」
「っそれなら! こんないっぱい刺すことないじゃない!!」
「そこは解釈違いってやつだね。協力するとは言ったけど、あんたの考え通りに動くわけじゃない。わたしはわたしのやりたいようにやるよ。」
言いながら、今度は右脚にナイフをめり込ませる。また悲鳴があがる。でも、誰かが部屋に入ってくることはない。
「でもさ、ちょーっとツメが甘くない? その作戦。
なんでお前、自分は助かると思ってんの?」
わたしに殺されるとは、思わなかったの? 女の髪を掴んで首を持ち上げ耳元でそう囁くと、途端女の身体の震えが増す。さっきまでは痛くて震えていただけみたいだけど、今はそこに恐怖が混ざっているように感じられた。
「ぇ……」
「わたしに人は殺せないとでも思ってた? トリップでこの世界に来た、平和ボケの人間だって。」
「だっ、だって! 人殺しは悪いことじゃない! テレビにも出て雑誌やSNSなんかでは叩かれて社会的にも死ぬし、逮捕されて人生終わりでしょ!?」
「うんうん、そうだね。確かに自分の世界だと人を殺すの躊躇っちゃうなあ。」
「そ、そぅでしょ!?」
「でもさ、ここは違うじゃない?」
にっこり微笑むわたしに、向こうはどう思ったんだろう。
「ここはトリップして来た世界。しかもわたし達がいるのは、その中でも呪術界という裏の世界だよ。」
「だ、だから何なのよ……!」
「わかんないかなあ。〝この世界の人間じゃないわたし達が〟、普通に逮捕されて終わりなわけないじゃない。」
セックスのし過ぎで頭溶けてんのかな、この女。トリップしてきた人間は、転生者よりめんどくさいんだぜいろいろ。
ま、その話はいつか機会があったら話すとして。
「それに、何今更被害者ぶってんの? 〝人殺し〟は悪で、〝猫殺し〟は悪じゃないとでも?」
「〝紐束縁〟という人間において、動物殺しは大罪だよ。」
今度は、右の手のひらを刺した。
「ぃ、ぃたい痛い痛い痛い!!」
「悟達から聞いてない? 紐束縁は動物狂い、知らない人間より知らない猫を優先的に助ける人間なの。」
そんな人間が、ましてや自分であのねこの命を奪うと誰が思う?
「紐束縁と縁のある人はびっくりだねえ。まるで人が変わったかのようだ、って思う人もいるかもねえ。——もしかして、催眠解けちゃうかもねえ?」
「っ!? そんな、」
「でもまあ、それはお前の自業自得。糸田紬には関係ないことだね。」
「そんなことよりさあ。」そこで右手からナイフを抜いたわたしは、身体を起こして女を仰向けにする。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔を見ても、特に何とも思わない。その眼前にナイフの切っ先を向けると、女はヒッと顔を歪ませていた。おいおい、キレーなお顔が台無しだぜ?
「た、助け……ッ!!」
「偶然にも、糸田紬も動物狂いでさ。人に理不尽に殺された子を見たら、同じ方法で殺してやらないと気が済まないタチなんだよね。」
女の言葉を無視して、わたしは女の喉元、心臓の上、下腹部……ちょうど、子宮のある当たりを順番にナイフで指し示していく。
「どの順番で刺してほしい?」
「ぇ、」
「あのねこちゃんが刺されていたのは、四肢と今示した三ヵ所。最終的には全部刺すけど、順番は選ばせてあげるよ。」
どこも大事な臓器だから悩んじゃうねえ。そう言って笑うわたしを目の当たりにしたからか、恐怖の臨界点突破したのか、女は涙を流しながら首を振って抵抗を始める。
「ぃゃ……ヤダヤダヤダヤダァ!!」
「うんうん、そうだねえ。でもお前は、そう鳴いて抵抗したあのねこちゃんを刺したんでしょ?」
「さとっ、さとるぅぅ!! すぐるぅぅぅっ!! はや、助けにきてよぉ!!! なんでき、来てくれないの!!!?」
「他者にやって、自分はやられたくないなんて我儘は通用しないよ〜。大人なんだからさ、行動に責任は持たないと。」
「助けて! 誰でもいいから助けてよぉ!!!」
「うるさいなあ。全部いっぺんに刺しちゃおっか。」
いつまでも騒いでいる女にげんなりとしながら指を鳴らすと、ズラっと何本ものナイフが現れ宙に静止する。もちろんわたしが日頃から身に付けていたナイフなんだけど、まさかこんなに早く使う日が来るとは思わなかったなあ。
ナイフの先端は全て下向きにして動きを止めてある。つまりわたしがこのナイフ達に意思を伝えれば、その全部がたちまち女の全身に刺さるだろう。
それを見た女は、さっきまでの悲鳴が嘘のように大人しくなった。
「ぁ……、ァァ……!」
試しに、ひとつのナイフに意思を伝えてみる。するとそのナイフはふっと重力を思い出したかのようにそのまま落下、真下にあった女の頬と耳を軽く切って、床に突き刺さった。
女の頬から、血が流れる。ひぐっ、と今度の悲鳴は女の喉奥で鳴っていた。
「ゃ、やべてぇ……っ、ごろさないで……、」
「うん、無理かな。」
「ァ、あやまりますっ、あや、謝りますから!」
「謝って済むなら、最初からこんなことしないよ。」
「大丈夫。わたし達がこの世界で死んでも、元の世界に帰るだけだって!」
だから安心して死んじゃいな。笑顔で最期にそう告げて。
ぱちん、と指を鳴らしたのだった。
◆
部屋の扉を開けたわたしの目の前には、最強二人に建人、硝子と勢揃いしていた。
傑は目だけでわたしを射殺さん勢いで睨みつけたあと、わたしの身体を突き飛ばして部屋の中へ入っていく。
背後で殺気が膨らんでいくけど、今は女の方を優先したみたいで攻撃はこなかった。
「硝子、治してあげて。」
血に濡れたわたしが戸惑っている硝子にそう声をかけると、「……いいのか?」と聞かれ。少しだけ微笑んで首肯だけで返すと、意図を汲んでくれたのだろう、それ以上は何も言わずに部屋の中へ入っていった。
そんなわけで、この場に残ったのはわたしと建人、そして悟の三人になったんだけど。あれ、二人ともあの女大好き芸人じゃなかったっけ? 行かないの?? と内心で思い……ああ、成程と思い直す。
「はい。殺すならどうぞ。」
ハンズアップして見せたわたしに、建人は更に眉間の皺を増やした。悟は……目隠しのせいで見えないからわかんないけど。でもわたしが降伏してみてもまるで反応がなくて、逆に戸惑ってしまった。なんだ、執行人としてこの場にいるわけじゃないのか。
「殺しませんよ。少なくとも今はまだ。」
動かない悟の代わりか、建人がそう教えてくれた。「ただ、拘束はさせていただきます」と言うのでそれに大人しく従うことにする。ずっと握っていたせいで筋肉が硬直してしまった左手からナイフを抜き出すのに苦戦していると、建人が助けてくれた。
一本一本、ゆっくりと時間をかけてナイフから指を放してくれる。「ありがとう」と言うと、建人の眉間にまた皺が増えてしまった。
「七海くん、伝言を頼んでもいいかな。」
「……なんでしょうか。」
「まず伏黒くんに、『ねこちゃんのこと守れなくてごめん』って。」
次に野薔薇ちゃんと真希ちゃんに、『一緒に買い物行けなくてごめん』。
狗巻くんに、『巻き込んでごめん』。
パンダに、『心配かけてごめん』。
潔高くんに、『迷惑かけてごめん』。
「悠仁くんに、『一緒にいてあげられなくて、ごめん』って。伝えてもらえると嬉しいな。」
何とか指を全て伸ばし終えて、わたしの手からナイフが離れていく。そのナイフからはあの女の残穢は残っていなくて、代わりにわたしの呪力がべっとりこびりついていた。
「……貴女は、〝昔からそうだ〟。」
「え?」
「……いえ、何でもありません。」
建人の零した言葉が聞き取れず、首を傾げたけど「ちゃんと伝えておきます。」と言われればそっちに意識を持っていかれ一安心。またお礼を言えば、建人はサングラスの位置を直すためか顔を逸らしてしまった。
「……ねえ、」
じゃあそろそろ行きましょうかね。そんな雰囲気になったところで悟から声がかかった。え、やっぱりここで処刑コース? と思いながら悟の顔を見上げると、見えない目と視線が交わったような気がした。
「僕には、何か言うことないわけ?」
「はい?」
いや、わたしのこの反応正しいよね? だって正直悟と会うの玉ヒュンッ事件以来だし、このタイミングで何か伝えるほど糸田紬としては仲良くなってないし……と思考を一周させてみた。
うん、別にこれといってないよな。でも見下ろしてくる悟は何でかずっと言葉を待っているような気配がある。
ええ、どうしよう…——ああ、でもずっと言いたかった言葉はあるな。これは糸田紬としてではなく、紐束縁としてだけど。
「〝最強〟も大したことないですね。」
「あ?」
「貴方達は今まで、〝紐束縁〟の何を見てきたんですか?」
これはわたしの——紐束縁としての、抗議だった。確かに学生時代、悟達と過ごした期間は二年ちょっとと短かったけど。わたしは元の世界に戻っても忘れなかったのに、『設定』の効果とはいえ忘れちゃうなんてひどいじゃんか。
本当は、ずっと言ってやりたかったんだよ。ばーか。
溜め込んでいた言葉を投げ捨てて、わたしは悟に背を向けて建人に「行きましょう」と告げてその場を離れる。
誰がなんと言おうと、殺されようと、わたしはわたしの行いを後悔などしていないのだ。だから堂々と、後ろを振り返らず、前だけを向いて歩いていった。
それが例え、行く先が地獄だとしても。
だから、悟がわたしに手を伸ばしていたことなんて知らない。