13、女子会〜adult
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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「「カンパーイ!」」
ガヤガヤと賑やかな店内・居酒屋にて、ガチャンッとジョッキが音を立ててぶつかる。
そのジョッキの片方を持つは、京都から出張でやって来た庵歌姫。もうひとつのジョッキの持ち主はわたし、糸田紬だ。
「さあ! 今日はジャンジャン呑むわよ〜! 付き合いなさい〝縁〟!」
「がってん承知です! 歌姫先輩!」
いや、今は敢えて紐束縁と名乗ろうか。
◇
わたしが歌姫先輩と再会したのは、いろいろあった交流会も無事に終わり京都校のみんなが帰るってなった時だ。
面識がないにも関わらず『怪我をした用務員のお見舞いに』という素晴らしい理由で硝子に連れられてきた先輩が、わたしを見るなり素っ頓狂な声をあげたことで秒でバレたんだと発覚。いやー、硝子もいたから誤魔化すのが大変だった! でもパンダの時で培ったわたしの女優力が再び発揮されたことで、なんとかその場を落ち着かせることが出来た。なんか硝子ずっとぷるぷるしてたけど。
そのわたしの必死の様子に、先輩も何かを察して詰問するのをやめてくれた。と思えばすぐさま連絡先を教えてくれて、「怪我が治ったら連絡ちょうだい。話はその時に」とウインクをくれた。は? 美人なのにイケメンだな惚れちゃうじゃねーか……。
ということがあり、わたしの怪我が治ったタイミングと先輩の出張があるというタイミングが重なった今日、事情を話すためにこうして集まったのだ。何故場所が居酒屋かという質問には、「アンタと呑んでみたかったのよ」と口説かれたからです。ハイ喜んでー!! と秒で返事したのは言うまでもない。
「でもまさか、歌姫先輩がすぐに気付くなんて思わなかったです。」
「いやだって、どう考えてもアレは違うでしょ。アレが本物の縁だって言われたら私、この世界の何もかも信じられなくなるわ。」
「そこまで言っちゃいますか!」
ジョッキをだんっとテーブルに叩きつけるように置き、忌々しげにそう言う先輩にわたしは一人大笑い。そんなわたしを見て、先輩は「あ〜そのバカ笑い懐かしいわ〜」としみじみしていた。
……ん? ちょっと待って?
「なんで先輩、あの女に違和感持ったんです?」
「はあ? そんなの、アレと五条悟達がイチャコラしてたからよ。」
「……それ、いつ、どこで?」
「交流会一日目、教師陣が集まった観覧室で。」
当時のことを思い出し「胸糞悪いわ」とぼやく先輩は、黙り込んだわたしに気付き顔を覗き込んでくる。覗き込むなりヒッと怯えられたけれど、自覚しているさ、どんな顔をしていることくらい。
虚無ってるだろ?
「あいつらいい加減ぶん殴りたいししにたい。」
「な、なんで縁が死にたがるのよ!」
「紐束縁の尊厳はどこにいったんだよ〜〜〜くそ〜〜〜!!」
「……ああ、そういうことね。」
別に、偽者と悟達がどうなろうが知ったこっちゃない。知ったこっちゃないけど、この世界における〝紐束縁〟のイメージがあいつらの所為で最悪なものになっていくのだけはどうにもいただけない。大人しくしててくれ、イチャコラしてもいいから人前でやるな頼むから……!! もう遅いんだろうけどな!
テーブルの上に崩れ落ちるわたしの頭を撫でながらも、歌姫先輩は店員さんを呼びハイボールを注文していた。
ちゃっかりしたところも素敵だと思いますよわたしは! ぐすん!
◇
「まあいいんじゃない? 今のアンタは糸田紬なんだし、気にしなくても。」
「いやまあ、そうっちゃそうなんですけど……。先輩、もし自分の名前で〝極悪呪詛師〟だって噂が立ったらどう思います?」
「あら不思議、さっきのアンタと同じ気持ちだわ。」
「でしょ〜?」
アルコール、つまみ、アルコール、料理とすぐに酔い潰れないように合間に食べ物も食べ進めながら、一緒に会話も進めていく。とは言えもう事情説明は済んでるし先輩もこれからのわたしへの対応も理解してくれているので、あとはもう普通の女子会である。
硝子とも何度か呑みに行ってるし楽しいことには変わりないんだけど、わたしが全てひけらかして話せる大人は今まで潔高くんしかいなかったから、同性の人が味方についてくれたのは有難いなあ〜。
まあ、もうちょっとしたら硝子もここに来るんだけどね。それならそれで、糸田紬として楽しみますよ〜。
「まさにそんな気持ちで、もやもやするというか……。もし全員の催眠が解けた暁には名誉毀損で訴えてやろうかなって。」
「あらヤダ、目が本気だわこの子。」
「まあ、あの偽者がいる限りそれは不可能だとは思いますけどね〜。」
「その〝トリップ〟も厄介なものね。いや、現象自体不可解極まりないけど。」
「全くもってその通りです。」
枝豆を咥えうんうん頷いていると、歌姫先輩は何を思ったか少し切なげな表情でわたしを見る。
「縁。これ、昔にも聞いたことあるかもしれないけど、」
「はい?」
「縁は今、この世界に来てどう思うのかしら。」
自分の世界で好きなことを仕事に出来て、毎日忙しいながらも充実した日々を送っていた。生きていく上で些細な不満はあったものの、わたしは恵まれていた方だと思うし、あの世界が嫌だなあとか、死んでしまいたいとか、そう思ったことはほぼ無いに等しい。ようはそれなりに満足した人生だったと言える。
それがどうだ。二度目のトリップ、前回と同じ世界に飛ばされてきたことは良いとしても、それなりに嫌な思いもしてきたわけで。それこそわたしの成り代わりがいる事でかつての友人達に妙な敵意を持たれたり、大切な名前を変えなくちゃいけなくなった。紐束縁としてではない、他人を演じて過ごさなければいけなくなった。
それを、どう思うか……
「うーん。さっきも言いましたけど、〝紐束縁〟という名前が汚されているような心地に関しては大変不快です。わたしこれでも、自分の名前に誇りを持ってましたから。」
親から貰った大切な名前だ。そりゃ改名なんてしたくなかったよ。
「でも、糸田紬となったわたしには大切な義弟が出来ました。」
虎杖悠仁くん。あの子の提案により、本来この世界でひとりぼっちのはずのわたしに家族が出来た。
それは、紐束縁ではなり得なかったことだ。
「硝子とも、また友達になれました。」
向こうからしてみれば初めましてのわたしを、硝子は昔みたいに受け入れてくれた。
「糸田紬だから大変なこともいっぱいあるけど、その分良かったと思うこともそれなりにありました。」
紐束縁としてのわたしと、糸田紬としてのわたし。どちらかだけの自分しかいなかったら、きっとここまで波乱万丈な日々を過ごせなかったんじゃないかなって思うのも事実。
まあ、トリップなんて非現実的なことがこの身に起きてる時点で波乱万丈なんだけど、それはそれとして。
「だからわたしは、今またこうしてこの世界に来られて。なかなかに幸せなんじゃないかなって思うわけですよ。」
歌姫先輩とこうしてお酒を呑むということも、またこの世界に来なければ出来なかったことだしなあ。
お酒の所為で締まらない顔でへらりと笑うと、歌姫先輩は何故か目の凝りを解すような仕草で目元を押さえて「っはァァァァ……」と長い溜め息を洩らす。結構ペース早かったし、酔いが回ってきたのかな。
「そう……これよこれが紐束縁よ……」
何やら小声でぶつぶつ言ってるけど、周囲の騒がしさと酔ってきたわたしの耳ではその言葉は拾えなかった。
「それより聞いてくださいよ先輩〜。〝糸田紬〟が五条悟から受けたハラスメントの数々を〜。」
「詳しく聞こうじゃない。」
あらいい食いつき。先輩、悟のこと嫌いなままなんですね。
◆
『硝子、アレはどういうこと?』
『どうもこうも、見たままですよ。』
京都へ帰る前、硝子に連れられ高専の保健室までやって来た私は、中にいたその子と会うことになった。
その子の顔を見た瞬間、私は唐突に理解した。やはり五条悟らと一緒にいたあの女は、紐束縁ではなかったのだと。私の知る紐束縁は、今目の前にいる、学生達を助けたというこの用務員だと。突然視界が開けたような心地と共に、激しい罪悪感が私に襲いかかってきた。
『今会ってもらった糸田紬……あの子が、本物の紐束縁ですよ。』
私の反応に何処か慌てた様子の縁は、自分が紐束縁だと言わせたくないようだった。その際チラチラと硝子に視線を送っていたことから、硝子は気が付いていないのだと思い、あの場を取り繕う彼女の芝居に乗った。その演技は見るに堪えない程下手くそだったけれど、きっと本人は上手く誤魔化せたと思っているだろう。
あとで事情を聞くためにさり気なく連絡先を渡し、保健室を出た私は一緒に出てきた硝子へ冒頭の質問をぶつけたのだ。
何故あの子の名を騙る人間がいて、あの子が別の名を騙っているのか。それは本人から聞くから現状置いておく。
でもこればかりは、硝子から聞いておかないといけないと思った。
『どうしてあの子は、アンタが気付いてることを知らないのよ。』
『言っていませんから。私はあくまで、あの子を糸田紬として見てます。』
『なんで……』
『その方が面白いじゃないですか。』
反省の色もなくさらりと言う硝子を、思わず眉間に皺を寄せた顔で見てしまった。私のその表情からどう思ったかを読み取ったのだろう、硝子は『やだな。私そんな酷い人間じゃないですよ』とかぶりを振った。
『今の〝縁〟にとって、〝事情は知らないけど味方〟っていう存在は結構重要だと思うんですよ。』
歌姫さんや伊地知、虎杖のように、事情を全て知っている人間が傍にいることも勿論大切だ。でも私はその他に、事情を知らないが頼れる第三者の存在もいた方がいいと思ったんです。
『いざと言う時に、中立の立場で物事を見極め発言できる方が双方からの信用を得られると思ったんでね。』
『双方って……』
『本物の縁と、偽者の紐束縁です。……まあ、偽者とは仲違いしましたけど。』
そんなのは別にどうだっていいと、硝子は微笑んだ。
『あと、確かめたかった・っていうのもあります。』
『確かめる?』
『縁が……糸田紬が、また私と親友になってくれるのか。』
——なんて、心做しか不安そうな顔で言ってたくせに。
「硝子〜、これ一緒に食べよー。」
「その量なら一人でいけるだろ。」
「いや多分胃がもたれると思う。」
「でも食べたい?」
「食べてみたい!」
硝子と合流してから、縁は糸田紬として振舞っていた。
とはいっても普段の彼女そのものの言動と何ら変わりはなく、対する硝子も学生の頃と同じ態度で縁と接する。
傍から見ていると、本当に10年の空白があったのか、本当に出会って数ヶ月なのか、と疑ってしまうほど二人は自然体で長年の友人のようだった。
お酒の力もあってかへらへらしている縁を見る硝子の目に宿るのは、やさしさと少しの懺悔にも似た何か。『また親友になってくれるのか』と呟いた時と同じ目に、私は気付いた。
——ああ。これはきっと、硝子なりの罰なのだ。
それは、少しでもあの偽者を紐束縁だと思い込んでいた自分に対する罰なのだろうと思った。私もそうだからわかる。紐束縁というかつての親友を、可愛い後輩を、幻滅の目で見てしまった自分が許せないのだろう。
「うっわコレめっちゃ美味い!」
「酒が進むな。」
「え、それ以上……? 硝子ほんと強いね。」
「まだまだ全然余裕。」
「身体は疲れてるんだからほどほどにね〜。」
学生当時。本当は誰よりも、縁がいなくなったことにショックを受けていたのは硝子なんだから。
——まったく、素直じゃない愛情表現だわ。
たとえ空白の期間があろうとも、片方の名前が変わろうとも、何も変わっていない後輩たちの様子に、先輩心が久方ぶりに動かされた私は零しそうになった安堵をアルコールと一緒に飲み込んだのだった。
「さて、大人の女子会と言えば話題はひとつ。」
「ここは〝紬〟の恋愛歴でも聞こうじゃないの!」
「え゛」
ああ、今夜の酒は格別に美味しいわ!