11、始動
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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・これから先は原作に沿うこともありますが、基本的にオリジナルです。
みなさんこんにちは! 紐束縁改め、糸田紬です!
わたしが術師になると決めて、早一週間が経ちました。今となれば右腕も随分と感覚が戻ってきて、呪力量もほぼ全快といったところまで回復してきました。今日の硝子の診察でもOKサインが出ましたので、明日からは用務員としての仕事も再開、術師としての実践訓練も開始していいとのこと。
『どういう風の吹き回しだ?』と硝子に聞かれたけど、その顔はなんだか嬉しそうに和らいでいた気がする。その意味はわからなかったし、聞いても教えてくれなかった。はぐらかし方が大人の女性の魅力たっぷりの方法——口を人差し指で塞がれて微笑まれた——でやられていやー参った参った。あんなん惚れてまうわ……いやとっくに惚れてますけど! きゃっ。
えー、こほん。だからと言って、身体が万全でなかったこの一週間、何もしていなかったわけではない。こちとら一分一秒も時間が惜しい身なので、ひたすら知識を身に着けるために勉強していた。高専時代の復習から始まり、この十年で変わった呪術界のルール、増えた歴史、術の組み合わせのパターン、今のわたしにはどれが使えるか、どれだと相性が良いか・悪いか、吸収と模索の一週間だった。
元来、興味のあるものには打ち込めるタイプなので、別に苦ではなかった。むしろ楽しいと思えるくらいで、今なら悠仁くんより詳しくなっているかもしれない。ふふん。
その座学を誰に教わっていたかというと、まあいろんな人達にだ。潔高くんをはじめとした補助監督のみなさん、悟や傑、それに担任を持つ人を抜いた夜蛾学長達教師のみなさん、任務の合間に協力を買って出てくれた術師のみなさん、と気が付けば沢山の人と関わることになっていた。こんなモブにすみません……。
色んな人と関わるようになるのと比例して、高専敷地内での行動範囲も広がった。これからは用務員としての仕事も増えそうである。
「明日から復帰ですか。それはおめでとうございます。」
「やっと身体を使った訓練受けられますよ〜。」
もう身体が鈍っちゃって。とぼやくわたしに座学を教えてくれる今日の担当は、任務終わりの建人だった。いつもは大体同級の雄か彼を慕っている猪野くんがセットでついてくるんだけど、今日はおひとり様らしい。心なしかいつもより軽やかに見えるので、まあ、建人は建人なりに苦労してるんだろう。
「七海くん……あとでおねーさんがお酒奢ってあげるね。」
「何故そんな考えになったんですか?」
ちなみに、呼び方が七海さんから七海くんになりちょっと距離が縮まっているのは、建人から……というよりは建人と雄からのご要望だった。わたしは何かと教わる身だしいっその事先生呼びをしようと思ってたんだけど、『教員ではないので』と拒否をされ。紬さんの方が年上だし俺らも名前で呼ぶんで紬さんもどうぞ! と意気揚々と雄に言われたので、まあ妥協案として名字にくん付けで許してもらうことにした。雄は不満そうだったけど、要らぬところで偽者の怒りは買いたくないからね。許せ。
悠仁くんと同じ〝ナナミン〟呼びは許してくれなかった。ひどい。
「むしろ、快気祝いとして私が……」
何か言おうとした建人の携帯端末が不意に鳴り、相手を確認した彼はわたしに一言断ってから電話に出る。建人の顔も、声も、纏う空気さえ徐々に悪いものに変わっていくのを目の前で見ていると、面白いなあと思いながらもやっぱり苦労してるなあと苦笑してしまった。
これはアレだ。緊急の呼び出しか何かだろう。ポツリと「クソが……」って言ったの聞こえちゃったぞ。
「紬さん申し訳ありません。救援要請で今から任務に向かわなければならなくなりました。」
「1級術師さんは引っ張りだこですねえ。」
「貴女にも早く、こちらまで上がってきてもらえると嬉しいですね。」
「ははー、頑張ります。」
この励ましは、呪術師の人手不足を解消したいが故のものなので何ともまあ複雑な気持ちである。いやでも、裏を返せばわたしが1級になれると思ってくれているということだろうか?
もう! 建人も素直じゃないんだから! なんてぶりっ子みたいなことを考えていると、急いで教室を出ていくかと思った建人は教壇を降りたあと、何故かわたしの方へ来た。
「ほら、行きますよ紬さん。」
「ワッツ??」
「折角なので課外授業です。呪いを祓うということがどういうことか、見学してもらいましょう。」
そう言うなりわたしの腕を掴んだ建人は、問答無用でズルズルとわたしを引き摺っていく。学生の頃より逞しくなったその身体にわたしが逆らえるはずもなく、アレ、建人脱サラって言ってなかった? めっちゃゴリラじゃね?? と現実逃避をして諦めることにした。
これから、新しい職場の見学会です。ワーパチパチパチ。
◇
呪力はそこそこあるが、術式はなし。
呪力を物に纏わせることはできる。
一般的な術師が出来ることはできる、というのが、糸田紬の呪術力だ。
トリップしてきたからにはどんなチート能力が、と期待していた人にはがっつりガッカリされたけど、〝二度目のトリップを経て呪いが視えるようになった〟という設定を覆すわけにはいかないので勝手に期待して勝手に落ち込むのやめてほしい。
交流会の際、パンダと悠仁くんと東堂くんの前で〝紐束縁の力〟を使ってしまったけど、前者ふたりには口止めをしたので大丈夫だろう。東堂くんに至っては今回が初めましてだったので、まあそれとなく誤魔化しておいた。というかわたしに興味はさらさら無さそうだったから、変に熱心に説得するのをやめておいた。勘繰られても困るしね。
だから、糸田紬が今出来るのは〝呪力をそのまま飛ばす〟か〝呪具に呪力を纏わせて扱う〟ということになる。とは言っても今日硝子からお許しが出るまで呪力を使うの禁止されてたから、実戦経験は訓練含めてまだ皆無ということになっている。
「そんなわたしを戦場に連れてくるなんて、七海くん結構ドSですか?」
「百聞は一見にしかず、と言うでしょう。ものによっては、口で説明するより見てもらった方が早いものもあるんです。」
「背中を見て覚えろと?」
「不満ですか?」
「いいや、意外と得意分野です。」
「そんな気がしてましたよ。」
現場に向かう車内で、お互い社会人として働いてきた過去があるのでその頃のあれそれを話した。上司の無茶ぶり、先輩の押し付け、後輩の指導の大変さ、などなど……職種がまるで違うはずなのに、お互い環境が良くなかったのだろう。大いに盛り上がった。
「やはり労働はクソですね。」
「動物たちがいなかったら、わたしもとっくに仕事辞めてたかもなあ……」
そんなオチでこの話は終わり、同時に現場にも到着したらしい。あれ、任務に対してのわたしの立ち位置決まってなくない? と車を降りてから立ち尽くしていると、こちらに回り込んできた建人が「怖いですか?」と僅かに首を傾げる。
「紬さん、先日の騒ぎの時特級呪霊と相見えたとお聞きしましたが。」
「そうなんですけど。今思えば、あの時も一番最初に呪いに襲われた時もなんかこう、無我夢中だったというか。」
冷静になって呪霊と向き合うのが高専の時以来と思うと、少しだけ怯んでしまった。だって今のわたし丸腰だしね? 十年も経ってれば感覚忘れるからね?
なんて思い俯くわたしの手を、建人はあろう事か掬い上げるようにして掴んだ。
「へっ!?」
「大丈夫です。紬さんのことは私が守ります。」
「な、なななナナミクン!?」
「ですから、安心して見ていてください。」
急に、あの建人から触れられたことにおったまげるわたしを怖がっていると勘違いした建人が、安心させるように手の力を強くしながら至近距離でそんなことを言う。
いやあの、すみません。わたしが怖いのは呪いじゃなく七海建人、アナタです。
確かにさっきまで怯んでいた緊張はぶっ飛びましたが、今は別の意味で震えます。
紳士然としたその振る舞い、サマになってんだよ……!!
◆
わたしが七海ショックを受けている間に、建人はあっという間に呪霊を祓ってしまった。
対象が何級だったのか詳細は聞かされていないけど、建人が呼ばれるくらいだから準1級以上はあったんじゃなかろうか。にも関わらずこんなにも鮮やかに祓ってしまうのだ。正直悔しい。
建人とわたしを無理くり同じ括りにするとすれば、それは出戻り組という点だと思っている。だから何となくわかってしまうのだ。戻ってきてから彼が1級になるまでの努力とか……何となくだけどね。
だから悔しいのだ。自分と同じ出戻り組の建人が、こんなにも強くなってしまっていて。勝手に置いていかれた気になるのもどうなの? って感じだけど、でもわたしは、そう思ってしまった。
そして同時に、目指す目標が出来たとも。——全くもって、わたしはなんて負けず嫌いで、単純なんだろうか。
「紬さん、お怪我はありませんか?」
「七海くん、わたし決めました。」
自分の手を見ては首を傾げつつ戻ってきた建人に、わたしは潔高くんの時同様、宣言する。
「……何をですか?」
「わたし、七海くんみたいな強い術師になります。そのための努力は惜しまない、何だってやる。どんなにしんどいことでも、苦しいことでも。」
それが、今の生活を……悠仁くんを守るために必要なのだと言うなら、喜んでわたしを差し出そう。
「だからこれからも、ご教授お願いします。」
恥も外聞も全て捨ててやる。強くなるためなら、わたしのちっぽけなプライドだっていらない。
突然頭を下げたわたしに、建人は何を思ったのだろう。相手からなんの反応もないことにその体勢から恐る恐る顔を覗き込んでみると、それはそれは驚いた顔でわたしを見下ろしていた。あらデジャヴ。
そしてそう思っているのは、建人もなのだろう。
「七海くん?」
「……紬さん。以前どこかで、似たようなことを私に言いましたか?」
「気の所為だと思いますよ〜。」
だから即座に否定しておいた。
実は建人がこうなるのは初対面の時や今だけではなく、会話をするたびに起きる現象となっていた。これは、糸田紬としてのわたしとの会話と紐束縁としてのわたしとの会話に既視感を覚えているせいだと本人から教えてもらったことであり、やべえ!! と思ったわたしが特に言い訳も思いつかないまま「気の所為じゃないっすかねえ!?」と言って押し切ったからである。
そりゃ、喋ってるのはどっちもわたしですからね。でも建人の中では紐束縁イコール偽者だから、どうにも不思議な感覚になるらしい。
「もー七海くん、またですか?」
「すみません。紬さんではないとわかってはいるのですが……」
「立て続けの任務でお疲れなんじゃ? 帰ったらお茶でも淹れましょうか。」
結構最初の頃に、昔の紐束縁と今の紐束縁は印象が違うのか尋ねてみたことがある。潔高くんは初めから違和感があったと言っていたし、パンダは例外だし。そこそこ昔のわたしと今の偽者との距離が近い人達からしてみればどうなんだろうと思った好奇心故だった。
いやだって、顔も性格も口調すら違いすぎるんだもんよ。
その結果、昔も今も然程変わりはないという。でもふとした時に思い出す記憶の中の紐束縁と今の紐束縁を比較した時、一瞬だけ奇妙な心地がするのだとか。それがきっと、潔高くんの言ってた違和感の正体かもしれない。
でも不思議なことに、その違和感は本当に一瞬だけらしい。次の瞬間には今の紐束縁の姿で、あの女が言いそうな言葉で言っている思い出に刷り代わるらしい。それを聞いた時思わず「こわっ!」と寒気が走ったのは言うまでもない。
でもでも、昔のわたしに言われた言葉……あ、もちろん本人達が覚えてるものに限るけどね。言葉自体は覚えているみたいだから、建人達からすれば「あれ、これ誰に言われたっけ?」と首を傾げることになるのである。らしい。知らんけど。
いやー、ホント建人達には申し訳ないと思ってる。そんなややこしい事態になってるなんてこっちも思わなんだ。というかそもそもあの女一人が悪いのでわたしも謝らんけどな!
そして訂正して、更にややこしい事になっても困るので。建人や雄、硝子と話している時似たようなことになったら「気の所為」で押し通すしかないのである。
だって、流石にこの歳になって「イマジナリーフレンドですか?」とか聞けないよ……。
閑話休題。こほん。
「いえ、まだ高専には戻りません。ここで合流する手筈になっているんですが……」
「合流? あ、そういえば今回って救援要請でしたね。誰からだったんですか?」
「それは……」
「ナナミ〜〜〜ン!! お待たせ!!」
「悠仁くん!? とき、伊地知くんも!」
「お疲れ様です。七海さん、紬さん。」
なんと、タイミング良く現れたのは我が義弟(役)の悠仁くんと潔高くんという、わたしの素性を知っている二人だった。
「実は家入さんから、貴女の復帰を事前に聞いていましてね。虎杖君にお伝えしたところ、お祝いしようということになりまして。」
まさかの二人の登場にぽかーんとしていると、建人が事の真相を早々に明かしてくれた。なるほどねそれで呼び出す口実として救援要請なんて嘘の連絡を……あ、それは本当なんだ? そっかそっか。
「あとで灰原と家入さんも合流しますので、私達四人で先に店に向かいましょう。」
「それはめちゃくちゃ嬉しいんですけど、七海くんも灰原くんもその……紐束さんは大丈夫なんですか?」
潔高くんから、あの女のお気に入りは悟と傑、伏黒くんと狗巻くん、そして建人と雄だと聞いている。何処ぞの乙女ゲーかよっての! ぺっぺっ! 学生達はわたしがさり気なく守っているためまだあの女の毒牙にかかってないみたいだけど、大人である建人と雄があの女とどこまでの仲なのか、怖くて潔高くんにも聞けていない。それはともかく、あの女のお気に入りが二人もわたしとプライベートを過ごすというのは、面白くない展開なんじゃ? いやそれならそれでざまァなんだけど、建人と雄があの女から酷い目に合わないかが心配なんだなこっちは。
そう思ってあの女のことを仄めかしてみたけど、建人は「お気遣いありがとうございます。問題ありません」と言うだけで意にも介さない様子だった。
「同僚と食事に行くくらいでは、浮気とは見なされませんから。」
「UWAKI??」
まさかあの堅物、理性の塊、硬派中の硬派な七海建人からそんな冗談を聞くとはね?? わたしの中の七海建人のイメージがどんどん崩れてきて扱いに困るね?? 誰かトリセツ持ってきて!!