10、発覚と決意
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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※※※
・しっかり者の夏油はいません。
悠仁くんに、野球の試合に勝ったらダッツを奢ると約束した翌日。
天気は快晴、日差しが暖かい穏やかな空気の中を金属バットの音が響き渡る。
「おー、やってんねえ。」
それらを、わたしは開けられた保健室の窓から享受していた。
「しかし何故、個人戦から野球に……?」
「そればっかりはよくわからん。」
わたしの疑問に答えてくれたのは硝子だったけど、欲しい解答は得られなかった。だけど「五条の言い出したことらしい。」と言われてしまえば、それだけで納得してしまう自分もいるのでそれ以上話を掘り下げることはしなかった。
五条悟だから。なんて便利な言葉だろうか。
「ん、呪力の廻りも問題なさそうだな。まだ量は少ないがじきに回復してくるだろう。」
「おー、良かった……のか?」
「今後も巻き込まれるという点では微妙だな。」
捲りあげていたシャツを戻しながら一瞬素直に喜びそうになるものの、でもわたしに呪力があってもなあと思ってしまった。ま、まあ、呪力も無いより有る方が何かと使えるし! いっか! うん!
「右腕はどうだ?」
「うーん、動かせはするけどまだ痺れてるんだよね。」
「呪いの根が肩から手首まで張っていたからな。神経が圧迫されていたんだろう。」
でもこちらも時間の経過とともに元通りになるだろうと診断を下され、とりあえず一安心。したのも束の間、暫くは必要以上に動かすなよとすぐに釘を刺されたので、吐き出した安堵をまたひゅっと飲み込むはめになった。
うーん、まだ不便な生活は続きそうだ。
「で、福耳さんは堂々と覗きですか?」
「生憎、覗きをするほど女性に困ってはいないんだ。」
デスクでカルテをまとめる硝子から離れ、わたしは右腕を首から吊るして窓へと近づいていく。開け放たれたそこからひょいと外へ顔を出すと、腕を組み壁に寄り掛かる傑の姿があった。
どうやら一人らしい。珍しいこともあるもんだ。
「それより、福耳さんとは私のことかい?」「名乗られていないので。」「……」と悟の時と同じやり取りを経て、彼は夏油傑だと名乗る。呆れたような溜め息は余計だぞ、最初に名乗らなかったお前が悪い。
「はあ。で、夏油さんはここで何を? 学生達の野球試合観に行かないんです?」
「今日は貴女に用があってね。こうして馳せ参じたわけさ。」
「さいですか……」
わたしは別に無いけど……と思うも、傑の態度が初めて会った時より軟化していることもあったので、突っかかるような言い方をするのをやめておく。わたしも大人ですからね!
「あ、それなら。」
「?」
「買い物、付き合ってくれません? お話は合間に聞きますので。」
◇
わたしが高専の外に出る際には、悟か傑、それか夜蛾先生——あ、今は学長なんだよねおめっとさん!——の許可が必要になる。さらに単独での行動は許されておらず、学生以外の術師又は補助監督に監視役として同行してもらうようになっている。
その制限があまりにも面倒だったので、その話を聞いてからは服や下着を買うのに一度だけ出てからは買い物は全て潔高くんに任せっきりにしていた。頼むものもほとんどが食材だったし、悠仁くんの分もと伝えれば快諾してくれていた潔高くん本当に社畜根性が凄い……忙しいはずなのに……と申し訳ないと常々思っていたところだ。
「なので今回は、夏油さんが直接許可出しと監視役を買って出てくれて助かりました。」
「まあ、ついでのようなものだし構わないよ。」
で、何処へ向かえばいいのかな? と運転席に乗り込む傑の後ろでシートベルトを装着しながら、わたしはただ一言「お花屋さん」と行き先を告げる。
「花屋?」
「はい。今回の騒ぎで亡くなられた方へ供えようと思って。」
これが、わたしが悠仁くん達の試合を観に行かなかった本当の理由である。気にするなと言った手前、義弟に本当のことを言うのは憚られたというわけだ。
……ちゃんと硝子の診察も受けたし、嘘は吐いてないぞ。
「貴女の知り合いでもいたのかな?」
「いいえ。でも同じ高専関係者ですし。」
呪術関係者とただの用務員という違いこそあれど、高専という括りにすれば赤の他人というわけでもない。同じ職場の人が亡くなったのだ、花くらい供えても問題はないだろう。
「わたしは、その人たちの葬儀には出られないでしょうから。」
「……そうか。」
話題が話題だからか、傑は言葉少なに相槌だけを打って。バックミラー越しにわたしを一瞥したあと、ゆっくりと車を走らせた。
二人きりとなった車内の空気は、まあ悪くはない。けど気まずさはそれなりにあるのでひたすら窓の外へ目を向け流れる景色を見ていると、意外にも傑の方から声をかけられた。
「さっき、見えたんだけど。」
「はい?」
「傷は硝子に治してもらわないのかい?」
傷、と言われて浮かぶのは根が張っていた名残と首の痣のことだ。これに関して、硝子は治すか何度も聞いてきてくれていた。でもわたしは……
「お断りしました。」
「どうして?」
「どうしてとは。うーん……知ってます? 人間って、自分で治す力を持ってるんですよ?」
「いや、それは知っているけど。」
時間さえあれば、傷は自然と治っていくものだ。もちろん処置をしたり薬を飲んだりすることもあるけど。その場合傷跡は残るかもしれないが、それも含めて自分の経験値になると、わたしは思っているわけでして。
「わたしのいた世界では、それが当然だからとしか……」
「まあ、それはこちらの世界も同じだけれど。」
「そうでしょう?」
わたしのいた世界と、この世界も基本的には変わりない。同じ日本、同じ東京があって、そこにいる。違うとすれば呪術に関することくらいで、あとはおんなじなのだ。医療のレベルだって、大きな違いはないはずだ。
「それに、わたしは術師ではなくただの用務員なので。硝子の治す力は、戦う人に使ってしかるべきだと思うんですよ。」
「呪いを取り除いてもらえただけで、十分感謝です」ときっぱりさっぱり伝えたけど、傑からの反応はなく。自分から聞いてきたくせにーと文句を言うのは腹の中だけにして、わたしは後部座席に寄りかかるのだった。
たぶん今、何かを熟考しているのだろう。傑は昔、そういう癖があったから。
◇
花を買い、高専に戻ってきたわたしは、傑の案内の元亡くなった彼らの最期にいた場所を巡り小さな花束を置いていく。片手が動かせないわたしの代わりに花を持ってくれている傑も、一緒になって手を合わせていた。
「それで、わたしに用というのは?」
「ん? ああ、それね。」
そうして、全ての箇所を巡り終えたわたしと傑は、並んで保健室までの道を歩いていた。
少し離れた所からは悠仁くん達の試合の音が相変わらず聞こえてきていて、試合はどっちが勝ってるのかなあと考えながら黙々と足を動かしていたのだけど、わたしの諸用が終わっても未だ口を閉じたままの傑にいい加減痺れを切らす。
数歩前を歩く長身に声を掛ければ、今思い出したみたいな反応をしてこちらを振り返った。
おい? まさか本当に忘れてたとかないよな?
「貴女とこうして一緒にいてみて、わかったことがある。」
「わかったこと?」
「少なくとも、呪詛師などの類ではない。それにしては貴女は些かお人好しみたいだからね。」
「お人好しかどうかで判断するんです?」
それなら、傑だって呪詛師になり得ないでしょうに。
「自分の正義がどこにあるか。術師の立ち位置なんてそれで変わるものでは?」
呪術師も呪詛師も、言い方は違えど中身は一緒なのだ。そりゃあ人様に悪影響を及ぼすのは良くないから呪詛師反対運動が行われているわけだけど。呪術師が全員正しいかと言われてしまえば、断言できないのが悲しいところだね。
なんて思っているわたしを、呆気に取られた顔で見てくる傑に「どうしました?」と首を傾げると、「ああ、いや……」と濁されて終わった。なんやねん。
「で? わたしの疑いは晴れた、という認識で宜しいので?」
「そうだね。私も悟も、初めて会った時ほど貴女のことはもう警戒していないよ。」
「それはどうも……?」
「でも私は、さっき言ったように完全シロだと確信した。——少なくとも、虎杖がこちら側にいる限りはね。」
「? なんでそこで悠仁くんが出てくるんです?」
含みのある言い方に再び首を傾げると、今度は濁すことなく傑はハッキリと告げる。
「なんでって……貴女の義弟が両面宿儺の器であることは知っているだろう?」
「今の呪術界は、虎杖に宿儺の指を全て取り込ませてから処刑するつもりだよ」
◆
「これで良かったかい? 縁」
「んふ。さっすが傑! 素敵なお芝居だったよぉ。」
「これであの女、ビビって泣いていなくなってくれないかなぁ。」
「だって、自分の義弟が呪いに転じた化け物だなんて知ったら、普通じゃいられないでしょ!」
◆
「潔高くん。」
聞き馴染みのある、しかし聞き慣れない声色で呼ばれた私は、書類に落としていた視線を持ち上げる。私のことを名前で呼ぶのは、ただ一人。その人の声に、私が応えない理由などどこにもないのだから。
「紬さん! もうお加減はよろしいので——…」
「ねえ、潔高くん。」
その人は右腕を肩から吊るし、首には包帯の巻かれた様相で入口に立ち尽くしていた。いつも姿を見れば一番に見えるはずの笑顔は、今は俯かれていることで全容がはっきりとしない。
明らかにいつもと違う様子に慌てて駆け寄ると、縋るようにスーツを掴まれた。
そうして、ようやく見えた糸田紬——いえ、紐束縁さんの表情は。
「悠仁くんが処刑されるって、ほんと……?」
今にも感情が爆発してしまいそうな、それを必死で抑え込んでいるような、とても辛そうなものだった。
「虎杖君は元々、両面宿儺の指を一本取り込んだ時点で秘匿死刑される予定でした。」
縁さんを連れ場所を移した私は、落ち着けるようにお茶を用意してからゆっくりと話した。
両面宿儺の器・虎杖悠仁。一人の少年の、決められた末路の話を。
「それを五条さんが〝全ての指を取り込ませてから殺せばいい〟と上に提言し、虎杖君には執行猶予が付きました。」
「……それ、悠仁くんは」
「知っています。」
「そんなの……ッ」
あんまりだ、と顔を覆ってしまった縁さんの姿は、見ていてとても心苦しい。
しかし、この人が本当の紐束縁だと知っている大人は、私と家入さんしかいない。その家入さんが知っている、ということをこの人は知らない。……だから縁さんは、私の元へ来たのだろう。全ての事情を把握している私の前で、この人は取り繕う必要などないのだから。
「虎杖君は全てを受け入れたうえで、高専にやって来たと聞いています。それをよく思わない上もいますが、五条さんや夏油さんが匿ってくれている状態です。」
「悟達が……?」
「ええ。——そして、処刑しない方法も考え、探してくれています。虎杖君自身も、強くなっています。」
「じゃあ、もし全てが上手くいけば、」
「虎杖君を処刑せずに済むかもしれません。」
ここで断言してあげられないのが、申し訳ないと思ってしまう。
ああ、しかし——やはり貴女は、そちらを選ぶのですね。
「潔高くん、わたし術師になるよ。糸田紬として、呪術師になる。」
先程まで打ちひしがれていたと思っていた縁さんの表情は、覚悟に満ちていた。
「それで、悠仁くんを助けてみせる。…——もし、それが無理だったとしても、義姉として最期の日まで一緒にいる。」
「縁さん……」
「それがあの日、わたしを助けてくれた悠仁くんへの恩返し……ううん、違う。そんないい言葉でまとめるつもりはない、これは、」
「わたしがそうしたいから、そうするだけ。わたしのわがままだ。」
悠仁くんが嫌がっても、ずっと一緒にいるんだから! と息巻く彼女に、義姉としての姿を垣間見る。
あの頃と何も変わっていない、私の憧れた先輩の姿が、そこにはあった。
◆
——『だからさ、離れてかないでよ。』
あの時の声が、ずっとこびりついて忘れられない。その意味が、わかった気がした。
「まさかホントに勝ってくるとはね〜」
よくやった! と悠仁くんの頭を力任せに撫でまくると、悠仁くんははにかみながらされるがままだった。
ちなみに今は、野球試合のあった日の夜。わたしと悠仁くんだけで高専を出て、近所のコンビニまで向かっている最中だ。昼間傑から『オマエ、テキ、チガウ』のお言葉を頂いたこともあってから、今後わたしの行動範囲も広くなるらしい。今のように高専の外に出る時も、許可さえ貰えば自由にしていいとのことだ。
「だってねーちゃんからご褒美やるって言われたら、そりゃー頑張るよ。」
「言うてもコンビニアイスだけどね。」
「コンビニのダッツは贅沢だろ〜。みんなも超張り切ってたよ。」
「ふはは、みんなが喜んでくれるならよかった。」
呪術師とはいえやはり学生、食べ物が絡んだ物事に対しての食いつきっぷりが見事に年相応で可愛らしい。どうせなら京都校の子達の分も買っていこうか、なんて考えながら、わたしは笑顔で隣を歩く悠仁くんを横目に見た。
傑が何を考えていたかはわからないけど、悠仁くんの置かれた状況を知れたのは良かったと思っている。何も知らずにその日を迎えるなんてことがあれば、わたしはわたしを許せないでいただろう。
「ねーちゃんの方は? 身体の調子どうだって?」
「呪力も右腕の痺れも、時間とともに回復するだろうってさ。全く使えないわけじゃないし、もーまんたいよ。」
「でも、片腕じゃ不便だよな。やっぱりオレ、ねーちゃんの部屋戻るよ。」
「いやいや! せっかく寮に戻れたのに呼び戻すわけにはいかないよ!」
心配してくれるのは嬉しいけど、学生達にとっては寮での日々も青春の思い出である。それを悠仁くんから取り上げるわけにはいかない! と思い説得を試みたものの、悠仁くんは頑として諦めてくれない。
まったくもう! その頑固さ誰に似たのかな!
終いには「ねーちゃんが男子寮に来てくれればいーんじゃね!?」とか言い出すから、結局のところ『通い妻方式』で妥協してもらった。
その名の通り、料理だけ作ってもらうことにした。わたしの部屋で作るか悠仁くんの部屋で作ったものをデリバリーしてもらうかはその日の本人におまかせである。
不服そうだったけど、これ以上の譲歩は出来ませんので! と言い切ると、渋々頷いてくれた。
「ねーちゃんって頑固だよな。」
おっと? どうやらわたしに似たのかな?
「わたし、呪術師になることにしたよ。」
コンビニでアイスを買い終え、ダッツとは別に買ったコーヒー味の二つに分けられるアレを悠仁くんと分け合いながら帰路に着いている時。
〝今回の騒ぎのことを踏まえて〟術師になると決めたことを悠仁くんに伝えると、最初はあまりいい顔をされなかった。
でも、わたしの右腕や首を見て思い直したんだろう、わたしの報告を受けて出た言葉は「そっかー……」だった。
「強くなるに超したことはないか。」
「そういうこと〜。」
「あ、ていうかねーちゃんの術式? ってどーなってんの?」
「わたしの呪力をエサに、物に妖精さんが宿って動く的な……?」
「なんで本人も疑問形?」
「でもまあ、その力は使えないかな。それは紐束縁の時に、悟達の前で使ってたからね。」
常備菜のように、物に呪力を貯めておくことはやっておくつもり……というか悪癖故に勝手に呪力を流しちゃうから自然と出来上がっちゃうんだけど、それはあくまで何かあった時用に取っておくつもりだ。だからそれ以外に、わたしは糸田紬としての力を身に付けなければならない。身に付くかはわからんけど、まあ最悪呪具を使って戦えばいいだろう。最終奥義は己の拳である。
「そっか! ねーちゃん、昔は今のオレらみたいな感じだったんだっけね。」
「そうそう。初参戦! ってわけじゃないから安心して。」
「ナナミンと同じ、出戻りってことかー。」
「えっ、建人出戻りなの?」
呪術師になる本当の理由は、今のところ言うつもりはない。わたしが悠仁くんの事情を把握している、そのことをこの子は知らないから。
知ってしまったら、またあの悲しげな顔になってしまう。そしてきっと、わたしを〝巻き込んだ〟と思って後悔してしまうだろう。
だから、もし悠仁くんの口から全てを聞くようなことがあった時に、言えばいいと思っている。言うかどうかはわからんけどね。
「そういえば、ねーちゃんって高専時代は何級だったん?」
「2級」
「伏黒と同じか! すげーじゃん!」
だから、強くなると決めたのだ。悠仁くんがそんな後悔を抱かなくて済むように、むしろ頼もしいと思ってもらえるように。
力は、無いより有る方がいい。その分より多くの選択肢を選べるから。
「ふっふっふ。だがしかし、それは紐束縁の等級だからね。紬ちゃんはそれ以上を目指しますよ。」
「オレも負けてらんねー! ねーちゃん、どっちが先に特級なれるか勝負な!」
「特級は……無謀じゃないかな義弟よ……」
そういうわけで、明日からわたくし、糸田#NAME4###は。
用務員兼、悠仁くんの義姉兼、呪術師としてやっていきます!