9、本音
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この小説の夢小説設定 過去に呪術廻戦の世界へトリップしたことのある主人公が、もう一度トリップしてみたら自分のポジションに成り代わる人間がいた。
べつにそれに対しては笑い話で済む話だけどちょっと待って??過去の友人とイチャイチャ??気持ち悪いんでやめてもらえません???
これは、主人公が自分の立ち位置を正しい場所に戻すために奮闘する物語である(?)
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「続いて、人的被害です。」
2級術師3名、準1級術師1名、補助監督5名、忌庫番2名が、身体を生きたまま改造され死亡。
「そして、別の特級呪霊の呪いを受けた用務員1名が、意識不明の重体です。」
『硝子〜……』
『お、漸く来たか。糸田……』
校舎に着き、悠仁くんと東堂くんと別れたわたしは、最後の力を振り絞って硝子の元へやって来た。扉を開ければ中で待機してくれていたのだろう硝子が、わたしを見るなり言葉を無くしていた。
あー、これは話には聞いてたけど予想以上だったってことかな?
『パンダから事情は聞いてる。が……また随分育ったな。』
『ははは……これ花になったら死ぬと思う?』
『少なくとも、呪力はゼロになるだろうな。』
言葉は冷静なままだけど、駆け寄ってきてくれた硝子はわたしの左腕を肩に乗せベッドまで運んでくれる。漸く座れたことに安心して、わたしはそのまま倒れ込んだ。
『全く、無茶をするなお前は。』
『だって……悠仁くん達にこんな弱ってる姿、見せらんないよ。』
だから、わたしは彼らと別れる最後まで自らの足で歩き、へらへら笑顔でいた。それもこれも、全てはわたしのくだらないプライド故だ。
『学生達はみんな無事? 京都校の子達も。』
『一人重傷だが、命に別状はない。他の奴らも元気なものだ。』
『そっか……よかったあー。』
言外に、一番重傷なのはお前だと言われたような気がして苦く笑うものの、横になったら一気に眠気が来て上手く頭が回らない。閉じそうになる目をなんとか開けていようと頑張るわたしに気付いてか、硝子に頭を一度撫でられその細い手で目元を覆われた。
……あ、駄目だ。これはホントにオチる。
『硝子……おてつだい、できなくてごめんね……』
『気にしてない。その間、紬は紬なりに学生達を助けていたわけだしな。』
『あのね、実はね……』
だから、わたしは自分が何を言いたいのか、何を言ったのか、自覚しないまま意識を手放したのだった。
◆
「『こわかった』だとさ。そりゃそうだろうな。紬は呪いが視えるようになってまだ間もないんだから。」
糸田紬の処置を終えたらしい硝子から呼び出されたのは、その日の夕方だった。僕と傑だけを呼び出したが、縁も着いていくと言って聞かなかったため一緒に連れていくと、少し疲れを滲ませた硝子は縁を一瞥だけして改めて僕らへ向き直った。
「えー? でもぉ、その人自分から帳の中に入っていったんでしょ?」
「悟から聞いた話では、疑われたところを脅して逃げたんだろう? 自業自得じゃないか。」
縁と傑の言うことは尤もだ。あの女はあろうことか、僕の股間を握り潰して脅迫じみたことを言ってきたんだ。そして僕から逃げるように、帳の中へ飛び込んだ。それで怪我をしようが戦いに巻き込まれようが、僕らの知ったところではない。
「……じゃあ、あいつの首の跡はお前か。五条。」
知ったこっちゃない。そう思うのに、なんで僕は硝子にここまで睨まれなきゃいけないわけ?
「そりゃ、ちょっとくらい痛めつけるよ。あの女は容疑者なんだから。」
「でも、捕まえた敵の男は糸田紬を知らなかったんだろ? それで十分疑いは晴れただろう。」
「敵の言うこと信じるの? 嘘を吐いてる可能性だってあるでしょ。」
そんなことがわからない硝子じゃないはずなのに、どうしてこいつはここまであの女の無実を訴えてくるんだろうか。
「虎杖の義姉だぞ。お前はそれさえ疑うのか。」
「それは……」
「あっ、それなんだけどぉ。」
悠仁の名前を出されると弱い僕が押し黙ると、隣から縁が可愛く挙手しながら口を開く。それはさながら、名探偵が謎解きをして犯人を追い詰めていくような口振りだった。
「あの人も一応、トリップしてきた人じゃない? それこそこの世界に来る前、悠仁クンの義姉だって『設定』したんじゃないかなぁ?」
「なるほどね……。自分がそうしてこの世界に来たから、縁も何か『設定』したんじゃないかって疑っていたのか。」
「そーいうこと!」
悠仁クンかわいそう〜! と悲しげに目を潤ませる縁を抱き寄せて慰める傑に先越された! と悔しく思いつつも、大切な彼女の推理が正しいような気さえしてきて「そういうことじゃない?」と硝子に返す。
おい、なんだそのドン引きした顔。縁が正解出したからって悔しがってんのか?
何かに耐えるように長い溜め息を吐いた硝子は、「……じゃあ仮に、」と話を続けた。
「紬が、虎杖の義姉だと『設定』したとして。今回の騒動を起こす理由はなんだ。」
「そんなの知らないよぉ。悟達に冷たくされて怒っちゃったんじゃない?」
「自分で事を起こしたとして、学生達を助けた理由は。」
「好感度をあげたかったんじゃない?『ほらわたしみんなを助けるよ! 凄いでしょ?』って。」
「それで、自分が死にかけているとしても?」
「それはぁ……」
「答えられないのなら、これ以上口を挟まないで貰えるか。〝紐束〟。」
「何その言い方ぁ! 硝子ヒドくない!?」
「そもそも私は、五条と夏油だけを呼んだんだ。紐束と話すつもりは毛頭なかったんだよ。」
「……ッ! もういい!! 硝子なんて嫌い!」
彼女達の言い合いに口を挟めず大人しく聞いていることしか出来ずにいると、硝子の言い方が癪に障ったのだろう、だんだん苛立たしげだった縁はとうとう部屋を出ていってしまった。それを僕と傑は追いかけようとしたけど、いつもより声を数段低くした硝子に「まだ話は終わってない」と言われてしまいおずおずと再度椅子に座り直す。
……この状態の硝子には逆らわない方がいいと、長年の付き合いからよーくこの身に染みていたからである。
硝子は、また大きく溜め息を吐き出していた。
「……私はとっくに嫌いだよ。」
小さく呟かれた言葉は、上手く聞き取れなかった。
「……珍しいね。硝子が縁と喧嘩なんて。」
「そうかもな。」
傑の言葉にもそっけない。
「それに、いつから名字で呼ぶようになったんだい? ずっと名前で呼んでいただろう。」
「今はそんなことどうだっていい。本題に戻るぞ、〝特級〟殿」
切り替えるようにそう言われてしまえば、僕も傑もこれ以上縁とのことを聞けなくなってしまった。まあ、確かに。それは後ででもいいか。
「紬は、虎杖を助けるために帳の中へ入った。途中出会した真希の応急手当をして、伏黒に根付いていた呪いを自分の身体に移した。呪力を吸われ続け、身体に根が張る激痛に耐えながらも、あいつは虎杖の元へ走り続けた。戦いが終わったあとも、気を失うまでずっと学生達を心配していた…——それが全てだ。」
「何処ぞの教師達より教師らしいことをしているな? 用務員なのに。」と真っ向からの嫌味に、僕も傑も何も言えずにいた。
「確かに、自業自得だな。弱いのに助けに行くとか馬鹿げてる。……が、今のお前達があいつを責められる立場にあるとでも?」
どうしてもあいつを責め立てたいなら、糸田紬が敵であるという証拠と、呪術師としてあいつよりちゃんと働いてから文句を言うんだな。
硝子は、ヒステリックに叫ぶことはしない。ただただ淡々と、怒りを正論に乗せてぶつけてくる。そんな相手にこちらが怒鳴り散らすのは、もうその時点で負けだし、今は何より——その正論がグサグサと胸に突き刺さるというもので。
「いつもヘラヘラしてる紬が、初めて零した本音が『こわかった』だぞ。それが五条に対してなのか、呪いに対してなのか、自分が死ぬことに対してなのかはわからないがな。——その意味をよく考えろ、クズ共。」
縁も怒らせると怖いが、あの子は抱き締めてキスをすればすぐに機嫌を直してくれるから打つ手はある。
けど硝子は、その手が通用しない。しないからこそ……
「「ゴメンナサイ。」」
「謝る相手が違うな?」
素直な謝罪も、にべもなく扱われ僕達は途方に暮れるのだった。
◆
目が覚めると、そこは暗くて。カーテンの隙間から洩れる月明かりが、わずかに部屋の中を明るく照らしていた。
おん……? わたし生きてる……? なんて頭に疑問符を浮かべながら上体を起こすと、右腕は首から吊るされるように三角巾が付けられていた。
あ、だから起き上がるの大変だったのねと遅く理解したところで右肩を見てみると、そこには存在感たっぷりだったあのナハナハはいなくなっていた。どうやったかはわからないけど、硝子が取り除いてくれたんだろう。全くあの子には感謝しかない。復活した暁には飲みに誘いたいと思います。
そう思いながら部屋の中を見渡してみると、見覚えのある場所ということに気が付く。夜の保健室ってこわ……あ、でも高専には呪霊は出ないから安心か。きっと幽霊とかも出ないだろう。……出ないよね?
身震いする身体を摩っていると、サイドテーブルに置かれているものに気付いた。「起きたら連絡するように。」と書かれたメモと携帯端末、スポーツ飲料とサンドイッチ、そして小さな飴玉がひとつ。
既視感のあるそれを見つめ、数秒。込み上げてくる笑いに、わたしは噴き出して小さな声で笑った。そしてちょっとだけ、泣いた。
既視感も何も、わたしが高専時代、怪我をして帰ってくるたびに今回のような光景がいつもあったからだ。
硝子からのメモ、傑からの軽食、悟からの飴玉。天邪鬼な三人の級友たちからのお見舞いの品は、いつもわたしを元気にしてくれたのだ。
「はははっ、やめてよもう……勘違いしちゃうじゃん。」
今の三人は、これらをどんな気持ちで置いたのだろう。今のわたしは糸田紬で、三人と青春を過ごした思い出なんてない、赤の他人なのに。
まさか思い出した? いや、わたしの成りすましがいる時点で、それは有り得ない。しかも悟と傑は一番、彼女を紐束縁と思い込んでいる。そんな簡単に催眠が解けるとは思わないし、設定が覆ることもないだろう。いや、よく知らんけど。
だから、期待してはいけない。きっとこれは、糸田紬の敵認定がなくなりただの悠仁くんの義姉として認めてもらえたとか、そんなところに違いない。
だから、期待するな。わたし。
でも、今だけは。過去を懐かしんで泣くことを、許してほしい。
◇
「マジでなんなの、この女。」
泣き疲れて、再び寝てしまったわたしの耳は、誰かの声を拾っていた。
「死ねばよかったのに。」
でも意識は、既に夢の中。だから、部屋に来た誰かのことも、その誰かが吐き出した憎々しい声も、認識することはなかった。
◇
次に目が覚めてからというもの、いやー騒がしいったらない。
「ちょっと紬さん! 虎杖と義姉弟ってホントなの!? こんなのと!」
「〝こんなの〟ってひどくねえかな!?」
「俺から移したあの芽、めっちゃ成長したって聞いたんすけど。本当に大丈夫なんですか? 紬さん。」
悠仁くん含めた一年生から始まり。
「よしよし、ちゃんと生きてたな。」
「しゃけしゃけ。」
「ったく、用務員が無茶するなよな。まあおかげで、治療も短く済んだけどよ。」
「真希はこんなんだけど、めちゃくちゃ心配してたからな。」
「しゃけしゃけ。」
「ッだー!! ウルセーよパンダ! 棘!」
まさかの二年生まで集まってきたことで、保健室はてんやわんや。五人と一頭にベッドを囲まれてしまえば、わたしはもはやどこにも逃げることは出来ないでいた。いや、逃げる理由もないんだけど。
いやあ〜、若いって凄い。パワーが溢れてる。彼らよりひと回りほど年上の身としては、もうみんなの存在自体が眩しくて仕方がなかった。
「えーっと、じゃあ全員揃ってることだし、改めて自己紹介しようかな。」
とりあえず、この騒ぎを落ち着けなくては。そう思いながらわたしは悠仁くんを隣に呼んで、みんなと向かい合わせるようにした。
「一度目のトリップの時、わたしは虎杖家でお世話になってたの。だから悠仁くんとは、義姉弟みたいな関係です。」
「はい! 義弟の虎杖悠仁でっす!」
「どうせなら、悠仁くんがみんなと合流してから事情を話した方がいいと思って悠仁くん生存を黙ってました。ゴメンナサイ。」
「ほんとスミマセンでした!!」
「だからこれからは、用務員兼悠仁くんの義姉として、よろしくお願いします。」
「しアース!」
そう言って悠仁くん共々ぺこりと頭を下げると、みんなからは何故か溜め息が降ってきた。あれ? 微妙な反応だな……?
「確かに、こうして見ると似てなくもないわね。」
「そういえばノリが一緒だったな。」
「あーわかる。だからデジャヴ感じてたんだ。」
野薔薇ちゃんと伏黒くん、悠仁くんの同級の子達からはなんか納得されて。
「じゃあ昨日帳の中に入ってきたのは、義弟を助けに行くためだったのか?」
「そうらしいな。」
「こんぶ……」
「全く……それで死にかけるなよ。悠仁が悲しむぞ、紬。」
真希ちゃん、パンダ、狗巻くんに静かに諭され、わたしは「あ、ハイ。スミマセンデシタ。」と素で謝ってしまうのだった。
あれ、わたしみんなより年上だよな??
◇
「で、明日は野球をやると?」
「そう! こんな時だからこそって、五条先生が。」
一通り騒いだ学生達は、明日のために身体を休めるといって保健室を出ていった。まだ完全復活ではなかったにも関わらずこうしてお見舞いに来てくれたことに嬉しいやら申し訳ないやら、でもやっぱり嬉しい気持ちが勝りほこほこした気持ちでみんなを見送った。
そうして部屋に残ったのは悠仁くんだけとなり、義姉弟水入らずで他愛ない話をした。
その中で聞いた、今回の騒動のあらまし。まさか亡くなった人がいたなんて思わなかった。
「でも、わたしも五条さんと同意見かな。子供達が元気でいる姿を見るのは、大人にとって活力になるから。」
「そーゆーもん?」
「そーゆーもん。呪術師っていったって、悠仁くん達はまだ守られる側の人間だよ。」
「なんかねーちゃん、ナナミンみたいなこと言うね。」
「ナナミン! わたしも昨日会ったよ。」
それから建人や雄のことを互いに知っているという話になり、後輩だったことを明かせば「五条先生の後輩ってことはそうなるか!」と合点がいったように悠仁くんは笑った。
「わたしのことを覚えていなくてもちゃんとした対応のいい大人になっていた」と涙ながらに語るわたしを見ては、苦笑いになってたけど。
「じゃあ明日は、わたしのことも気にせずに青春を謳歌してきてちょうだいな。」
「ねーちゃん、観にこねーの?」
「本当はむちゃくちゃ行きたいんだけど、硝子の診察をもう一度受けないとなんだ。……って言ってもわたしはもう大丈夫だし、今からどうにかなって死んだりしないよ。だから安心して楽しんできて。」
「安心して……」
そこで、さっきまで穏やかだった雰囲気がピリ、と変化した。そのことに気付きあれ? なんか地雷踏んだ? と思った時には、悠仁くんは真剣な表情を浮かべてわたしを……わたしの首を注視していた。
包帯が巻かれたその奥にあるものを、学生達の中で知っているのは悠仁くんとパンダだけだ。
「……なあ、ねーちゃん。あん時はそれどころじゃなかったから深く聞かなかったけど。」
——ああ、なんてことだ。
「ねーちゃんの首締めたの、誰?」
この子はこんなにも、怒っていたのか。
わたしは、わたしのせいでこの世界の人達が仲違いするのが嫌だ。
「ナナミンと灰原さんがそんなことするはずないし、京都校の奴らがやる意味がない。……ねーちゃん、今まで五条先生のこと〝白髪さん〟って呼んでたよね?」
だがしかし、これは……もう結構隠しておけないところまできてしまったような気がする。
「いつ五条先生に名乗られたの?」とわたしとの今までの会話を、騒ぎの前と比較して見事相違点を突いてきた悠仁くんには天晴としか言えない。ちゃんと他人の話を聞けるいい子! と褒めちぎりたいけど、今ばっかりは聞き流してほしかったなァ! と文句を言いたい。理不尽だから言わんけど。
と、わたしが現実逃避をしている数秒も待っていられないのか、悠仁くんは椅子からベッドに腰掛け、わたしへと手を伸ばす。そっと包帯越しに触れられた手の感触に、無意識に身体はビクリと震えてしまった。
もちろん、悠仁くんが怖いわけではない。ただあの時のことは、ちょっとトラウマになってしまっているだけで。
「…——」
わたしのその反応を見てか、悠仁くんは辛そうにきゅっと眉を寄せるだけでそれ以上の追及はしてこなかった。
代わりに「こわかった?」と静かに優しげに問われてしまえば、わたしの弱い部分が刺激されじわりと視界が滲んでいく。
「……こわかった、」
「ん、そうだよね。」
一体、何に対しての〝こわかった〟なのか。悠仁くんの質問の意図もわからずただ本音を零すと、首を触っていた手がそのまま背中に回り、そのままゆっくりと抱き竦められた。
ぽん、ぽん、とあやすように叩かれる背中にまた涙腺が刺激されたが、涙だけは流すまいと心に決める。そんなわたしに気付いたのか、さっきまでのピリついた空気を出していた悠仁くんはふは、と笑った。
「義弟の前でくらい、泣けばいいのに。」
「わたし、こう見えて大人なので。」
「映画では余裕でガチ泣きすんのに。」
「な゛がな゛い゛も゛ん゛」
「ハイハイ。」
わたしの頭に顎を乗せて笑うから、その振動が身体に響く。それが心地好くて、やっぱり悠仁くんは笑顔が一番だなあと再認識しつつ、わたしは鼻をすするのだった。