五条、鶴丸
name
×刀剣乱舞のクロスオーバー名前は(あるけど)一生呼ばれません。
何せ審神者ですから。
呪術界のみんなと刀剣オタクの家に産まれた審神者と審神者過激派の付喪神達がわちゃわちゃしてる。
※勢いで書いているのでいろいろ設定がゆるい。
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『ごじょ先輩、しばしのお別れです』
卒業式当日。そう言って朗らかに笑う彼女の瞳には揺るがない覚悟が見えて、寂しくなるな、なんて我儘は口に出せる筈もなかった。
五条悟には、夢がある。
しかしその夢は、最強の呼ばれる彼の力を持ってしても簡単に叶えられるものではないことを自覚していた。
だから彼は自ら教える立場に回り、後進を育て、仲間を得るために画策している。徐々に必要なピースが集まり出す中、五条は頃合いを見て審神者を迎えに行った。それが三ヶ月前のことだ。
審神者と名字家の問題は学生時代に聞いていたし、今、審神者の意識がこちらに無いことも五条は知っていた。それにしたって片手じゃ足りない程の長い期間を生得領域の中だけで過ごすなど大分馬鹿げている。しかしそれが可能なのは、審神者ならではと言っても過言ではないのだろう。
五条の訪問に良い顔をしない名字の人間や使用人達を押し退け家屋に入り込み、審神者の呪力を頼りに奥へ奥へと進んでいく。後ろから追いかけてきた体格のいい護衛に肩を掴まれそうになるもの、発動させていた〝無下限術式〟によってその手は五条に届くことはない。そうして誰にも止められないまま、五条は最後の部屋に通じる襖を開け放った。
そこには、未だ眠りについたままの後輩の姿があるものだと思っていた。五条も、名字の者もだ。
しかし部屋の奥、畳の上に敷かれた布団に彼女の姿はなく。
『——なんだ。随分騒々しいな』
部屋の壁を丸くくり抜いた窓の縁に座る、女が居た。
顔つきは審神者のものであるその女は、しかし五条の記憶と合致しなかった。学生時代、審神者の髪と瞳は漆黒だった。であるにも関わらず、今目の前にいる女の髪は自分と同じように白く、愉快そうにこちらを睨めつける瞳は珍しい金の色をしている。……審神者の肉体に、別の意識が入り込んでいると気付くのに時間はかからなかった。
『つっ、鶴丸国永様……!!』
付喪神の誰かなのだろう、そこまでは直ぐに理解した五条であったがそれが誰なのかまではわからなかったが、その答えは彼のすぐ後ろの声が教えてくれた。顔だけを後ろへ向けると名字の者達は一同に顔を青褪めさせ、我先にと廊下の床板へ額を押し付けていた。その姿はまるで恐怖し慄いているもので、五条の予想していた態度と違うことに内心首を傾げる。
自分へ頭を下げる人間をさして興味がないとでもいう態度の女……鶴丸は、一瞥だけくれて『下がれ』と告げた。
『俺は五条の坊に話がある。君らは要らない』
『はっ、はい!』
まさに、鶴の一声。蜘蛛の子を散らすように慌ただしくこの場から離れていく足音を聞き届け、部屋には五条と審神者の肉体に入り込んだ鶴丸だけとなる。足音が完全になくなったところで、先に口を開いたのは五条の方だった。
『……その呼び方、やめてくれない? 僕ももういい大人なんだけど』
『何、俺達からすれば人間なんて全員童みたいなものだからな』
『ハッ、じゃあその歳に相応しく呼んでやろうか。おじーちゃん勝手に現世に出てきちゃダメでしょその徘徊癖どうにかしな』
『俺は別に認知を患っているわけじゃないぜ』
『マジレスすんなよ』
『坊こそ、口調が乱れているぜ?』
暖簾に腕押し、糠に釘。こちらの中傷をものともしない態度は、流石千年以上存在する神様だとでもいおうか。だが気に入らない相手には変わらないため、五条の口調が昔のものになるのは仕方の無いことだった。
鶴丸国永。この付喪神とは審神者を介し学生時代からの顔見知りではあったが、何分相性が悪かった。周りから見れば同族嫌悪と言われる程に一人と一振はその容姿も内面も似通ったところが多いのだが、五条は未だに認めてはいない。鶴丸の方はといえば、愉快そうに笑うだけだったがその腹の中は見えず、それが余計五条を苛立たせていた。
兎にも角にも、自分は審神者に用があってここに来たわけで、神の戯れに付き合うつもりも時間もない。中傷が響かないなら流すまでだと五条がかぶりを振っていると、意外にも相手から話を切り替えられた。
『……で、君は何しに来たんだい? この子の見舞いってわけじゃあないんだろう?』
今更ではあるが、審神者の身体に着せられているのは薄手の襦袢のみだった。寝たきりだったのだからその程度の様相なのは納得できるが、わざとなのか気にならないのか帯が緩いせいで肌が惜しげもなく晒されている。定期的に点滴などで最低限の栄養は入れられているのだろう、その身体は痩せてはいるが五条が最後に見た時より女性らしくやわいまろみを帯びていた。
膝に頬杖をつき、敢えて見せつけるように前屈みになりながら問うてくる鶴丸に、五条は目隠しの奥で不快げに目元を歪めた。
審神者は、五条の大切な後輩である。鶴丸にとっても、大切な主のはず。だというに、その身体を本人の意識のないところであられもない姿にするのは、酷く気分が悪かった。
五条は後ろ手に襖を閉め、薄暗い部屋に二人だけの空間を作り上げる。審神者の痴態を他者に見せないためと、これから話す内容を聞かれることを防ぐために。
『……いい加減、起こしに来たんだよ。そろそろ呪術師として動いてもいいだろ』
『呪術師なんて替えが効くくらいの人数は居るんだろう? 〝審神者〟になれるのは唯一、この子だけだぜ』
『その本人が呪術師にもなるって言ってんだ。オマエらカミサマの都合なんて知らねえよ』
あと呪術師は万年人手不足だと内心で反論を返す五条を、鶴丸は愉快そうに目を細めつつも『俺達の都合、ねえ……』と声を落とす。
『それを言うなら、主を呪術師として、と言うのも君の都合じゃないかい?』
『……あ?』
『確かに主は審神者と呪術師の両方を担うつもりでいるが、そう思うようになったのは君と出会ってからだ。君の言う〝夢〟とやらに感銘を受け、それまで一族に敷かれていたレールから外れた。……でもそれは、本当に主が決めたことなのかい?』
『何が言いたい』
『いや何、君が語る夢や振る舞いは、まるで他者を洗脳しているように見えるだけさ』
洗脳。思ってもみなかった言葉に、五条の思考は一度色を失くしたように真っ白に染まった。
審神者は今、貴重な若気の頃を己の領域に閉じこもり、より良い呪術師になるために血なまぐさいことを学んでいる。
五条が今教鞭を取っているのだって、より良い呪術師を育て上げゆくゆくは呪術界に影響を与えるような人材を作るため。
——すべては、五条悟にとって〝都合のいい人間〟にするために。そこには本人達の意思は存在するのか?
『主をこちらに戻したいのだって、結局は君が呪術界とやらで有利になるよう手元に置いておきたいだけだろう? 〝審神者〟の力は君らにとって未だ謎が多いだろうが、強大であるのは確かだからなあ。いやはや全くもって…——人間とは欲が深い』
笑みは愉快から嘲笑へ、饒舌に語っていた鶴丸だったがその言葉を最後にすとんっと表情が抜け落ちる。金の瞳も感情がなくなり、その視線は五条を見ているようで何も見ていないような、男の背後にある襖を見ているような、なんとも定まらないものに変わる。
——先程から険悪な雰囲気が充満していた部屋の中に、ピリッと走ったのは何か。
『そんなもののために、主を現世へ戻すわけにはいかないな』
それは、いっそ透き通るほどに純粋な〝殺意〟だ。
ゆうるり、回転を始めた思考回路の中で、五条は悟った。
刀剣に魅入られた名字の一族は、付喪神が宿った際それはもう歓喜したと聞いている。だというに、先程の審神者の肉体に鶴丸が居るとわかった時の、あの怯えよう。その矛盾点と今全身に浴びる殺意を照らし合わせて、五条は漸く答えに辿り着く。
——名字の者達は、神を怒らせたのだ。
呪われていないだけ、奇跡かもしれない。そしてこの付喪神達が怒る要因は唯ひとつ、審神者であるこの後輩だ。恐らく彼女に対し何か言ったか、何かしたか……まあ何かしら逆鱗に触れることをやらかしたのだろう。正直「何かをした」場合五条も一族を許せなくなるが、既にたっぷりと灸を据えられているのを見るに、それは今更というやつだ。
『……なあ、最強の呪術師とやら』
それに今、五条が対峙しているのは紛うことなき神様だ。そちらに集中しなければ、流石の五条も怪我をするだけでは済まないかもしれないのだ、余所事など考えている暇などない。
『あの子は、我が主は、このままでいいと思わないか?』
恐らく、これが最後の問答になるだろう。
『様々な柵から解放され、何不自由なく、彼女のことが大好きな俺達と共に過ごしていく』
答えを誤った時には、神を相手に自分が殺されるか、相手を祓うか、どちらにしろ片方はこの世からいなくなる。
『それはきっと、彼女にとって幸せな人生になる——そう、思わないかい?』
『……僕は、』
だからようく、真剣に考えて、五条が出した答えは。
『————————』
「ごじょ先輩?」
不意な呼びかけに、五条ははっと我に返る。見える景色は自分の部屋で、目の前には彼を独特な呼び方で呼ぶ審神者の姿。黒い髪、黒い瞳、細身なのは変わらないものの、三ヶ月前とは違いしっかりと筋肉がつき、健康体そのものといった綺麗な体躯をしている。
「どうしましたぼうっとして。白昼夢でも見ました?」
ああ、あの子だ。あの子が〝居る〟。自分の大切な後輩、大切な仲間、大切な…——。
感動にも似た何かが五条の身体を駆け巡り、ほぼ衝動的に目の前の身体を抱き竦める。長身に相応しい長い腕で審神者の身体はすっぽりと囲われてしまい、しかもお構い無しにぎゅうぎゅうと力を込めるものだから、審神者からしたらたまったもんではない。苦しいが、何となく今は何を言っても聞いてくれないような気がするので、審神者は少しだけでも苦しくならない体勢に直して、五条の腕の中に収まっていることにした。
——さっきまで、普通に近況報告してただけなんだけどなあ。
宿儺の器の少年のこと、今の高専生達のこと、今後の自分の身の振り方や呪霊との戦いのあれこれについて話を重ねていたのだが、ふとした時に相手が黙り込んだのだ。たった数秒だったが少し心配になった審神者が呼び起こすと驚いたような反応を見せたことから、五条の意識はどこかへ行っていたのだろう。
帰ってきた、と思ったら急に神妙な——まるで親に置いていかれた子供のような寂しさとか悲しさを形容したような顔つきで抱き着いてこられたら、そりゃあ抵抗なんてできないだろう。審神者はそこまで鬼ではないのだ。
まるであの時みたいだなと、審神者は少し前の記憶を遡る。
『もういいんじゃないか?』と鶴丸に促され、七年ぶりにこちらの世界で目を覚ました時。最初に目に映ったのは、今日と同じく五条であった。目隠しをしていたから定かではないが、審神者と五条の視線がかち合ったと思えば彼の眉間と口元にきゅっと皺が寄り、その表情の意味を問う前に抱き締められたのだ。
五条のそんな弱った姿を見るのが二回目だった審神者はそりゃあ驚いたものの、何となく自分を思ってそんな風になってるのがわかり、不躾にも嬉しいと思ったことを思い出した。
「……審神者」
「はいはい、何でしょう?」
まあこの人、昔から感情をすぐ表に出すような人だったしな。なんて審神者がのんびり考えていると、ふと五条に呼ばれる。すぐに返答したものの相手から言葉の続きが聞こえてこなくて首を傾げていれば、むに、と腰の辺りの肉を摘まれ「は?」と素っ頓狂な声が出た。当然だろう。シリアスムードから急に贅肉を摘まれるとは誰も予想できやしない。
「……高専で寝転けるオマエを、僕がどうやってここまで連れてきたと思う?」
「え、それはこう……伊地知くんに運ばせて?」
「僕がっつってんでしょ。……お姫様抱っこで連れてきてあげたの」
「へ、へえ? それはそれは……ありがとうございます?」
意図が読めず、とりあえずといった感じでお礼を伝える審神者に何を思ったか、するりと動いた腕はそのまま腹の肉を摘んできた。
「なんで疑問形なの? 超重かったんだけど? オマエこの三ヶ月でどんだけ体重増えてんだよ」
「そ、そりゃ確かに体重増えましたけど! でも貧弱だった筋肉をリハビリで標準に戻しただけですよ!?」
贅肉に関しては、女特有の性質なのでしょうがないですね! と言い切る何故かちょっとドヤる審神者の脳天に、五条の頭突きが直撃する。「いったあ!」悲鳴とともに頭を抑え崩れ落ちる審神者の身体を抱え直す中、五条は自身の子供じみたちょっかいの出し方に自分で引いていた。
——審神者の肉体がちゃんと生きているという実感に感動しただなんて。とてもじゃないが言える筈もない。
三ヶ月前の記憶が過ぎった所為で、当時の審神者の身体のシルエットを思い出し不安になっただなんて……あの薄気味悪い金色ではなく、キラキラと光を反射する黒が自分を見ていることに安堵しただなん、て。そんなの、口が裂けても言えやしない。
「ごじょ先輩、これセクハラって言うんですよ!」
「どうせ訴えられるんなら、言い逃れ出来ないくらい余すところなく触ってやろうか?」
「え、怖……」
「ガチで引くなよ」
五条は、審神者に聞きたいことがあった。言いたいこともあった。
鶴丸に言われたことは意外にも五条の心に突き刺さっていて、考えない時がない程だった。自分の抱く願いが、努力が、ただの傲慢でしかないのかと、それを良いように甘い言葉で周囲の人間を巻き込み、敵を作り上げ、世界を知らない子供達に己の方が正しいのだと教え込む。……それを騙しているのだと言われると、どうしてか否定できなかった。自分でも否定できないことを、信を置いている同期や後輩、生徒達に知られるのが怖いのだ。
「……っ、」
また思い詰めてしまいそうな五条の頭を、審神者がそうっと撫でてくる。はじめは遠慮がちだった手の動きは、五条が止めないことをわかると二度、三度と続けて動かされる。いい大人の年齢になり、背の高い彼が頭を撫でられるような事象はほとんど無いに等しい。ましてや、彼の術式上他者に触れられること自体が少なくなった。
だから有り触れた行為にも関わらず新鮮さを覚えて、瞳の青が丸く映し出される程その目は見開いていた。
「ごじょ先輩、何か言ってほしいことはありますか?」
そうして暫く、互いに黙り込んだまま五条が審神者の手を受け入れていた。その手の心地よさに五条の波立っていた心も次第に落ち着きを取り戻していく。そんな折に、審神者は声色を変えずにそう問いかけたのだ。
「……そういうのって普通、察して言ってくれるんじゃないの?」
「そんなカッコイイこと出来たらいいですけど……残念ながらわたしはエスパーではないのですよ」
審神者は、五条が何に思い悩んでいるのかを知らない。だから頓珍漢なことは言えないし、良かれと思って当てずっぽうに言ったことがかえってプレッシャーを与えてしまったり不快な気持ちにさせたり、間違った意図で受け取られてしまうことだってあるのだ。
言葉には、言霊が宿る。その意味を正しく理解している呪術師だからこそ、迂闊なことは言えないと思った。
「わたしは貴方ではないので。だから、貴方自身が望むものをあげたいんですよ」
からりとした微笑みは、背後でくっつき虫の五条からは見ることが出来ない。しかし容易に想像することが出来る。だからか、その笑顔を見るといつも身体の力が抜けていたという過去の経験が、五条の強張りを解いていく。
審神者の肩に顎を乗せた五条は、間近にあるその耳に直接吹き込むように、言葉を連ねていった。
今の五条悟が、審神者に望むものを。
「五条先輩カッコイイ」
「ごじょ先輩、かっこいい」
「五条先輩超強い」
「ふふ、ごじょ先輩、超強い」
「……名前呼んで」
「悟さん?」
「大丈夫って言って」
「大丈夫ですよ悟さん」
「傍にいるって、」
「……」
「もう俺から離れないって、言って」
審神者の脳裏に、とある一人の男の姿が浮かんだ。その人は審神者の先輩で、五条の親友で、そして道を違えた人。三ヶ月のリハビリの間、自分の居ない七年間に起きた出来事を聞いていた中にあった、男の死。致命傷を与えたのは五条の教え子だそうだが、止めを刺したのは五条自身だったと聞く。
最強と呼ばれる男にも、軽薄な装いのその内に拭いきれぬ負の感情が犇めき合っているのだろうなと、懇願にも似た声から感じ取った審神者はおもむろに五条へと向き直った。
両手で頬に触れ、額と額をくっつけると、ただ目を閉じて言葉を復唱した。
「——お傍にいます。貴方の元で、わたしはわたしの大切な人達を守ります」
五条に言われたからじゃない。これは審神者の本心から出た言葉だ。
「貴方が、悟さんが、悟さんでいてくれる限り。わたしの命が尽きるその時まで、離れることはしません」
それは誓いの言葉だ。五条に誓いを立て、自分で自分を縛る、呪いの言葉だ。〝縛り〟を破ればどうなるか、呪術師である彼らはようく理解していた。
「——馬鹿だね、オマエ」
大切な後輩の想いは、正しく五条に伝わったようだった。
『——僕は、今のままでいいとは思わない。』
『確かに現世には、悲しいことや苦しいこと、辛いことが腐るほどある。でもそれも全部引っ括めてその子の一部になる。決して悪いものではない。』
審神者は〝審神者〟である前に、この世に生を受けた〝人間〟なのだ。
『不変の場所に居たって、刺激がなくて退屈なだけだ。——そんなの、面白くないでしょ?』
あの時の答えが、正しかったのかどうかはわからない。
「馬鹿だね、悟さん?」
「今のは真似なくていいよ」
「はあい」
「……ね、審神者」
「?」
でも、五条は生きていて、あの白い神も生きていて、この子が現世に戻ってきた。今はその事実だけで、構わないと思えた。
「好き、って言って」
「へ?」
「五条先輩好き好き大好きめっちゃフォーリンラブ〜〜! ……って言って」
「や、正直そこまですきじゃないです」
「馬鹿正直か」
「ふふっ」
自分の夢が、願いが、他人からどう思われようが関係ない。今の呪術界がクソなのは変えようのない事実なのだし、変革を望んでいる人間は多いのだ。どうにかしたいと思うのは当然のことだとも言える。
審神者と付喪神達が盲目的であった名字家の意識を強引にでも変えたように、自分達も為さねばならぬ事なのだと、五条は改めて覚悟をする。
「審神者、僕は必ずやり遂げるよ」
「はい」
「手段は選ばない。その為なら生徒の死すら偽装する」
「ちゃんと、本人には説明してあげてくださいね」
「……オマエのことも、駒として使うかもしれない」
「〝守り人〟のお返しですよ。何なりと言ってください」
「……それは、僕が言わせてる?」
だが一歩、あと一歩というところで躊躇いの気持ちが湧いてきてしまった五条は、審神者の顔を覗き込むようにして様子を窺う。やはり過ぎってしまうのはあの白い神様の言葉で、僅かな不安が身体を包み込むように動きをぎこちなくさせていた。
そこで審神者は初めて、五条の悩みを察する。成程そういう事かと胸中で呟いて、すぐに「否」と答えるのだ。
「わたしがわたしの意志で、貴方の夢に賛同したんです。未だに呪術界のごちゃごちゃはわかっていませんが」
「わかってないのかよ」
「だってややこしいんですもん! ……でも、息がしずらいのはわかるから。それをどうにかしようと思うのは、人であれば当然の事」
人は、呼吸をしていないと生きていられない生き物だ。それに必要不可欠である空気が綺麗な方がいいと思うのは、ごくごく自然な事だろう。
「わたしは、新鮮な美味しい空気をたくさん吸って生きていきたいです。……こんな子供じみたことを、貴方はわたしに言わせたいんです?」
「いや……それは思ってもみなかったな」
「でしょう?」
だからこれは、審神者本人の気持ちであり願望なのだ。五条の思惑や打算で言わされたものではないのだと、眼前の笑顔はそう語っていた。
その笑顔に、五条はさとる。審神者がそう思っているからこそ、彼女の周りは常に心地好い空気が流れているのだと……傍に居て安らげるのだと。
審神者の肩に頭を乗せた五条は、深くふかく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
——ああ確かに、この子の傍は息がしやすい。
そしてクリアになった思考のおかげか、先程までの躊躇いや不安は、五条の中から消え去っていく。……不要なものが消え去って、彼の中に残ったものは。
審神者を離したくない理由がまたひとつ増えてしまったなと、五条は擽ったがる審神者を無視して彼女からは見えないところで口角をあげるのだった。