夏油(過去)
name
×刀剣乱舞のクロスオーバー名前は(あるけど)一生呼ばれません。
何せ審神者ですから。
呪術界のみんなと刀剣オタクの家に産まれた審神者と審神者過激派の付喪神達がわちゃわちゃしてる。
※勢いで書いているのでいろいろ設定がゆるい。
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「任務を失敗した私達への気晴らしのつもりで連れ出してくれたのに、とんだ災難だったよ」
夜蛾先生には同情するね、と控えめに笑うのは夏油傑。高専に入学した少女……審神者の二学年上の先輩だった。
「え〜、でもあれはごじょ先輩が悪いと思いまーす」
「確かに、挑発した悟にも非はあるけれど。審神者の短気も問題だったと思うよ」
「だって人の顔見て唐突に『ウッザ』って言い放ったんですよ? こっちだって『はっ?』ってなりません?」
夏油と審神者が今居るのは、高専内の道場だった。手合わせ中の二人は話しながらも互いに攻撃を繰り出し、防御し、受け流してはカウンターを仕掛ける。入学して季節が変わる頃には、審神者も夏油の動きについていけるようになっていた。
様々な条件の元、無事に高専への入学を果たした審神者が最初に学ぶ事になったのは、呪術界の基礎と御三家の歴史、審神者自身の体力向上と護身術だった。審神者の術式は付喪神……刀剣男士を実体化させ男士達本人に刀を振るわせるもの。それに加えて、これまで戦いに身を投じることなく名字の中だけで生きてきたのだ。審神者自身が弱っちいのも無理はなかった。
しかしそれは、呪術界では命取りになる。家入のように完全後方型であれば話は別だが、審神者は前線に出て戦いに赴く事を望んでいる。であるならば、優先すべき事は自然と決まっていった。
「でも、どうして急に初めて会った時の話を?」
「いや、ふと思い出したんだ。審神者の印象も随分と変わったし」
「こっちが素でーす、っよ!」
「おっと」
元来、勤勉家な審神者にとって高専に入ったのは正解だったようだ。ジャンルを問わず新しい知識を身に付ける事に喜びを感じ、出来る事が増えていく度にみるみる成長していった。名字の家から離れたのも大きいようで、どこか陰鬱な雰囲気が漂う高専内・引いては呪術界の中でも、彼女は楽しそうで自由だった。伊地知という初めての同年代の友達、夏油達三年や七海・灰原の二年の先輩達との関係が良好なのも、大きな要因だろう。
今みたいに、授業や任務の合間に先輩らに手合わせを申し込むのはよくある事だった。
「甘い」
「いった!?」
「まだまだだな」
見事カウンターを喰らった審神者が床に転がった事で、ようやく二人の動きが止まる。肩で息をする審神者に対し夏油は軽く息を弾ませるだけで、そこにはまだ二人の間に差があるのは明らかだった。
「今日こそ一本取れると思ったのにー!」
「はは、そんな簡単に取られちゃ困るな」
寝転がったままじたばたと暴れる様を、まるで小さな子供が玩具欲しさに抗議する姿に似ているななんて思い笑う夏油に、スっと白いタオルが差し出される。
「ありがとうございます。長谷部殿」
「フン、主のついでだ」
夏油が遠慮なくタオルを受け取った事を確認してから、へし切長谷部は審神者の元へ足早に向かい甲斐甲斐しく助け起こしている。更にその向こう、道場の端ではツナギを着て無精髭を生やした男・日本号と赤い縁の眼鏡をかけた少年・博多藤四郎が酒盛りをしながら騒ぎ立てていた。
「ほい! 俺の勝ちやね!」「ぐあ〜! オイ負けてんじゃねーよあんた! 負けちまったじゃねえか!」という声を聞くに、どうやら審神者と夏油の勝負を賭けていたらしい。無粋な神達である。
審神者の周囲には、必ずと言っていいほど刀剣男士達が傍に付いていた。護衛を兼ねて最低一振は顕現させているように、というのが条件のひとつであり、それは呪力コントロールの練習でもあった。顕現させているうちはずっとその付喪神に呪力を注ぐ事になるので、一度にどれだけの数をどれだけの時間顕現させていられるか、自身の限界を知るためのものでもある。
ちなみに、入学して今まで、彼女が呪力の限界を訴えたことはない。呪力量だけで言えば、夏油や五条をも上回るかもしれなかった。
「日本号、主を賭博の対象にするなとあれほど言っているだろう」
「ンだよ長谷部、お前さんだって主に賭けてただろうが」
「おいの一人勝ちじゃけんね!」
「長谷部……君もか……」
「も、申し訳ありません主……っ!」
この子が呪術師として育てば、〝最強〟となった五条より劣るとしても自分と同じくらいまでの強さになるのではないだろうか。汗を拭ったタオルにそのまま顔を埋めて、真白の世界で夏油はぼんやりと考えていた。
「ちょっとは気晴らしになりました?」
「ん?」
道場から高専近くにあるコンビニへ移動するのは二人が手合わせした時のいつもの流れで、負けた方が勝った方へ好きなものを奢る事になっている。とは言え夏油は後輩へ気遣いのできる先輩であるため、自分が食べたい物を審神者に買ってもらう代わりに、審神者の食べたい物を買って渡している。初めこそ「それじゃ罰ゲームにならない」と異議を唱えていた審神者だったが、習慣とは恐ろしいもの。今ではすっかり先輩の厚意に甘えていた。これが五条相手だった場合、奢らされるだけでなく彼女自身が買った物を横取りされているに違いなかった。
今は夏の頃、しかも動いた後となると、身体は水分を欲していた。二人は互いに好きなアイスを選び、交換してそれぞれ会計を済ませ、店の外でまた交換し合った。今日は賭けに一人勝ちした博多藤四郎も一緒で、二人と一振は並んで高専への道を歩いて戻っていた。
そんな折である。審神者が夏油にそう尋ねたのは。
「げと先輩、ここ最近はいつにも増して病んでるような気がしたので。任務以外で身体動かせば解消されるかなあと思ったんですけど」
博多と分け合ったパピコの容器を咥え空を見つめながら言われた言葉に、ガリガリ君を齧っていた夏油が目を丸くする。
「……私は、いつも病んでいるように見えるのか?」
「まあ、はい。初めて名字の家に来た時からそんな感じでしたけど」
「ええ……」
「それがげと先輩のデフォルトかと思ってたんですけど、灰原先輩に聞く限りどうやら違うようですし? だからと言って、わたしが知ってるげと先輩は今の先輩だけなので……そこに関してはとやかく言うつもりはないですけど」
〝わたしの知っているげと先輩〟が何かに悩んでいるようなら、気付いてあげたいじゃないですか。
人の事を勝手に病みキャラに位置付けていた事には物申したい夏油だったが、審神者の言葉には素直に嬉しいと思った。
審神者や灰原といった後輩達にさえ気付かれている所を見るに、きっと五条や家入も自分の異変に気が付いているだろう。それでも何も言ってこないのは、優しさかそれとも……。あのサングラス姿の男を思い出すと、自然と自嘲めいた笑いが込み上げてきた。
——いいや、悟は気付いてすらいないかもしれない。私を置いて一人で〝最強〟となったあの男には、もう自分の姿すら見えていないかもしれない。
そう考える自分の女々しさに、口角は吊り上がるばかりだ。
「げと先輩?」
「夏油しゃん、何か変なものでも食ったと?」
「ああ、いやゴメンゴメン。審神者を笑ったわけじゃないんだ」
審神者と彼女の付喪神から訝しげな視線を向けられた夏油は、一頻り笑ってから顔を上にあげる。見えた空の青さに、夏油は久しぶりに〝色〟を見たような心地を覚えた。
「……じゃあ、聞いてもいいかい? 審神者」
「はい?」
「今もし、審神者の目の前に二つの道があるとして。ひとつは正しい道、もうひとつは理想の道に繋がっているとしよう。君ならどちらを選ぶ?」
「比喩がざっくりすぎやしません?」
「そこはまあ、審神者の想像力に任せるよ」
「ええ〜?」
ずずっとアイスを吸って食べきった審神者は、そのまま空の容器をペコペコ動かしながら思案する。「そうですねえ」とぼやく審神者に手を繋がれた博多は、じっと夏油を見上げてくる。眼鏡の奥の瞳は彼を見定めているようなそれで、夏油はその視線から逃げるようにふいと顔を逸らした。
「正しい道では、わたしは幸せになれます?」
「うーん、どうかな」
「理想の道では、わたしは独りになっちゃうです?」
「……なるかもね」
「ふむ。そうですか」
幾度か質問を繰り返した審神者は、思ったよりも早く答えを出したようだった。空を見詰めていた審神者の目が、夏油を捉える。
「わたしは、例え今までの全てを捨てても。〝わたし〟が幸せになれる道を選びますかね」
正しくとも自分が苦しく感じてしまうなら避けてしまうだろうし、理想の道がどれだけ険しくても自分らしくあれるならそちらを選ぶのだと、審神者はけろりとした調子で夏油へ告げる。
「理想を選んだからこそ、わたしは今ここに居るわけですしね」
〝審神者〟として名字家に残る道は、きっと今後生きていく上で楽だっただろう——しかしそれでは、いつか心が壊れ後悔する日が来ていたに違いない。〝審神者〟と〝呪術師〟の両方を担う道は、これまで以上に命の危険が付き纏うものの——自分らしく生きられると思ったのだと。そしてそれは正解だったと、審神者は笑うのだ。
「結局、自分の道は自分で決めなくちゃ納得しないから。だからげと先輩も、他人の意見とか気にせずに思うように動いたらいいと思いますよー」
どんな道に進んでも、わたしは応援しますよ。そう言った審神者が、夏油の心情をどこまで汲み取っていたかはわからない。しかしそれでもその言葉に嘘はなかったし、嘘じゃないとわかったからこそ——
夏油傑は、泣きそうな顔でわらったのだ。