七海
name
×刀剣乱舞のクロスオーバー名前は(あるけど)一生呼ばれません。
何せ審神者ですから。
呪術界のみんなと刀剣オタクの家に産まれた審神者と審神者過激派の付喪神達がわちゃわちゃしてる。
※勢いで書いているのでいろいろ設定がゆるい。
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「七海先輩が戻ってきてるってもっと早くに聞いてれば、七年も引きこもってなかったのになあ」
パン屋から帰る道すがら、七海は審神者と二人で居た。正しく言えば迎えに来た補助監督を含めた三人ではあるが、そこは敢えて省くことにする。
車に乗り込む際に「七海先輩が居るから大丈夫」と神達を説得し、顕現を解いていた。だから今は、七海が審神者と再会してから気兼ねなく居られる時間帯でもあった。やはりずっとちくちくと殺気を向けられるのは疲れるのだ。
「審神者さんも大概ですが、名字の一族もよくそこまでゴネてましたね」
「うーん、実はちょっと違うんですよね」
「?」
七海が聞いた話では、審神者が名字家から課せられていた〝お役目〟を放棄し、一呪術師として生きていくと断言した際に猛反対を受け、一族全員が認めるまで自らの生得領域に引きこもっていたという事になっている。互いによくもまあ意地を張っていたなと呆れると同時、ある意味で感心していた七海であったが、どうやら事の真相は違うようだった。
隣に座る審神者に視線をやると、彼女は「七海先輩だからぶっちゃけるんですけど」と前置きをしてから、続きを話していった。
「たぶん、一年くらいでほとんどの人達は認めていたとは思うんですよね。でもまあ、上の人達って言うんですかね? ご当主達は立場上どうしても認めたくなかったようで」
当代の審神者が一族の命に背くなら、殺してしまうか審神者としての力を無くしてしまおうと思った一部の人間は、眠っているわたしの身体に無体を働こうとしたらしいです。
「まあ、その可能性を危惧していた男士達がわたしの身体を見張ってくれていたみたいで、大事には至らなかったんですけど」
男士達は、刀剣の付喪神。自身の本体となる刀剣が現世にある限り、半透明の霊体状態であれば出現可能なのだ。この姿の場合視える者は限られるが、審神者の力を持って顕現を施した場合は一般人の目にも留まるようになる。霊体のままでは現世の物に触れる事は出来ないが、顕現された姿であれば触れる事も干渉する事も可能だ。先程のパン屋で、堀川国広や山姥切国広がパンを選び食べていたのはそういう事である。
「守ってくれたのは有り難いんですけど、わたしの身体に憑依して返り討ちにするのはやめてほしかったなあ」
「! そんな事が可能になったんですか?」
「なんだか、その時はじめて出来たそうですよー」
当時の男士達めっちゃ殺伐としてたしまだ現世に帰るのは早いって言われて結局それから六年もかかるし大変でしたよ〜まあその間にいろいろ学んで試して出来るようになった事が増えたから結果オーライかな? とは思うんですけどねえ。あ、男士達には勝手に憑依しないよう言いつけてあるんで心配ご無用ですよ!
などというとんでもない話をまともに聞いてしまった七海は、モロに衝撃を受けていた。せっかく学生時代に学んだ〝半分聞き流す〟手法を取るのをすっかり失念していた。それが悔しく思う。
相も変わらず何でもない事のように言い放った審神者は笑顔で、「あ、憑依の話はごじょ先輩には内緒ですよ? あとでビックリさせたいんで!」と呑気に一方的に約束を取り付けてくる。
審神者も、その審神者の臣下となった神も、七海の情緒を大いに揺さぶってくるものだから、この短時間で激重任務をこなした時のような疲労感が七海を襲っていた。主に精神面で。
「七海先輩」
さりげなく背後のシートに掛ける体重を多くしたところで、審神者は申し訳なさそうな顔をする。雰囲気が変わったことを察知した七海は次は何が来るんだと密かに身構えた。
「ごめんなさい。山姥切が変な事を言って」
「……聞こえていましたか」
しかし来たのは審神者からの謝罪で、店での自分と神の話が聞かれていたことを知る。断片的だが聞こえていたと答えた審神者は、これまでの明るさが嘘のように眉を八の字に下げ困ったように笑みを浮かべていた。
「先輩達が昔から心配してくれているのは、ようくわかっているつもりです。でも、こればっかりはどうにもならないんですよ」
おもむろに小指を立てた審神者は言う。「わたしは彼らと〝約束〟をしてしまったから」と。その指には何も無い筈なのに、幾重にも重なる糸が視えた気がした。
「縛りですか」
「はい。これを解く難しさは、よくご存知でしょう?」
「少なくとも、第三者がどうこう出来るものではないですね」
「そうそう。まあ、そもそも解く気もありませんけどね」
わたしは名字家の敷いたレールから外れましたけど、〝審神者〟としてのお役目はきちんと果たしますから。それが最終的に魂を喰われる未来と知っていても変わりないのだと、審神者は笑う。
「だって、肉体が生きている間は自由にしていいんですもの。死んだあとの我儘なんて言えないですよ」
いつでもどんな時でもわらっているこの後輩に、七海は己の無力さを感じた。
人は誰しも、いずれ死ぬとわかっていながら生きている。それが世の理だからと受け入れている。そして人はきっと、同じくらい生まれ変わりを信じている。前世を経て、今世を生きて、来世へと魂は続いていく。輪廻転生と呼ばれるものだ。
しかし、審神者の魂はその輪廻から外れたところにある。審神者の肉体が死を迎えた時、真名を与える事で魂は神達のものとなり、やがてひとつになる。それは完全なる魂の消滅と言えるだろう。
彼女が、審神者がどこまで理解しているかはわからない。しかしそう思い至ってしまった七海は、やはり今のままで良いとはとても思えなかった。
「……貴女は、審神者という役職名ではなく自分の本当の名で呼ばれたくはないんですか?」
名前は、この世に産まれてから一番最初に貰うプレゼントだ。それはその人の存在を認め、明らかにし、周知させる。他人と自分とを区別するための単語に過ぎないのかもしれないが、それでも名前というものはとても大切なものである。
審神者は、自身の名前を知らない。産まれた時から〝審神者〟と呼ばれ続けている彼女は、それ故に存在があやふやな気がした。
そのあやふやが輪郭をぼやけさせ、人間と神の境界線を曖昧にしているのだとしたら…——もしかしたら彼女が自身の真名を知る事で、状況が変わるかもしれない。
もちろん、神達に知られたらといったリスクもあるが——むしろそれを避けるために知らされていないわけなのだが——、そこに活路があるような気がしてならなかった。
しかし、彼女は違うようだった。
「——どうせなら愛する人に呼ばれてみたいですが、その瞬間に〝わたし〟という人間はこの世から居なくなりますね」
志半ばでたおれるくらいなら、名前なんていらない。明らかに拒絶してみせた審神者に、七海はそれ以上何も言えなかった。
審神者と付喪神達との間に割って入ることなど、あの気に喰わない最強呪術師でさえ難しいのではないか。そう思ってしまうくらいには、審神者の覚悟は固まっているようだった。
——せめて何かこちら側に、有利になれるような手札があれば交渉の余地もあるのに。
「そんな事より七海先輩! 他にオススメのパン屋さんってありますか?」
歯噛みしている七海を余所に、通常運転に切り替わった審神者が明るげな声で七海へ話しかける。「今度同じ任務に就けたら連れてってください!」と目を輝かせて自分を見る後輩の頭を、七海は無意識に撫でていた。
「……もちろん。またご一緒しましょう」
「はい! 楽しみにしてます!」
手の打ちようが無くとも、諦めるつもりはない。だが、それにばかり躍起になって審神者と過ごせる今を蔑ろにしては元も子もない。
彼女の笑顔が絶えないように、自分が出来ることをやっていくだけなのだ。