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『美女と野獣』

5
元の姿にもどることは男の、そして少女の願いでもあったのだが、それ以上にその願いを遮る不安材料が彼の中に蟠っていたのだった。すなわち元の姿に戻ることのできる喜びと元の姿に戻ることへの畏れ。
男は少女と旅を通して彼女の優しさと美しさと笑顔に触れていくうちに、少女に対して憧れにも似た感情を抱いていた。そう、いつしか彼は彼女のことが好きになっていたのだ。醜い自分がこのような感情を持ってしまうことは全くお門違いだと強く自分を非難しても日に日に邪な想いは募っていく一方で、できればこのまま一緒にいれたらと望む自分もいた。でも、と男は思う。
「……きっと嫌われてしまう」
少女が何故こんなにも男に協力してくれるのか、その疑問は今のところ聞けずじまいだ。それどころか聞くことすら躊躇われた。いっそのこと、面白半分で自分を嘲笑ってくれればよかったのにと何度思っただろう。期待を裏切るほどに少女は純粋で優しく聡明な人物だった。こんなにも協力してくれる彼女に彼は"自分の本当の醜い姿"を見せることで彼女の夢を壊してしまうことをとても畏れた。
「え?」
隣で少女が声をもらす。口をついた言葉が彼女にも聞こえてしまったようだ。どういうことなのかと問い詰めるような無駄に正義感の強い眼差しに後も引けず、男は観念したように自分の想いを素直に打ち明けた。
「俺は醜い獣のままでいいんだ。その方が君を悲しませなくて済む……」
その言葉は少女に言い聞かせるためではなく、まるで自分自身に銘じるための言葉にも聞こえた。すると少女はすっかり頭を抱え項垂れてしまった男の前に屈みその長い毛に覆われた太い腕を優しく包み込むようにそっと手を取った。
「ねぇ、そんなこと言わないで大丈夫」
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