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『赤ずきん』

「冬の森は!危険がいっぱいなんだからね!」
嫌でも響く甲高い声が部屋にこだまする。その声の主は言うまでもなく少女の母親だが、当の少女はそれすらもうんざり思っていた。
「うるさいな、おばあちゃんの見舞いに行けっつったのは誰だよ」
この少女、常に祖母からもらった赤い頭巾を被っているので巷では『赤ずきん』と呼ばれている。赤ずきんはたいそう口も態度も悪かった。
「そうだけど!ママは心配性なのよ!」
「大丈夫だって、何をそんなに」
「防寒対策はどう?忘れ物は?寄り道しちゃダメよ!」
「……じゃあなクソババァ」
またそんな汚い言葉を!などと叫ぶ母親を無視して少女は家を飛び出した。



冬の森では何が一番危険かと問われれば、赤ずきんは即座に地面も枝も白く染める白雪だと答えるだろう。森と言えど絵本のように平坦な道が続くようなぬるいものではなく、歩く道は上へ下へと目まぐるしいほど勾配が続くし時折崖と思う程の急斜面だって見せつけてくる。ただでさえおばあちゃんの家に向かう道は危険だと言うのに雪で滑りやすくなるなど、全く以って歩く気力を奪いにくる。
そう、今まさに白くなった急勾配が少女の目の前に居座っていた。
「なんでこんな日に限って……」
それでも森の中を突き進むのは、赤ずきんが自他共に認めるおばあちゃん子だからだ。おばあちゃんのためならば雪が降ろうが槍が降ろうが彼女の大好きなぶどう酒を届けることくらい朝飯前だ、ましてやそのおばあちゃんが床に臥せているというのなら尚更だ。
降り積もった斜面くらいどうしたものか、仕方ないと吐き捨て覚悟を決めおよそ45度以上はありそうな坂道の頂上を見据えた。
「ぁあああ……」
――信じたくもないが、見据えた時に斜面の上から何かが転がってくるのが見えた。
見なかったことにしたかったが、速いことに転がり落ちてきたそれは都合よく赤ずきんの横まで来ると静止した。この時赤ずきんは主人公たるご都合主義を酷く恨んでいた。



話を聞いてみると、彼は恐ろしいものに追われていたのだと言う。彼の姿は全身黒の毛むくじゃらで、人と呼ぶにはあまりにも口も耳も手も大きすぎる、それはまさしく本で何度も見た狼の姿であったが、赤ずきんはあえて尋ねなかった。
「僕は殺されそうになったんだ……」
恐ろしいと呟く狼に、自分のこと僕って呼ぶのかよ、という心底どうでもいい感想を浮かべながら赤ずきんは彼を慰める。よほど怖かったのか情けないことに肩を震わせている。
「弱ぇ」「えっ」
思わず本音の漏れた口元を慌てて抑える。

タァン。

そこへ鈍く重い破裂音が響き渡り、二人の真横に銃弾が突き刺さる。見ると坂の上に猟銃を構えた人らしき影が見えた。
ヒィと情けない声で震え上がる狼。その人物は赤ずきんにとっても馴染み深い人物であった。
「おばあちゃん……」
「赤ずきん、四の五の言わずにその狼を引き渡しな。そいつは今日のため用意していたシュトレンを食いやがった。万死に値する」
見舞いという言葉がまるで似合わない祖母の姿を見て、赤ずきんは色々とツッコミを放棄した。そして半信半疑で狼を見ると彼は違うというように首をブンブン振っていた。これはこれで怪しい。
「……おばあちゃんのシュトレン、めちゃくちゃ美味いんだ。中にクランベリーが入ってて」
「あれクランベリーだったんですね!おいしかっ……あっ」
少しだけ鎌をかけたつもりだったが、彼は思ったより馬鹿だった。赤ずきんの影に隠れた彼に白い目を向けつつ、なりふり構わず銃口を向けるおばあちゃんをひとまず制止し赤ずきんは言葉を選んで投げかける。
「ならこうしよう。おばあちゃんはこのぶどう酒を受け取る、私がシュトレンを焼く、彼も手伝う、どうだ?」
我ながら平和的解決だろうと密かに自惚れておく。祖母は顎に手を当ててしばらく悩み、
「今宵は聖夜だ。聖夜に免じてそれで許してやろう」
あっさりと猟銃を下げた。少女はそっと胸を撫で下ろし、狼の表情に彩りが戻る。

「但し、赤ずきんの手を汚すわけにはいかない。狼、アンタがシュトレンを焼け」
ありがとうございますと頭を下げようとした狼にピシリと言い放つおばあちゃん。解釈によっては恐ろしくも聞こえる彼女の言葉を聞かないフリして赤ずきんは狼に同情の念を一応送っておいた。
「僕、シュトレンの作り方知らないです」
「安心しな、不味かったら撃つ」
「ヒィ!」
――おばあちゃんの中に慈悲があるうちにせめてシュトレンの作り方くらいは教えてあげようと思い直した少女だった。



「……そうか、今日はクリスマスか」
おばあちゃんの家に向かう道の途中、赤ずきんは今更ながらふと思った。思えばシュトレンとはクリスマスの時期に食べられる甘いパンだ。
もうこんな時期かとしみじみしながら、先行く祖母と狼のやり取りにまた頭を抱えた。
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