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『神様、奇跡なんていらないから』


 日の傾いた夕暮れの空、どこか遠くで鐘の声が響き渡る。日が暮れるからもう帰ろ、肌寒い春風とカラスが鳴いていた。
 僕は最後に小さな祠の前に佇んで、形ばかりのお賽銭箱に小銭をそっと入れた。穴の空いた銅の硬貨を四枚と紫混じりの風の花を手向ける。手を合わせて僕は願いを捧げる。

「神様、奇跡なんていらないから――」
 ――もう一度、あの子に会わせてください。

 それから僕は祠を背にして階段を下っていく。結局、僕は一度もあの子の姿を見つけることはできず、いるのかわからない神様に風の花を預けた。大人になった僕はもう見つからないからと泣きべそをかくことはないが、少し肩を落として長く伸びた影を踏む。


 僕の生まれ育った村には一つの御伽話があった。小さい頃から言い聞かされてきた、村を見守る神様の話。娘に聞かせてあげるために思い出しながら歩く。
『この村には一人の淋しがりな子どもの神様がいました』
『神様は風の生まれ変わりで、紫の風の花が大好きでした』
『風の花が咲く卯月に風の花を飾って神様に伝えます』
『あなたを信じて待ちます』
『どうか、我が子を見守ってください』
『それからというもの。神様は純真な子どもの前に現れるといいます』

 その時、ふわり咲いた風の香りにそっと頭を撫でられて、振り返る。
  「また、遊びにきてね」
 あの子はにこりと微笑んで、風の花を持ち去って行った。
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