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勇カズの与太話

【少女と標本】
 旅人である少女は旅には少々不釣り合いな革張りのトランクケースを引きずって、街の宿屋へと足を運んだ。
 長い金色の髪に黒いフリルのヘッドドレス。手先から足に至るまで黒の喪服で着飾った少女はどこかのお屋敷から抜け出してきたお嬢様のようだ。少なくとも旅装束をまとった旅人には見えない。

 そんな風変わりな恰好をした少女は宿屋での受付を終えると、受付横のイスに腰かけた。膝の上に手を乗せ、何をするでもなく虚空を見つめる彼女は異国の人形を思わせる。
 虚空を見つめていた少女の視線がひとりの男に移った。大型の本を眺めるメガネの男だ。
「それはなんですか?」
 気になって話しかけてみた。すると男の肩がわかりやすく跳ねて、少女のほうへと顔を向ける。
「びっくりした。僕に話しかけたのかい?」
「はい。今は貴方に話しかけました」
「今は……?」
 少女の不思議な返事におもわず聞き返すが、さしたることではないため話を戻す。
「君はこの標本に興味があるのかな?」
「標本、ですか?」
 男の手元にあるのは標本だった。めくられた表紙の中にページはなく代わりに数体の小型の虫が動かぬままピンで固定されている。
「標本というのはこうして実物を保存しておくための本だよ。文字ばかりの図鑑よりもわかりやすいだろ? っていうのは建前だけどね」
 少女が標本に興味を示したのがうれしいのか、男は標本についての説明を始めた。
 男も少女と同じく旅人で、各地に生息する虫を見るのが好きなのだという。旅先で虫の標本のつくり方を教わった彼は気に入った虫をいつまでも見ることができるよう標本にして持ち歩いているという。
「ただの趣味だよ。いろんな人には趣味が悪いと言われてしまうけどね」
 自嘲気味に目線を本に落としやさしく本をなでた。
「標本の中にいるこの子たちは生きているのですか?」
「生きてるように見える? 残念だけど死んでいるよ」
「そう……」
 こわがらせたかな? と男が少女の顔色をうかがう。ふだんから表情の乏しい彼女はこのときばかりはうすく笑っていた。
「とても綺麗だと思いますよ」
「ありがとう」
「ヒトの標本もあるのでしょうか?」
「……はい?」
 心地よい会話で終わるはずだったのだが、聞き間違いだろうか。男が返事に悩んで困っていると、少女は男にもういちどたずねる。
「ヒトの標本もあるのでしょうか? こんなに綺麗ならヒトも標本にできそうですね」
「えっと」
 男はふたたび耳を疑ったがどうも聞き間違いではなかった。
 かわいいお菓子のことを友達と話すような軽さとキラキラとした純粋な瞳で話してくるので男はさらに困ってしまう。
「さ、さすがにそういうのは僕は見たことないかな……」
「そう。残念です」
 純粋で風変わりな少女は目を伏せた。
「君は変わりものだと言われない?」
「そうですか? ……そうかもしれません」
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