麦色の小咄
【切り替えは早い】
宿の中庭を歩いている途中、フリスは隅でしゃがみこんでいる剣太郎の姿を見つける。普段明るく元気な彼が見るからに落ち込んでいるのでたまらずフリスは声をかけた。
「コンちゃん、どうしたの?」
「……どーもこーもないわぁ」
小枝を持ち地面に意味のない渦を書き続けてそういう剣太郎は明らかにいじけている。しかしそうとは言えずにフリスはそっかと濁した返事をした。
「どうせまたユウラに挑んで負けたんだろ」
するとフリスの背後から声が降ってくる。声の方へ顔を向けると、そこにいたのはツェザーリだった。
「負けとらんわー! ただちょっと調子が悪かっただけや!!」
「うるさい」
同じくツェザーリの声に反応した剣太郎が振り向きもせず反論する。それを一言で切り捨てるツェザーリも慣れたものだ。
なるほど状況が見えてきた。彼がここまでいじけているのは稽古の相手をしていたユウラに原因があるようだ。フリスはここ数日間だけでも彼がユウラに戦いを挑んでいる姿を何度か目にしている。
その度にこてんぱんにされていたので、さすがの剣太郎も気持ちが折れてしまったのだろう。負け、は認めていないようだ。
「だいたいさっきからフリスが声をかけているぞ」
「んえ?」
素っ頓狂な声とともにようやくフリスのほうを向く。
「あー、いいよ。あたしのことは気にしないで」
「わ、すまんやで!! 恥ずかしいとこ見したわ」
改めてフリスの存在を認識した彼は上ずった声とともに慌てて立ち上がり、よれた裾や袴を直した。
「ほいで、何の用や?」
「あ、えっと……。宿場町の方に新しいお店ができたらしくて。カキゴオリ? っていうスイーツのお店なんだって!」
一緒にどうかな、とフリスははにかむ。
「かき氷!? ええな。はよ案内してや!」
「ええ!? あ、ちょっと……」
先ほどまでの消沈っぷりはどこ吹く風か。剣太郎は目を輝かせるとフリスの手を引いてすぐさま町の方へと駆け出していた。
「……立ち直り早いな」
その場に残されたツェザーリは目に見えてわかるほどため息をついてほとほと呆れていた。
通りかかったレンカが駆けていく2人とすれ違い、その背中を見送る。
「カキゴオリ? そんなに美味いもんなのか?」
「どうだろうな。粉々に砕いた氷にいろんな味のシロップをかけたものだって前に剣太郎から聞いたことあるが……美味いかはわからない」
「うーん。聞いただけだとよくわかんないな? 氷にシロップかけたらジュースじゃないのか?」
「そうだな」
相変わらず塩対応だ。とレンカ。せっかくだし、と言葉を続ける。
「……アタシらも行ってみるか?」
「どこに?」
「……シロップの店?」
「……それを言うなら、カキゴオリの店だろ」
「ああ、それもそうだな」
「あれ? コンタは?」
ツェザーリとレンカが話しているところへ、ユウラがやってくる。どうやら剣太郎の様子を見にきたようだ。
「剣太郎ならフリスと一緒に町へ行ったぞ」
「なんだ。あんなにいじけてたのに、切り替え早いな」
「ん? あいつ、いじけてたのか?」
「ああ」
「俺と稽古してて、俺に一発でも入れることできたら好きなもんおごってやる。って言ったんだけどな」
申し訳なさそうに笑み、指で頬をなでるユウラ。
レンカからすると彼は年下にあたるが、これでも戦闘スキルはかなりのものだ。そのうえ落ちこんでいる剣太郎のことを気にかけるくらい面倒見がいいので、よくミラや剣太郎たちから稽古を頼まれているところを見かける。
「……剣太郎は一度も勝てなかった、と?」
「そうだな……。加減はしたんだが、加減すんな! って怒られたからなぁ」
「……目に浮かぶな」
「帰ってきたらまた挑みそうな感じだなぁ」
剣太郎の性格を考えると勝つまで何度も挑みそうだ。キリがないな、と言うユウラは呆れつつも口元は弓を描いたままだ。
とどのつまりユウラは強い。そこでレンカは一つ屈伸を始めた。
「(闘う気か?)」
「……。お姉さんなんで柔軟体操してるんですか?」
えっ。とユウラは顔を引きつって尋ねた。
「ん? やー、最近のんびりしすぎて腕なまりそうだからさー」
「…………」
「甘いモン食べるなら運動してから行かねえと、美味くならないだろ?」
「たかがカキゴオリだろう……」
「たかが、でもさ!」
しっかりと準備体操を終えたレンカは眩しいほどの笑顔でユウラを見る。
「つーわけで、ちょっくらやるか!」
「俺の拒否権は!?」
「んだよ。お前もこういうの好きだろ?じゃなきゃあいつらの相手してねーもんな!」
返す言葉ない。隣でツェザーリは何度めかの呆れたため息を吐いた。
「レンカってたまに強引だよな……」
「それは言えてるな」
「二人してなんだよー。ほら準備はいいか?」
「はあー……」
「(なんだかんだで相手するんだな)」
そしてレンカとユウラの稽古試合が始まった。
帰ってきた剣太郎がずるい、と試合に乱入してくるのはまた別の話。
宿の中庭を歩いている途中、フリスは隅でしゃがみこんでいる剣太郎の姿を見つける。普段明るく元気な彼が見るからに落ち込んでいるのでたまらずフリスは声をかけた。
「コンちゃん、どうしたの?」
「……どーもこーもないわぁ」
小枝を持ち地面に意味のない渦を書き続けてそういう剣太郎は明らかにいじけている。しかしそうとは言えずにフリスはそっかと濁した返事をした。
「どうせまたユウラに挑んで負けたんだろ」
するとフリスの背後から声が降ってくる。声の方へ顔を向けると、そこにいたのはツェザーリだった。
「負けとらんわー! ただちょっと調子が悪かっただけや!!」
「うるさい」
同じくツェザーリの声に反応した剣太郎が振り向きもせず反論する。それを一言で切り捨てるツェザーリも慣れたものだ。
なるほど状況が見えてきた。彼がここまでいじけているのは稽古の相手をしていたユウラに原因があるようだ。フリスはここ数日間だけでも彼がユウラに戦いを挑んでいる姿を何度か目にしている。
その度にこてんぱんにされていたので、さすがの剣太郎も気持ちが折れてしまったのだろう。負け、は認めていないようだ。
「だいたいさっきからフリスが声をかけているぞ」
「んえ?」
素っ頓狂な声とともにようやくフリスのほうを向く。
「あー、いいよ。あたしのことは気にしないで」
「わ、すまんやで!! 恥ずかしいとこ見したわ」
改めてフリスの存在を認識した彼は上ずった声とともに慌てて立ち上がり、よれた裾や袴を直した。
「ほいで、何の用や?」
「あ、えっと……。宿場町の方に新しいお店ができたらしくて。カキゴオリ? っていうスイーツのお店なんだって!」
一緒にどうかな、とフリスははにかむ。
「かき氷!? ええな。はよ案内してや!」
「ええ!? あ、ちょっと……」
先ほどまでの消沈っぷりはどこ吹く風か。剣太郎は目を輝かせるとフリスの手を引いてすぐさま町の方へと駆け出していた。
「……立ち直り早いな」
その場に残されたツェザーリは目に見えてわかるほどため息をついてほとほと呆れていた。
通りかかったレンカが駆けていく2人とすれ違い、その背中を見送る。
「カキゴオリ? そんなに美味いもんなのか?」
「どうだろうな。粉々に砕いた氷にいろんな味のシロップをかけたものだって前に剣太郎から聞いたことあるが……美味いかはわからない」
「うーん。聞いただけだとよくわかんないな? 氷にシロップかけたらジュースじゃないのか?」
「そうだな」
相変わらず塩対応だ。とレンカ。せっかくだし、と言葉を続ける。
「……アタシらも行ってみるか?」
「どこに?」
「……シロップの店?」
「……それを言うなら、カキゴオリの店だろ」
「ああ、それもそうだな」
「あれ? コンタは?」
ツェザーリとレンカが話しているところへ、ユウラがやってくる。どうやら剣太郎の様子を見にきたようだ。
「剣太郎ならフリスと一緒に町へ行ったぞ」
「なんだ。あんなにいじけてたのに、切り替え早いな」
「ん? あいつ、いじけてたのか?」
「ああ」
「俺と稽古してて、俺に一発でも入れることできたら好きなもんおごってやる。って言ったんだけどな」
申し訳なさそうに笑み、指で頬をなでるユウラ。
レンカからすると彼は年下にあたるが、これでも戦闘スキルはかなりのものだ。そのうえ落ちこんでいる剣太郎のことを気にかけるくらい面倒見がいいので、よくミラや剣太郎たちから稽古を頼まれているところを見かける。
「……剣太郎は一度も勝てなかった、と?」
「そうだな……。加減はしたんだが、加減すんな! って怒られたからなぁ」
「……目に浮かぶな」
「帰ってきたらまた挑みそうな感じだなぁ」
剣太郎の性格を考えると勝つまで何度も挑みそうだ。キリがないな、と言うユウラは呆れつつも口元は弓を描いたままだ。
とどのつまりユウラは強い。そこでレンカは一つ屈伸を始めた。
「(闘う気か?)」
「……。お姉さんなんで柔軟体操してるんですか?」
えっ。とユウラは顔を引きつって尋ねた。
「ん? やー、最近のんびりしすぎて腕なまりそうだからさー」
「…………」
「甘いモン食べるなら運動してから行かねえと、美味くならないだろ?」
「たかがカキゴオリだろう……」
「たかが、でもさ!」
しっかりと準備体操を終えたレンカは眩しいほどの笑顔でユウラを見る。
「つーわけで、ちょっくらやるか!」
「俺の拒否権は!?」
「んだよ。お前もこういうの好きだろ?じゃなきゃあいつらの相手してねーもんな!」
返す言葉ない。隣でツェザーリは何度めかの呆れたため息を吐いた。
「レンカってたまに強引だよな……」
「それは言えてるな」
「二人してなんだよー。ほら準備はいいか?」
「はあー……」
「(なんだかんだで相手するんだな)」
そしてレンカとユウラの稽古試合が始まった。
帰ってきた剣太郎がずるい、と試合に乱入してくるのはまた別の話。