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麦色の小咄

【森とオオカミ】
 ある日森の中にあるお気に入りの場所に行くと、そこには大きいオオカミさんがいた。
 大きい口、大きい耳、そして雪みたいな白い毛。今までに見たこともないきれいなオオカミさん。つかれているの? おなかがいたいの? オオカミさんは目を閉じて静かに眠っていた。
 物語の中のオオカミさんは人を食べてしまう悪いオオカミさんが多いけど、ここで寝ている白のオオカミさんは悪いオオカミさんには思えない。不思議だけどそう感じた。

「オオカミさん。寝ているの?」

 私はオオカミさんに声をかける。寝ていると思ったオオカミさんは片目だけあけて私を見た。私のだいすきな蒼い花よりも空の色に近い薄くて青い瞳だった。
 少しだけ私のことを見たあとオオカミさんはまた目をとじた。警戒はしていないみたい。目をとじたけど大きな耳は二つとも私の方に向いている。

「どうしてこんなところにいるの?」

 あたりまえだけど返事はない。私にはオオカミさんの言葉はわからないからなにかを話したとしても理解はできないだろうけど、しっぽを動かすとかなにか反応があってもいいのに、と思ってしまう。返事の代わりの反応すらひとつもない。

「おなかすいてるのかな」

 私もすぐおなかがすいてしまう。もしかしたらオオカミさんもおなかがすいて力が出ないから眠っているのかも。
 私はすぐに森中から私のすきなきのみを取ってきて、オオカミさんの近くに置いた。私はそのまま食べるのがすき。だからとってきたきのみもそのまま置いておく。

「すきに食べてね」

 置いたきのみの中から私もひとつきのみをとってみんなのいるところにもどることにする。オオカミさんのことは心配だけど長くいるとみんなに心配をかけちゃうからね。



 次の日もオオカミさんに会いにいってみた。近くに置いたきのみはひとつ残らず食べてくれたみたい。
 私が宿での話をするとオオカミさんはチラリと私を見る。しっぽも揺れているからちゃんと聞いてくれている。

 オオカミさんのこと、どこかで見たことがあるような気がする。初めて見たような気がしていたけどオオカミさんは私のことをよく知っているようだ。へんなかんじ、でも悪くない。
 私のお話しに尻尾で返事をしてくれるオオカミさんだけど、宿の中でみんながある人を探しているんだよって話をしたときちょっとだけさびしいようなあきれたような、そんな顔をしていた。なんでだろう。

 今日もきのみをオオカミさんの隣に置くと、また来るねと約束をして私は宿に戻った。



 次の日も、その次の日も。私はオオカミさんに会いにいった。今日の稽古はどうだった、とか。昨日の夕飯はおいしかった、とか。そんななんでもない話をオオカミさんにするのが最近の楽しみになりつつある。
 オオカミさんはなにも言わないけど、尻尾をふって私の話をずっと聞いてくれる。たのしいのかな?

 オオカミさんはやさしいからときどき森の小鳥たちが背中に止まって休んでいるのを見かける。
 それを見ていると私も寄りかかってみたくなって、おなかに背中を預けてみる。オオカミさんのおなかはふわふわしてあたたかくて気持ちいい。
 お話しするのにつかれたときはなにもしないでこうしているのもいいかも。


 なんてことを考えていたら私は寄りかかったままいつの間にか寝ていた。やさしいだれかに頭をなでられているような、あたたかい気持ちで夢を見ていた気がする。
 目が覚めたときオオカミさんはそこにいなかった。代わりに私のだいすきなきのみがたくさん置いてあった。

 *

 それからオオカミさんを森で見かけることはなくなった。でもさびしい? って聞かれたらそんなことはないよ。
 宿にもどった私の目の先にはある人が立っていた。空の色に近い薄くて青い瞳と雪みたいに白くて長い髪。その人こそ宿で行方不明になっていたその人物だった。
 どこに行っていたのか、心配したよ、と彼の周りにいる人は口々に声をかけている。あきれた顔をする彼がオオカミさんの面影とそっくりだ。

「おかえりなさい」

 私はこう声をかけるのが一番いいと思った。その人は私を見ると少し驚いたような顔をしてから、ありがとう、って伝えてくれた。

END
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