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無題の短編置き場

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 かつて私には友がいました。彼女は私と同じ夢を志したライバルとも呼ぶべき友でした。
 彼女は同じ劇団に所属する仲間の一人で、年も近いこともありよく言葉を交わしていました。お互いにブロードウェイの舞台に立つ、という大きな目標をかかげて、時に笑い合い、時に泣き合い、同じ時間を過ごしていました。私にとっては唯一無二のかけがえのない親友でした。
 いつの日か、私たちは約束しました。一緒に夢の大舞台で歌えたらいいね、と。


 しかし、とある日の練習終わりに彼女から呼び出され、聞かされたものはあまりにも残酷で悲しいものでした。
 彼女の話しづらそうな口から告げられたのは、彼女自身を蝕む不治の病についてでした。すでに病魔に侵されていた躰ではどんな薬も意味は為さず、あとちょっとだけ生きるためには歌をやめるしか他にないのだと。
 どうせ死ぬのなら、声のあるうちに伝えたい。そう彼女は言葉を続けて私に言いました。
「わたしの夢と未来を、あなたに預けたい」
 彼女は涙をこらえたほほえみと共に一輪のリラを私に手渡します。
 私は嗚咽と共に彼女の願いを引き取りました。

 しんしんと冷え込む風花の舞う冬の日に、彼女が息を引き取ったという報せを受けました。
 彼女は延命を望みませんでした。彼女の家族が言うには、事切れるその時まで彼女はベッドで歌い続けていたといいます。


 それから幾年の時が経って、ゴールデンウィークも明けようかという時期、私は彼女の墓前に立っていました。奇麗にまとめられたリラの花束を添えて彼女の前に座ります。
 私は彼女に伝えたいことがある。

『――親愛なる友へ。』

 ひと気のない墓所で、昨日のうちにしたためたしわくちゃの手紙を読み上げます。どこかで仄かに笑う彼女に届いていたらいいな、と思いながら。
 読み終えた私は一人静かに涙を溢していました。本当はこんな手向けの言葉なんか贈りたくはないのです。私の隣で「おめでとう」と、一言いってほしいのです。
だって、私は彼女と一緒に夢の舞台に立ちたかった。


 気持ちが落ち着くまで泣いていたようです。辺りはすっかり夕暮れに染まっていました。ひんやりとした風が背中を撫でて、私は深く息を吸って吐きました。
 私は明日には日本を離れ、アメリカへと旅立ちます。旅立つ前に彼女に伝えることができて、本当によかった。
 メイクの落ちた目元をぬぐって、彼女に向かって手を合わせます。しばらく彼女に会えなくなるけれど、彼女に託された願いと私自身の夢のために前に踏み出せることを嬉しく思います。

 あなたに届くようにしっかり歌うので、どこか遠くでずっと見守っててください。
 ありがとう。

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 こちらは横書き
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※140文字のSS部分を主催者である糸冬さん(ぷっちさん)から作成していただきました!ありがとうございます!
※無断転載は禁止です。
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