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無題の短編置き場

『陽炎と入道雲』

これから毎日#陽炎と入道雲 のタグで夏をテーマに毎日違うお題を140文字短文として、二人で投稿していきます。期間は二週間。

参加
色杷(@iloha_sousaku )
空木(@774noutugi )




一日目『蛍』

木でできたベンチに腰掛けてひた、と足首まで浸る畔に素足を投げ入れて楽しそうに微笑む君。既に空の支配権をバトンタッチをした太陽に代わって暗い湖畔をぽわりと淡く照らすのは藍色に浮かぶ月と無数の蛍光色。勇気ある君がえいっと光を包むと君の手に収まった蛍はピカと光り、君の顔を照らしていた。



二日目『夏休み』

「夏だー!」君は叫んだ。
「夏休みだー!」終業式の終わった教室で、君は叫んでいた。
手に持っていた『成績表』と書かれた一つ折の紙を机の上に放り投げると、大仰に腕を伸ばし入道雲を仰ぐ。2と3の欄にしか丸のついていない丸見えの通知書に、君に課された宿題は山積みだよ、と言おうか迷った。



三日目『海』

海と言えば?灼けた砂浜に塩辛い波、そして少なからず下心はある僕は露出度の高い夏の戦闘服を想像していた。しかし君は色素の薄い茶髪を風に遊ばれながら、僕の予想を一蹴する。
夕暮れの海岸。日の沈むオレンジ色の海は物憂げだけど、海を独り占めできるなんて贅沢でしょう?と君は無垢に笑った。



四日目『アイス』

君に手を引かれて辿り着いたのは秘密のアイス屋さん。
君のお気に入りはソーダ味。爽やかな空色に浮かぶ彩り豊かなラムネがなんとも可愛らしい。僕は控えめにミルク味。味は確かだが飾り気のない白。それじゃつまんないよ、と言った君はソーダの海から見つけたうさぎのラムネをちょんと乗せてくれた。



五日目『真夏日』

真夏日とは気温25℃以上の日のことを言うらしい。炎天下の携帯端末に映しだされた快晴マークと平均気温に僕は思わず「涼しい」と思ってしまった。地平線の向こうのビル群は陽炎に揺らいでいるというのにおかしなことかもしれないが、慣れとは恐ろしい。遠くの入道雲を眺めながら麦茶を飲み干した。



六日目『風鈴』

爽やかに吹き抜ける風、縁側に寝転ぶ君。心地よくチリンと鳴ったのは軒下に下がる銅製の小さな風鈴。見た目よりも綺麗な音で鳴くそれに、僕の関心は奪われた。
その横には君が作ったらしいペットボトルの風鈴が、お世辞にも綺麗とも言えない音で合唱していた。それもまた愛嬌があって可愛らしい。



七日目『かき氷』

冷えた氷が溶ける前に砕いて小さな山を作る。白い山に濃密な色のアメを降らせて、一気にかきこむ。君は氷点下を脳天まで行き渡らせて頭を抱える。
かき氷と言えば、君はいつも柄にもなくブルーハワイを選ぶ。その理由を聞いたら「薄い青色はあなたの色」と微笑まれてしまった。僕の心を知った上で。



八日目『山登り』

お盆にさしかかる前の暑い日に僕はハイキングをしよう、と君を誘った。夏にはよく家族に連れられてハイキングという名の山登りをしたものだ。しかし君は山との相性は良くないらしく、小一時間歩いて肩で息をしていた。
「山頂まだなの?」まだだよ。
渋い顔で睨まれた。僕が君の先を歩くのも珍しい。



九日目『ラムネ』

真夏に相応しい甘く澄んだ一口が喉に刺激を与えて通過する。カラン、と瓶の中で硝子玉が音を立てた。「一口頂戴」と横に座った君は僕の持っていたボトルを奪い取って、飲み干してしまった。
君は空のボトルを覗き込んで僕を見る。「あなたの薄紫の瞳は綺麗ね」と、硝子玉に僕の顔が映っているらしい。



十日目『すいか』

「赤と緑の夏の宝玉なーんだ?」目を輝かせて尋ねる君。君が台所から運んできたのは赤い三角の山々、所々に黒い粒の樹木が並び、麓には緑が生い茂る。
「すいかだね」答えると君は上機嫌に正解音を口で告げた。僕も君もこの宝玉は大好物で、しゃくりとかぶりつく一口目が瑞々しい甘さを伝えてくれる。



十一日目『蝉時雨』

わあっと鳴き喚く音の洪水が僕の集中力を掻き乱す。八月末の猛暑日、最期の力を振り絞った蝉たちがここぞとばかりに己の鳴き声コンテストを開いていた。おかげで僕は放ったらかしにした宿題の相手をまともにしてやれない。
しかし部屋を吹き抜ける風は気持ち良いので窓を閉ざすのは惜しいとも思う。



十二日目『浴衣』

深い緑の袖に山吹色の帯がゆらりと踊る。珍しいお団子ヘアーでこちらを向く君は、照れくさそうにどう?と尋ねた。
落ち着いた緑の浴衣など着る人を選ぶだろうが、向日葵色の瞳にはよく合う素敵な一着だ。僕は素直に似合うよ、と答えると君ははにかむ。僕の顔が綻ぶのがわかり思う、僕は幸せ者だ。



十三日目『縁日』

花火大会の行われる公園には沢山の縁日が軒を連ねる。その中でも君が熱を注ぐのは、金魚すくい。慣れない浴衣の袖を捲って気合い十分にポイを握りしめて優雅に泳ぐ赤い宝石に狙いをすませ、ポイを浸し――サッとお椀に動かした。上手いものだ。
結果君は二匹の金魚を袋に収め、満面の笑みを浮かべた。



十四日目『花火』

人の波に呑まれないように、君の手を握って引いて。大音響に咲き誇り、火の粉を散らし夜の黒に消えていく。
浴衣美人の向日葵、君は僕の手を離さない。傍らの紫陽花、僕は。極彩色の大輪を花開かせるその時に、「好きだよ」なんてそっと呟いた。きっと空を撃つ破裂音に混じっては気づきはしない。



おまけ『紫陽花と向日葵』

あなたが手を引いてくれる。それだけで私は嬉しくて、うるさい心臓をごまかすことに大変だった。今日は花火大会でよかった。繋いだ手から、脈打つ鼓動があなたに伝わって気づかれなくて済むから。
ふと、あなたの表情が見たくて横を向いたら、音の雨に紛れてあなたの唇は「好きだよ」となぞっていた。
無口な紫陽花。
だから仕返ししてやるの。
「私も大好きだよ!」
空に咲く向日葵に隠して、叫んだ。振り向くとあなたがすっごく驚いていたから、思いっきり笑ってみせた。
そして私はその手を強く握り返した。


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