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無題の短編置き場

オズトラム ファンノベル
花色の間奏曲



――世界にはまだ知らない色がある。
その言葉を聞いたのはいつのことだっただろうと、朝の日差しにまどろむ頭がぼんやり考えた。

おひさまが空の水色の中で元気な歌を歌っている、お月さまの好きな夜色からまたこうして朝を取り返したことを喜んでいる歌だ。
彼女には歌など何も聞こえないが、そのおともだちは今日もおひさまの歌に気づいて彼女を揺り起こした。たまに雲たちがおひさまとお月さまを邪魔しにきて雨色の歌を歌ってしまうのだ、だからこそその陽気な歌を聴くと目が覚めるのだ――そう、彼女のおともだちと会った初日から話を聞いている。
大きな緑の腕を揺らされて彼女はまどろみから引っ張られる。
「んー、おはようゼラニウムさん。だいじょーぶ起きてます」
眠たい目を擦りながら起きた彼女は大きく伸びをして、ついでに背中の羽も伸ばしおひさまの歌に代わる朝の日差しをたっぷり体に浴びた。ゼラニウムはさぞ嬉しそうに首を揺らし、鮮やかな花びらを踊らせた。それが実に嬉しそうだったのでつられて嬉しい気持ちになって、一匹の妖精――ルルは微笑んだ。

彼女の一日は聞こえないおひさまの歌とゼラニウムの腕に起こされるところから始まる。ゼラニウムは彼女がこのオズトラムに来た最初の日に仲良くなった三代目のおともだちだ。一代目のおともだちが寝る場所を探していたルルを快く受け入れて自分の葉っぱを枕に寝るといい、と言ったので今もそれが受け継いでいるようだ。
お花の声が聞こえるのは彼女にとって特別でもなんでもない。ルルはお花の妖精であり魔女だ。お花と語らい、お花と共に幸せを届けることをしあわせとしている。誰かがお花によって心からしあわせを感じた時に生まれた彼女は、生まれた時からお花はおともだちだった。今もこうしてゼラニウムと話すことに違和感は無い。しかし何もおともだちがお花だけというわけではない。
ゼラニウムは彼女の言葉を先読みしたように"また行くの?"と花びらを揺らした。
「えへ、わかった?だってこーんなにおひさまが気持ちいいんです!アルマさんだってきっとお花が届くのを待ってるはずです」
彼女の明るく返す彼女はどこまでも欺きを知らない純粋そのものだ。頷くようにまた花びらを揺らす。それを見て、彼女は背中の碧い羽を広げふわり空中に浮かんだ。
「いってきまーす!」
そしてあっという間に空の水色の中を泳ぎ、その姿は見えなくなった。自由に何処へでも行ける妖精の彼女は空で独裁者を気取るおひさまなんかより輝かしい、ゼラニウムはそんなおひさまのような彼女を見守ることが何よりのしあわせだった。"早く帰ってきてね"、すでにいない彼女に向かって大きく腕を動かした。



道中、ルルは気になるうわさを耳にした。
『あっちの花畑、ちょうちょさんがふらふらり』
『道案内を任されたんだって』
『あっち?こっち?人知れずに彼女の眠る花畑?』
『そうだよ!彼女の眠る花畑だよ!』
『ダメダメこれは秘密の話』
『オズの秘密の話の話』
『われらの言葉、梨の礫で届くまい』
『女の子が一人』
『西に?東に?』
『やってきたんだって!』
『ちょうちょさんの道案内』
『迷い込んだ彼女は今花の中』
『目を覚ました!』
『たのしみ』
『オズの元へ!』
『オズの元へ!』

「(このオズトラムに新たなお客様?それに、彼女の眠るお花畑…なんのことだろう)」
お花たちは吹き抜ける風さんよりもうわさ話が好きだ。その話題に暇はなく、風さんや鳥さんや虫さんがひらりと空を舞う度に新しい話へと変わる。脈絡のない彼らの話が彼女は好きだったが、特に注意深く耳を傾けることはあまりしない。それでも今回小耳に挟んだ話は僅かに後ろ髪を引かれた。
「ねーねー、それって何の話?」
彼女はつい尋ねてみた。
『知らないの?』
『ドロシーだよ!』
「ドロシー?」
『ちょうちょの案内人が言ってたよ!』
『ドロシーをお連れしたって』
『彼女の眠りを覚ますんだ!』
聞いてみたはいいものの、お花たちは「ドロシーが来た」と口を揃えるのみ。彼女はそもそもドロシーというものをよく知らないのに、相変わらずお花たちは話の通じないことこの上ない。質問を変えてみた。
「彼女ってだーれ?」
すると、楽しげに揺れる葉っぱを束の間に止めてすぐ揺れ出した。
『知らなーい』
『知らなーい』
『彼女が眠ってるの。それしか知らなーい』
『誰なのかな?ヤシのきかな?』
『私ヤシのみと結婚したいー』
『ヤシのきって憧れる』
その時に暖かい風が吹き、彼女は肩を落とした。ひとたび風さんが踊ればお花たちの噺の種は移り変わってしまうのは先に述べた通りだ。彼らの話題はまだ見ぬ南国のヤシのきに移り変わっていた。
「どこかのお花畑で目を覚ましたドロシーという女の子……アルマさんなら知ってるかなぁ」
もらった情報を整理しつつ、彼女はその場を後にした。既にその情報に語弊が生じているが、訂正してくれる者は誰もいない。



小さなハナミズキのお花に尋ねてみた。ささやかな旅のお誘いだ。
『アルマさんの元へ行けるなら!』
と緑の葉っぱをわさわさと揺らし二つ返事で受けてくれたので、彼女と共に件の彼の元へと急ぐ。彼はいつものレンガ道にまあるい車輪を止めて待っていた。からくり仕掛けの椅子に腰かける少年の名はアルマと言った。
「アルマさん!」
「やあ、ルルちゃん。こんにちは、今日も来てくれたんだね」
「はい!今日はハナミズキのお姉さんたちを連れてきました!」
「わあ、いつもありがとうルルちゃん!可愛らしい花だね」
「えへへ、お姉さんたちも喜んでいますよ!」
この世界に辿り着いて、初めてできたお花以外のおともだちだった。かつてカゼにかかって倒れていた彼女を助け介抱してくれたのが彼だ。それ以来ルルは彼のことが大好きだ。また、彼は彼女の知り合ったお花や虫さんよりも博識で何でも知っていたので、彼女は彼の話を聞くのが好きだった。
「あのね、アルマさん。今日は面白いお話を耳にしたんですよ!アルマさんは"ドロシー"という子を知っていますか?」



――世界にはまだ知らない色がある。
その言葉を聞いたのはいつのことだっただろう。遠い昔のような、ごく最近のような、まるで時間の掴めない不思議な言葉だった。
でもルルにとってこの言葉は確かに正しいものだと、その都度わかるのだ。風さんの届けるうわさ話、お花たちの見る世界、アルマのもたらす様々な知識、それら全ては目新しい色として彼女の心に記憶に刻まれていく。
「ホントだね、世界にはまだ私の知らない色が沢山あるんですね。私はもっとたくさんの色を知りたいなぁ」

――知らない色があるから世界は素晴らしい。
おひさまのようにはにかむ彼女は今日も新しい色を求めて、オズトラムの空を気ままに舞う。

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