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麦色の小咄

- 【手合わせ願う!】 -
【手合わせ願う!】

 彼は腰から下がる鞘に手をかけ、ゆっくりと剣を抜く。その刃先を下へ向けたままディルは目の前に佇む相手を見据えた。
「……いざ参る」
 対する相手――剣太郎は普段と変わらぬ余裕の笑みで歯を見せる。
「よっしゃあ!気合い入っとるな、遠慮すんなや!」
 笑う彼は刀の収まる鞘に指を添え、手に馴染んだその柄をゆっくり手中に掴む。
 対峙する彼らの構えはあまりに似通っている。敵意があるのは切っ先ではなく、交わる鋭い相貌。鞘に添えた指が示すことを、ディルはすぐに読み解いていた。
「……」
 目を閉じ、鼻から小さく息を吐いて心を研ぎ澄ますと、彼は地面を蹴った。
「うわっ、怖っ……こんな本気でやるんやなぁ〜!」
 などと軽い口を叩く彼の鋭い瞳はディルを捉えたままだ。
「しゃべってるなんて、ずいぶん余裕だな!」
 瞬時に距離を詰めたディルは下向きの刃を立ててその刃を、空へと薙いだ。
「バレたかぁ! これでも剣で負けたことないんでな! そういうお前は余裕ないんか!?」
 キィン、と重みのある金属を打ち合う鈍い音が耳を突く。既の所で鞘から姿を表した銀色は、突き上げた剣の攻撃を受け止めていた。読み解かれた抜刀の一撃は防御におわってしまう。
「余裕がないように見えるのなら、それは光栄だ!」
 空になった鞘を添えた指から手に取り、剣を握る手を狙うが。思惑に気づいたディルは鍔迫り合いに力を込めて、刃と刃を突き放した。
 すぐに足元へと斬撃を落とし、剣太郎の足を払う。しかし軽く後ろっ跳びに避けられ僅かな距離を置かれてしまう。
「ほう、やるなぁ兄ちゃん! 威勢だけやないようやな……そういう奴は、好きやで!!」
「ずいぶん上からだな、リーダーさんよぉ?」
「っか〜〜! 腹立つなお前〜!!」
 想定済の空を斬り、薙いだ剣の勢いのまま片足を軸に回る。地面を踏み飛び、刃風を纏いながらその切っ先を縦に振り下ろす。
「って、うおっ……器用やな!」
「鞘も使って戦うあんたの方が随分と器用に見えるけどな!」
 剣太郎は峰と手に持つ鞘を交差し相手の刃を受け止める。じり、と互いを睨み合う拮抗。どちらもゆずらない鍔迫り合いの後、刃を突き放して距離を離す。
「鞘よりもう1本刀欲しいんやけどな! ……ちなみに。兄ちゃん、さっきから本気か?」
「……あ? そりゃどういう意味だ?」
 変わらぬ口ぶりで剣太郎は尋ねた。その言葉を挑発に捉えたディルの眉根が寄り柄を掴む腕に力が入る。と、剣太郎は続ける。
「どうって、そういう意味や……本気なんかって、聞いとるんやっ!」
 元より大きい声に怒気を増し、叩きつけるように叫んだ。間髪入れずに鞘を目の前の彼に向かって放り投げ、地面を蹴る。
「っ!?」
 鞘を軽々と避けるも、投げられた鞘に気を取られているうちに剣太郎の接近を許してしまった。考えるよりも先に剣を前に出し――瞬間、刃と刃は交じり合う。
「本気か、だと?笑わせる!」
 刀越しに覗く白肌の顔に笑み。
「まだまだ序の口に決まってら!」
 受け止めた刃を押し返し、横へ薙ぐ。
「よかったわ! こんなんで本気やったらおもんないからなっ!! でも、はよ終わらせようや、ワイちょっと腹減ったんやっ!」
 彼は後ろへと跳び、ディルとの距離を取ると、地面を強く踏み跳躍。刀に重みを増し勢いのままに刃を振り下ろした。
「ああ、そうだな。オレもだ。じゃあ、先に一撃入れた方の勝ちな。負けたらオレにピロシキ奢れ!」
 何食わぬ顔で重い刃を受け止めたディルは言う。
「ええで、じゃあワイ勝ったら団子奢れ!!!」
 そして、薙いでは受け流しを繰り返し、金属の打ち合う鈍く響き渡る音に彼らの言葉無き対話を預けた。
「なんやけど……ぴろしきって何やぁぁぁ!?」
 対話を打ち切ったのは剣太郎だ。不自然に橙の髪が揺らぎ僅かな煌き。次の瞬間、その斬撃は数倍の力を以ってディルの剣を手元から剥がして吹き飛ばした。
「っ!?」
 短く吸った息を飲む。弾かれ宙を舞った剣が地面に伏し、碧の瞳の先には淡い光を纏う切っ先が冷たく睨めつけていた。
「はは、ピロシキもしらねえのか、美味いんだぞあれ……」
 刀越しの勝ち気な薄水色と目が合って、深く、ゆっくりと、飲み干した息を吐いた。
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