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メルフェネポス 短編集

【刀鍛冶の合間に】
――ユウラの仕事場に潜入だ。



1
 カンッ。と心地の良い金属の衝突音が響き、彼は作業の手を止めた。材料である魔鋼を叩くための台と魔鋼を打つための鎚がいくつも並んだ簡素な空間にその男――ユウラはいた。
 彼のしていることは魔力を通わすことのできる魔導武器の生成で、最近本業だか副業だかわからないその鍛冶の仕事は、かつて師と仰ぐ人物から得た技とも言える立派な仕事であった。それは力を込めて金属を叩くのではなく魔力を込めて絶妙なバランスで叩き作るもので、それなりの集中力と技量が必要とされる。
 そのため彼は村の中にこの簡素な作業場を設け、仕事の依頼があればここで誰にも邪魔されず――
「いいか、隠密作戦というのはな。見つかっても見つかっていないフリをすることだ」
――誰にも邪魔されず作業に没頭するようにしていた、明らかな話し声が耳に入るまでは。
 そして悲しくもその"誰か"の正体として思い浮かぶ人物に心当たりがありまくりなので、思わず作業の手を止める。
「………………」
「奴の動きが止まったであります!まさか、バレたでありますか!?」
「慌てるな、奴は愚鈍だからまだ気付いてはいないはずだ」
「うどん!?」
 無視しよう。
 ユウラは秒速で決断を下し、そのまま作業の続きに没頭することにした。今降ってきた会話だけでもかなり意見を挟みたい箇所がいくつもあったが、関わる方がとてもとてもめんどくさいので放置するのが賢明だ。

「隊長、奴はまた作業に戻ったようです!軟弱な!」
「言っただろう奴はうどんだ。すぐには気付かないさ」
 まさかお前までいるのか、というかうどんになってるぞ。と彼は思い鎚を振るう。
「隊長!軍曹はおなかがすいたであります!」
「奇遇だな軍曹、俺もうどんが食べたくなってきたところだ」
 うどんネタ引きずるのかよ。と彼は思いまた鎚を振るう。
「うどんは無いけど蕎麦なら」
「悪い、俺はたけのこ派なんだ」
「隊長、死んでください。僕はきのこ派です」
「喧嘩はやめて!軍曹はイチゴミルク派です!」
 どうして突然のお菓子戦争。そして早くも軍曹キャラ放棄してるし、もはや何も関係ない。と彼は思いさらに鎚を振るう。
「よし、和解しよう悪かったな中将」
「いいえ、僕の方こそすいませんでした」
 今のどこで和解できたんだ。と彼は思い鎚を置いた。

 放置するのが賢明なはずなのだ。賢明なはずだが、二言三言でいちいち気になる会話をしているのが癪に障る。これでは集中できるはずもなく、ユウラのイライラは溜まっていくばかり。
 耐えかねて、声の降る方向――作業場の天井を向いてユウラは声を張り上げた。
「お前ら関係無い話ばっかりうるせーんだよ!だいたいそこにいるのはバレバレだし、隠密でもなんでもねえ!作業の邪魔するんなら出てけ!」
 し、ん……。
 彼の怒気込めた言葉に怯んだのか、先程までの声の反響がぴたりと止んだ。
 これで懲りるような奴らではないと今までの経験則からわかっている。なので物音が消え失せるまでしばらく天井を睨んだ後、一つ息を吐いてから置き去りの鎚を握った。


2
 しばらくして、あれから音はいっさい聞こえなくなっていた。
 てっきり、もう一度くらいは邪魔しにくるだろうと踏んでいたユウラは少しばかり拍子抜けしたが、構わず作業に集中できるのはありがたい限りだった。というよりこれが常でなくてはおかしいはずだ。
「ふう……」
 武器はだいぶ形を成してきた。そこでユウラは一旦緊張を解くために一つ息を吐き、肩の力を抜く。休憩にしよう、そう思いその場で向きを変え振り返った時だった。
 カチャ。場に似つかわしくない微細な音が響く。木のおもちゃ同士がぶつかった音と共に、ユウラは目の前に入ってきた光景に目を疑った。
「……何してんだテメェら」
「!」
 彼が冷めた疑問を投げかけた次の瞬間、ガシャンと甲高い音を上げて何かが崩れた。床に散らばるその何かとは、長細い木製のブロックゲームに使われるもの。今の大音響の正体はこの18段の木製ブロックタワーが崩落した音だった。
「あーあ、せっかく順調に行ってたのに。暇人ユウラくんが声かけるからぁ」
「え、俺のせい?ってか人の鍛冶場で遊んでる暇人共に言われたくないんだけど」
「ひどいわ、お兄様!私とっても楽しみでおなかがすいていたのに!」
 うるんだ瞳をユウラに向けて、服の袖を噛むのはミラだ。その手には取り残された木のブロックが握られていて、先ほどの物音を出したのも彼女のようだ。
「何ひとつ意味わかんねぇし、お前そのキャラどこで覚えてきたんだ?」
「あ、それはね、この週刊ヤンヤンの後ろから二番目にある漫画の――」
「ヤンヤンって何?漫画って何?いきなり世界観とキャラを壊すような発言やめようなフェオ」
 キャラ作りのために眼鏡をかけ白衣を被った少年の正体をユウラはひと目で見破りやんわりと制した。
「兄さんこそ……そこはノらないと!そんなだからいつも空気読めないって言われるんだよ!」
「むしろ空気を読むべきはそっちだと思うけどな?」
「しかたねぇ、空気読めないユウラくんのために我々引き上げようじゃないか」
「さんせーい!」
「なんでいつも俺が悪いみたいになるの?おかしくない?」
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