《空き地で稽古を》

　からっ風の吹く季節のこと。
　とある空き地に三人の人影があった。
　真剣に向かい合う二人の様子をフェオが固唾を飲んで見守っていた。
　旅の途中で立ち寄ったこの場所でミラがどうしても稽古をしたいと言うので、それにディルが付き合う形でこうして向かい合っている。
　二人とも武器は構えていない。これは組手だ。


「それじゃ、はじめるか」
「うん！」
　うなずくと同時にミラは片方の拳を握り、ディルの方へと向かっていく。
　跳躍をまぜて相手の顔目がけて拳を振り上げるが、その拳はいとも容易くミラよりひと回り大きい手のひらにおさまった。
「って、いきなり顔殴ろうとすんなよ！」
　突拍子のないミラの攻撃に驚きつつ彼女の手を掴む力が強くなる。
「……大きい攻撃はそれだけスキが生まれやすいんだぞ」
　すると不意にミラの体が傾き、バランスを失って地面へと倒される。
「あれ……？」
　何が起こったのかは理解できなかった。地面に倒されて――と考えたときに、ディルの顔がすぐ目の前にあることに気がついた。
　ディルが何か言おうと口を開きかけたとき、彼が後ろのほうへと吹き飛ばされた。


「わ……？」
「ディル。今度は僕と稽古しようか？」
　ミラの近くに怒ったような笑みを貼り付けたフェオが立っていた。
「はー、ストップストップ！　今のは冗談だから！」
「冗談じゃなかったら次は水だけじゃすまないんだけど」
　どうやらディルを吹き飛ばしたのはフェオのようだ。強い魔力を込めた水弾がディルの体を弾き飛ばしたらしい。
「フェオ！今は私の稽古中だよ。邪魔しないで！」
「ごめん。でもどうやらディルが本気で攻撃しようとしていたみたいだからつい止めちゃったよ」
「（なんか怒ってる……？そんなにフェオも稽古がしたかったのかな？）」
　ひとまず体を起こすミラ。吹き飛ばされたディルが二人のもとまで戻ってくる。
「いてて……。フェオも容赦ないな」
「大丈夫、ディル？」
「おう」
　フェオはディルのことを睨んでいる。
「ディル、稽古の続きしよう！」
「あー、ひとまず（フェオの怒りがおさまるまで）休憩してからにしよう。次は剣も使おう」
「よーし！」


＊


　そして、ミラとディルは互いに剣を握り、再び向かい合っていた。
　少し遠くからフェオが不機嫌そうに二人を見ている。ディルは先程の件もあり、フェオからそれなりの釘を刺されていた。
　次にふざけた真似をしたら許さない。そう訴えるような目線でディルをにらんでいる。だからディルも一度気持ちを入れ替えて、ミラの目を見た。
「ちょっと本気でいくからな」
「いつでもいいよ」
　そういうとミラは片方の爪先で三度地面を叩いた。
「……来い！」
「いっくぞー！！」
　掛け声とともにミラは駆け出した。


　先ほどと同じように地面を蹴り、ディルまでの距離を一気につめる。そして剣を振り、彼を斬りつける。
「あー、もう！　ワンパターンだなミラ！」
「うぎぎ……」
　当たり前のように攻撃は防がれてしまった。
「まだぁ！」
　声と共に力を剣に乗せ、わずかに彼を押す。続いて叩きつけるように何度も何度も斬撃を加えていく。
「っ！　力押しかよ！」
「えいっ！」
「武器職人泣かせだな」
　ディルは剣を盾にして、落ち着いて一撃ずつ防いでは流していく。
　このままではどちらかの剣が壊れるか、という勝負になってしまってキリがない。ディルは身を屈めて次の攻撃をよけ、ミラのおなかを剣の柄で突く。
「ふみゃ！？」
「あっ？」
　反射的にディルが吹き飛ばされた。何があったのか、と考える前に脇腹に痛みが追いついて理解する。
「わあっ、ディル！　ごめーん！」
「いてて……。びっくりして、本能でオレを蹴り返した、ってか」
　脇腹をおさえるディルは静かに呆れた。つまりミラのカウンターだった。


　心配になったミラがディルの元へと駆け寄ってくる。
「大丈夫？」
「ありがとミラ。これくらいなんてことないさ！」
　まだ痛むが女の子の手前では見栄を張りたいディルだった。
「今日はこれくらいにしといたら？」
　いつの間にか近くにきていたフェオがミラ越しにディルの顔を覗き込む。その表情は心配しつつも呆れているようだった。
「はあ！？　まだ始めたばかりだろ。こんくらい稽古ならよくあることだし、気にすんなって！」
　そういうとディルはぴょんとその場に立ち上がる。
「やるかミラ？」
「うん！」
　ミラの目は輝いていた。
「やるんだ……。日が沈む前には宿に戻ろうね」
　相変わらずフェオは呆れていた。


　それからディルとミラの剣の稽古は、途中でおにごっこになったりかけっこになったりしながら日が暮れるまで続いた。

続