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scene.05 ミラと始まりの村

 ミラたちの暮らしているここは一般にポラリ村と呼ばれているが、村と一口に言ってもその場でぐるりと周りを見渡せば村全体を見ることができるほどの小さな村だ。
 前も後ろもも右も左も森という森に囲まれているので、おそらく村に初めて訪れた者からすると、ここだけが世界から切り離されたような不思議な錯覚に陥るかもしれない。村の真ん中を横切るように小川が流れ、水流を遡った先にある小屋には木でできた水車がからりと回っている。今ちょうど粉挽きの青年が小屋の中に入っていくのが見えた。森へと向かう道の途中には村の者が広場と呼ぶ、拓けた空間がある。
 ほとんどが木でできた家の中でも一段と屋根の低い小屋には、広い牧草地があり、コッコーが申し訳程度の低い木の柵から律儀に脱走せずに伸び伸びと草を啄んでいた。コッコーというのは鶏に似た鳥型の魔獣で、気性は穏やかなうえ一日に一つ産み落とす卵は貴重な食材ともなるため、村や町で養鶏しているところも多い。ただし、いくら穏やかでも低い柵からコッコーが脱走しないのは、隣の家から見張り番を担っている犬のジョセフが目を光らせているからこそである。


 ミラが小川の近くまできたところで大きな麻袋を担いだ男性に声を掛けられた。
「やあ、こんにちはミラ」
「こんにちはー!ジョセフのおじちゃん!」
「ああ、そう言われるとまるで俺がジョセフみたいだな……」
「えっ?」
「……俺の名前、覚えているかい?」
「ジョセフのおじちゃん……?」
「……やはりダメか。俺はロベルトだよ、ジョセフは俺の飼ってる犬の名前」
「あ、そっか!」
 彼は村の子どもたちの遊び相手である犬のジョセフの飼い主だった。ジョセフはミラたちの良き遊び相手だ。よく村の子どもたちと共にコッコーを追って駆け回っている。
会話をする度にミラには名前を間違えられているので、彼は呆れるよりも先に相変わらずだと笑って返した。この村に住む者は皆、彼女の天然っぷりに慣れている。
「今日もユウラと剣の稽古をしていくのかい?」
「そうだよ!今日こそはユウ兄に一撃食らわせてやるんだから!」
「熱心なことだな。ユウラはあの人の息子だから、なかなか敵わないだろ?」
「そうなんだよ!ユウ兄ってば強すぎるよー!……そういえばその袋には何が入ってるの?」
 ミラは彼が重そうに担ぐ袋を指差して尋ねた。ロベルトは相槌を打ち、これはね、と麻袋を地面に降ろしてその口を開けて中身を見せてくれた。袋の中には赤や緑、黄などに充分熟れた木ノ実が所狭しと顔を覗かせていた。
「わあ、きのみがいっぱいー!すごい、バターキュルビスの実もある!」
「すごいだろ?全部この間行なった木ノ実まつりで集めたものさ。今から隣町に売りに行くんで入り口まで持ってているんだ」
 何故入り口までなのかと聞くと、入り口には台車を用意してるからそこまで運ぶまでが大変なのだと、彼は言う。
 つい先日に、森の中の木ノ実を収穫し一番多く収穫した者が優勝という『木ノ実まつり』が行われたばかりだった。村一番の祭なだけあって、ミラも参加しとても盛り上がっていたことは記憶に新しい。
「すごい重そうだね」
「そりゃあな。なんてったって優勝者は一番張り切ってた村長だからな。……2キロもきのみ見つけたんだもんよ」
 一人で2キロもの木ノ実を集めたというのだから、全員が収穫した分をまとめた袋の重さもそれなりなのだろう。
「うー、すごいなぁ。よかったら村の入り口まで運ぶの手伝うよ!」
「ホントかい?助かるよ」
 余談でもなんでもないが、ミラはそこらの男子いや男性なんかより力持ちだった。それを知っている彼は助かるよと言って遠慮することなく麻袋をミラに託した。
 
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