メルフェネポス 短編集
《たたかう心とこわい気持ち》
「危ない、フェオ!」
ミラは前にいたフェオを押し、自らも伏せる。何、とフェオが問う前に彼が立っていた場所に何かが降ってくる。
「野生のダスティハウンド……!?」
その何かを見てフェオは驚いた。そこにいたのは白い毛並みを持つ犬型の魔獣で、無残にも地面は抉られていた。
ミラが魔獣の存在に気づかなければフェオもただではすまなかっただろう――もしも彼がその場に立っていたままだったら、と考えるだけでも恐ろしい。
「なんでこんなところに……」
「フェオ、大丈夫だった?ここは私に任せてフェオは下がってて……」
ミラはフェオの前に立つと腰に下がる一対の剣を引き抜いて構える。ユウラがミラのために、とあつらえた木製の双剣だ。
「ミラ!?」
フェオが彼女を制止しようとするが、ミラは既に地面を蹴りダスティハウンドに向かい走り出していた。
「やああ!」
気合いを込めた掛け声と共に剣を振り上げた。
――こわい。
フェオを助けたくて、使い慣れた剣を握った。でも、木でできたその剣たちはいつもユウ兄と手合わせをしている物と同じはずなのに、なぜだか重く感じた。
――私、怖がっているの……?
「えいっ!」
力を乗せて刃を横へ薙ぐ。ダスティハウンドには軽く避けられ、お返しとばかりに牙を向けてきた。それを両方の剣で受け止めて押し返し腹に向けて蹴り上げる。
「……ッ!」
ギャと短い悲鳴を上げて怯んだスキに大振りに薙ぎ大技を繰り出す。刃風がダスティハウンドに決まり大きく吹き飛ばす。
――恐い?
僅かに剣を握る手が震える。左腕から鈍く伝わる痛みが私を縛っているようで、思うように動かすことができない。
伝う、赤色。
稽古ではこんな"恐怖"なんて感じたことないのに――これが命のやり取り?私は恐れているの?
「……ッ」
魔獣を押しやった束の間、ミラは思い出したように左腕を押さえた。
肩で息をする彼女を見かねたフェオがミラの傍まで寄ってくると、ミラの剣先から血が滴っていることに気付く。木製だからか、染み込んだ赤いシミが事を大きく見せていた。
「ミラ、腕に……!」
「……多分、さっきあいつの攻撃を防いだ時に欠けた牙が刺さっちゃったみたいなの……。だけど大丈夫だよ、フェオは下がってて」
「ダメだよ、ミラ!」
ミラはそう言うと、フェオの言葉も聞かずに怪我をしていない方の剣を構える。再び現れた、牙の折れた魔獣は咆哮と共にミラへと向かってくる。
噛みつこうと真っ赤な口を開くダスティハウンドの攻撃を既のところで躱し剣を振るう。
しかし読まれていた。振るった刃の切っ先を力強い顎に抑えこまれ、力任せにミラから剣を奪い打ち捨てる。
「あっ……!?」
彼女の手から離れた剣は、手の届かない程の距離にカランと寝てしまった。
一瞬だけそれに気を取られた。その一瞬の間にダスティハウンドの大きな口元が目の前にあった。
――いやだ、こわい!死にたくない……!!
初めて直面した"恐怖"に最早成す術もなく、目の前の現実を受け入れたくなくて、ミラはギュッと目を閉じた。
*
「ヒューレ!」
その時後ろで聞こえた声にハッとして目を開いた。掛け声と同時にミラの背後から水の弾が勢いよく通りぬけ、目の前のダスティハウンドへぶつかった。
水をかけられた、という程度ではなくそれこそ敵を後退させる程の勢いでダスティハウンドを吹き飛ばしたのだった。
振り返った先には両手を前に突き出した格好のフェオがいた。紛れもなく、今の水弾は彼の仕業だ。
流石の魔獣も魔法には弱いらしく怯んでいる。
「ミラ、逃げるよ!」
フェオはそう叫ぶと、怪我をしていない方のミラの手首を掴んで一目散に駆け出した。
続
「危ない、フェオ!」
ミラは前にいたフェオを押し、自らも伏せる。何、とフェオが問う前に彼が立っていた場所に何かが降ってくる。
「野生のダスティハウンド……!?」
その何かを見てフェオは驚いた。そこにいたのは白い毛並みを持つ犬型の魔獣で、無残にも地面は抉られていた。
ミラが魔獣の存在に気づかなければフェオもただではすまなかっただろう――もしも彼がその場に立っていたままだったら、と考えるだけでも恐ろしい。
「なんでこんなところに……」
「フェオ、大丈夫だった?ここは私に任せてフェオは下がってて……」
ミラはフェオの前に立つと腰に下がる一対の剣を引き抜いて構える。ユウラがミラのために、とあつらえた木製の双剣だ。
「ミラ!?」
フェオが彼女を制止しようとするが、ミラは既に地面を蹴りダスティハウンドに向かい走り出していた。
「やああ!」
気合いを込めた掛け声と共に剣を振り上げた。
――こわい。
フェオを助けたくて、使い慣れた剣を握った。でも、木でできたその剣たちはいつもユウ兄と手合わせをしている物と同じはずなのに、なぜだか重く感じた。
――私、怖がっているの……?
「えいっ!」
力を乗せて刃を横へ薙ぐ。ダスティハウンドには軽く避けられ、お返しとばかりに牙を向けてきた。それを両方の剣で受け止めて押し返し腹に向けて蹴り上げる。
「……ッ!」
ギャと短い悲鳴を上げて怯んだスキに大振りに薙ぎ大技を繰り出す。刃風がダスティハウンドに決まり大きく吹き飛ばす。
――恐い?
僅かに剣を握る手が震える。左腕から鈍く伝わる痛みが私を縛っているようで、思うように動かすことができない。
伝う、赤色。
稽古ではこんな"恐怖"なんて感じたことないのに――これが命のやり取り?私は恐れているの?
「……ッ」
魔獣を押しやった束の間、ミラは思い出したように左腕を押さえた。
肩で息をする彼女を見かねたフェオがミラの傍まで寄ってくると、ミラの剣先から血が滴っていることに気付く。木製だからか、染み込んだ赤いシミが事を大きく見せていた。
「ミラ、腕に……!」
「……多分、さっきあいつの攻撃を防いだ時に欠けた牙が刺さっちゃったみたいなの……。だけど大丈夫だよ、フェオは下がってて」
「ダメだよ、ミラ!」
ミラはそう言うと、フェオの言葉も聞かずに怪我をしていない方の剣を構える。再び現れた、牙の折れた魔獣は咆哮と共にミラへと向かってくる。
噛みつこうと真っ赤な口を開くダスティハウンドの攻撃を既のところで躱し剣を振るう。
しかし読まれていた。振るった刃の切っ先を力強い顎に抑えこまれ、力任せにミラから剣を奪い打ち捨てる。
「あっ……!?」
彼女の手から離れた剣は、手の届かない程の距離にカランと寝てしまった。
一瞬だけそれに気を取られた。その一瞬の間にダスティハウンドの大きな口元が目の前にあった。
――いやだ、こわい!死にたくない……!!
初めて直面した"恐怖"に最早成す術もなく、目の前の現実を受け入れたくなくて、ミラはギュッと目を閉じた。
*
「ヒューレ!」
その時後ろで聞こえた声にハッとして目を開いた。掛け声と同時にミラの背後から水の弾が勢いよく通りぬけ、目の前のダスティハウンドへぶつかった。
水をかけられた、という程度ではなくそれこそ敵を後退させる程の勢いでダスティハウンドを吹き飛ばしたのだった。
振り返った先には両手を前に突き出した格好のフェオがいた。紛れもなく、今の水弾は彼の仕業だ。
流石の魔獣も魔法には弱いらしく怯んでいる。
「ミラ、逃げるよ!」
フェオはそう叫ぶと、怪我をしていない方のミラの手首を掴んで一目散に駆け出した。
続
5/5ページ