このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

メルフェネポス 短編集

- scene.1 ケンカするほど仲がいい -
メルフェネポス 短篇集
scene.1【ケンカするほど仲がいい】
――ミラとフェオは今日もケンカする。



 町の宿の中でなにやら不穏な空気が流れている様子。

「いやぁだー! 今日の夕飯はハンバーグがいい!」
「だからそれはムリだって言ってるでしょ?」
「ハンバーグ!」
「ムリなものはムリ! だいたい、その材料はどこにあるの? ミラすぐ用意できるの?」
「できない! けど食べたいの!」
「それはわがままだよ! ここは村じゃないんだから、食べたいものが食べれるはずないでしょ? すこしは我慢してよ!」
「十分我慢したよ!」

 そこへ買い出しを終えたディルとヴァニラが帰ってくる。
 帰ってくるなり声を張り上げてケンカしている2人に面食らう。二人の間に割って入ろうとするディル。それをヴァニラは止めた。

「お前ら何ケンカしてんだよ」
「夕飯の品について口論中だ」
「ヴァニラちゃん冷静だね」
「きっと、止めても火に油だろう」
「……うーん。それは確かに」

 幸いにもこの宿には他の宿泊客はいなかった。ディルとヴァニラはしばらく二人の様子を見守ることにした。

「でも食べたいの!」
「ダーメ! それに今日はもう野菜スープにするって決めてるんだから諦めて」
「ヤダー! ハンバーグ食べたい!」
「野菜スープ! もっとも、僕ハンバーグ好きじゃないから作らないよ」
「そんなの関係ないでしょ! 料理作る人がそんなワガママ言ってどうすんの!?」
「ミラの方がよっぽど根拠の無いワガママを言ってるように僕は聞こえるけど?」
「いつもなら答えて作ってくれるじやん!」
「今回は状況が違うって言ってるじゃん! もう少し考えてから発言してよ!」

「もう! わからずや! トンチンカン! 頑固ヤロー! フェオのバーカ!」
「……! バカって言う方がバカなんだよ! いつもいつも答えると思ったら大間違いだからね! 今回ばかりは僕の意思を貫くよ! ハンバーグは作らない、今後もね!」
「……あったまきた! もう容赦しないからね!」
 そう言うとミラは机の上の自分の剣を手に取る。
「いいよ、そっちがそう来るなら僕は受けて立つよ!」
 実力行使に移ったミラを見て冷静になるどころか、負けじとフェオも魔力を溜め始める。

「おいおい……」
「二人とも。宿の中でそんなことをしたら例え安宿だろうが吹っ飛ぶ。せめて外に出ろ」
「え、ヴァニラちゃんそこ?」
「安心しろ、防護壁は張ってやる。存分に戦え」
「ヴァニラちゃん、ちょっと楽しんでない?」

 ヴァニラの説得に応じたのかミラとフェオはお互いに目を合わせて宿の外へと向かった。二人に続いてヴァニラも後に続く。

「はあー。……度を越えたら止めるか」

 乗り気ではないがディルも頭をかきながら外へと向かった。



 町の外れの開けた場所まできた四人。向かい合うミラとフェオの周りにはヴァニラが張った防護壁がある。
「(ヴァニラちゃん、たのしそうだね)」
 一触即発な空気の二人を心なしかキラキラした目で見ているヴァニラはすっかり観戦者気分なのだろう。

「先手はもらったー!」
 地面を蹴りかけだしたのはミラだ。
 燃えるような赤い二対の剣を握り、フェオの眼前まで来るなり刃を横へと滑らせる。
 見え据えた攻撃。後ろへ下がってそれを回避するとすかさず手を前へかざし唱えた。
「<ヒューレ>!」
 彼の言霊に呼応して、右の手首に輝く腕輪が青い光を湛える。
 確かな煌めきを映す腕輪――正確には腕輪に埋め込まれた水属性の魔石が言霊を魔法へと変え、魔力を伴う水の弾を宙に生み出した。その数三つ。
 生み出された弾はフェオの命令に従い空を裂き標的であるミラへと襲いかかる。

「ナメないでよね!」
 足元に飛ばされた水弾を軽やかに飛び越えて、残り二つの弾を間合いに入ってきた瞬間切り捨てた。
 ジュ、という水の焼ける小さな音と共に霧散する。

 燃えるような赤色、ではない。ミラの携える対の双剣は彼女の魔力を持ってして今まさに燃えている、見えない炎を宿す魔導武器だ。
 小さな水弾くらいであれば、斬り伏せることくらい朝飯前である。
 しかしミラには束の間の油断さえ与えてくれないようだ。フェオの周りには更に五つほどの水弾が浮かび上がっている。
「え」
「油断してると、僕が勝つよ?」
 ニコリと微笑み、情け容赦という言葉をかなぐり捨てて彼が命令を下す。
 水弾の嵐がミラ目掛けて一斉に襲いかかり、跳ねた地面を、掠った服を髪を、濡らしていく。
 余談だが、この水弾当たると洒落ではなすまないほど痛い。フェオの魔力の込め方にもよるが、水弾により濡れた地面は僅かにへこんでいる。
「くっ……!」
 向かってくる水弾を斬り避けたところでミラはフェオから距離を取る。
 魔法使い相手に距離を取るのはあまり得策ではないが、マシンガンのように放たれる水弾は前に進むことすら許してくれないのだ。
 ましてや何も障害のない開けた場所であれば、尚ミラには分が悪い。
「<ウォーティス>!」
 そして、フェオは更に魔法の手を緩めず、水弾に次いで激しい水砲をミラに向けた。――水弾が止んだ、その瞬間を彼女は見逃さなかった。
 フェオが魔法を切り替え水弾の数が少なくなったのを見計らい、水砲が放たれるその間際ミラは近くの茂みに転がるように潜り込んだ。
 茂みの真上を水砲が勢いよく駆け抜ける。正しく間一髪だ。
 いくらユウラの魔法を幾度となく受けてきたミラだとしても、できれば魔法は食らいたくないものだろう。
 ヴァニラが言うには多少の魔法ならば当たっても無傷で済む程の魔力は備えているらしいが、それでもびしょびしょになってしまうのは勘弁だ。

 標的を見失ったフェオは小さく嘆息する。
「流石にすばしっこいな……でも」
 魔導士に時間と距離を与えてはいけない。それは師と謳う兄と実際に手合わせをした時に言われたことだった。
 その教えに習い、フェオは慌てることなく魔力を溜め始める。
 魔導士に時間を与えれば、それだけ大技を放つための魔力を溜めることができてしまう。
 魔導士に距離を与えれば、標的に狙いをすます猶予をくれてしまう。
 まさに今の状況だ。フェオは既に茂みから出てくるであろうミラに狙いをすましていた。
 茂みがかすかに動いた。
「……今!」
 フェオは威力の増した水砲を茂みに放った。



「うう……」
 それから夕飯時、宿のロビーでタオルを被るミラがいた。服も宿から借りた作務衣に変わっている。
「今日が雨でなくてよかったな」
 頬杖をつくミラの頭をヴァニラがタオルでわしゃわしゃと拭いて髪を乾かしていた。

 結果から言うと、先の戦いでミラは負けた。フェオの魔法を受けたミラは全身びしょびしょになり、その時点でディルが止めに入ったのだった。
 ミラは悔しがっていたが、お互いに戦ってスッキリしたのかそれ以上の文句もなかった。

「あ、いい匂い……」
 そして今はフェオが宿の厨房を借りて夕飯を作っているところだった。
 フェオは忙しいフェオの母親に代わって村にいた頃は料理を作っていた。そのためか料理する機会があるならば旅先であろうと材料を揃えてこうして作っている。
 ちなみにディルもフェオの手伝いで厨房にいるらしい。
「お前たちは不思議だな」
 ふとヴァニラがつぶやいた。なんのことだろうか、とミラが首を傾げる。
「……ケンカするほど仲がいいってことだ」
「うーん?」
 言葉の意味をわかりかねているミラを見て、気にするな、と言って乾いたミラの頭に手を置く。
「さて、久々のフェオの手料理だ。おなかも空いた頃だ。いただくとしよう」
「うん!」
 そして二人は食堂へ向かった。
1/5ページ