アヒールタイム
出会いは突然だった。
イギリスツアーで訪れた博物館の土産物コーナーで、玄武は吸い寄せられるように一匹のアヒルを手に取った。
塩ビ製の、片手でひょいと持ち上げられるサイズの黄色いアヒル。博物館の土産としてよく知られたもので、スフィンクスやビックベンなど、様々な展示物やイギリスにちなんだ仮装をしているものも多数ずらりと並んでいる。
その中から玄武が手に取ったのは、頭に赤い炎のようなものが付いた、日本で待っている相棒にどこか似た雰囲気の個体だった。
持ち上げて向かい合うと『バーニンッ!』とでも鳴きそうな愛嬌のある顔をしている。
「一緒に来るか」
玄武はこっそり声を掛けると、他の土産物達と一緒に会計を済ませるべく、買い物かごの中身に彼をそっと加えた。
同じツアーのメンバーである薫と一希と合流し、移動を始めたところで、
「ちょっといいかい、ここで写真を撮りてえんだ」
立派な噴水の前で玄武は立ち止まる。
突然の玄武のお願いに、薫も一希も意外そうな顔で振り返ると、玄武がポケットからアヒルを取り出し、反対側の手に持ったスマートフォンを構え、所謂『自撮り』を試みようとしていた。
「写真ならおれが撮ろうか?」
慣れぬ自撮りに思いのほか戸惑う玄武に、一希が一歩近寄り申し出ると、画面と向き合っていた強張った笑顔が、ホッとした表情へと変わった。
「有難え、頼んでいいか? 一希アニさん」
一希に自分のスマートフォンを手渡し、一歩下がってポーズを取る。一希の構えるスマートフォンのカメラにアヒルの顔を向けると、
「つくもー?」
「かずきー……で良いのか? 一希アニさん」
一希の掛け声に釣られ、つい名を呼んでしまった玄武が、照れつつ首を傾げて問う。
訊かれた一希は満足そうに頷いてスマートフォンを玄武へ手渡し、
「良い笑顔だった」
と太鼓判を押す。どれ、と映った写真を確認すると、玄武の自然な笑顔と、グッと握りしめられた相棒似のアヒルの絶妙な表情がどちらも鮮明に映っていた。
「事務所のSNSにでも上げるのか?」
近くに寄ってきていた薫が、ちらりと画面をのぞき込みながら玄武に問う。玄武は指先でちょんちょんと画面を操作し、
「お前にそっくりのアヒルを見つけたぜ、ってまずは朱雀に報告だ」
言いながら微かに目尻を下げて笑い、送信のボタンを押した。
「SNSに上げる写真は、宿でアニさん方のとも比べて考えようぜ」
画面を閉じ、上着のポケットへしまおうとする玄武の手の中で、スマートフォンがぶるぶると震えて着信を告げた。玄武は顔の前に画面を持って行き、最新の通知を目にしてハハッ、と声を出して笑う。
「……何だ?」
薫が訝しげに首を傾げると、玄武は画面を二人に向けて見せる。
『ツアーの間だけはそいつをオレだとおもっていいぜ!』
その後にばあにん!と挨拶のように書かれており、何やら意味不明なスタンプまで送られていた。
薫と一希は顔を見合わせ、不思議そうな顔をしつつも、珍しく長引いている玄武の笑いがおさまるまで、しばらく静かに見守る事となった。
イギリスツアーで訪れた博物館の土産物コーナーで、玄武は吸い寄せられるように一匹のアヒルを手に取った。
塩ビ製の、片手でひょいと持ち上げられるサイズの黄色いアヒル。博物館の土産としてよく知られたもので、スフィンクスやビックベンなど、様々な展示物やイギリスにちなんだ仮装をしているものも多数ずらりと並んでいる。
その中から玄武が手に取ったのは、頭に赤い炎のようなものが付いた、日本で待っている相棒にどこか似た雰囲気の個体だった。
持ち上げて向かい合うと『バーニンッ!』とでも鳴きそうな愛嬌のある顔をしている。
「一緒に来るか」
玄武はこっそり声を掛けると、他の土産物達と一緒に会計を済ませるべく、買い物かごの中身に彼をそっと加えた。
同じツアーのメンバーである薫と一希と合流し、移動を始めたところで、
「ちょっといいかい、ここで写真を撮りてえんだ」
立派な噴水の前で玄武は立ち止まる。
突然の玄武のお願いに、薫も一希も意外そうな顔で振り返ると、玄武がポケットからアヒルを取り出し、反対側の手に持ったスマートフォンを構え、所謂『自撮り』を試みようとしていた。
「写真ならおれが撮ろうか?」
慣れぬ自撮りに思いのほか戸惑う玄武に、一希が一歩近寄り申し出ると、画面と向き合っていた強張った笑顔が、ホッとした表情へと変わった。
「有難え、頼んでいいか? 一希アニさん」
一希に自分のスマートフォンを手渡し、一歩下がってポーズを取る。一希の構えるスマートフォンのカメラにアヒルの顔を向けると、
「つくもー?」
「かずきー……で良いのか? 一希アニさん」
一希の掛け声に釣られ、つい名を呼んでしまった玄武が、照れつつ首を傾げて問う。
訊かれた一希は満足そうに頷いてスマートフォンを玄武へ手渡し、
「良い笑顔だった」
と太鼓判を押す。どれ、と映った写真を確認すると、玄武の自然な笑顔と、グッと握りしめられた相棒似のアヒルの絶妙な表情がどちらも鮮明に映っていた。
「事務所のSNSにでも上げるのか?」
近くに寄ってきていた薫が、ちらりと画面をのぞき込みながら玄武に問う。玄武は指先でちょんちょんと画面を操作し、
「お前にそっくりのアヒルを見つけたぜ、ってまずは朱雀に報告だ」
言いながら微かに目尻を下げて笑い、送信のボタンを押した。
「SNSに上げる写真は、宿でアニさん方のとも比べて考えようぜ」
画面を閉じ、上着のポケットへしまおうとする玄武の手の中で、スマートフォンがぶるぶると震えて着信を告げた。玄武は顔の前に画面を持って行き、最新の通知を目にしてハハッ、と声を出して笑う。
「……何だ?」
薫が訝しげに首を傾げると、玄武は画面を二人に向けて見せる。
『ツアーの間だけはそいつをオレだとおもっていいぜ!』
その後にばあにん!と挨拶のように書かれており、何やら意味不明なスタンプまで送られていた。
薫と一希は顔を見合わせ、不思議そうな顔をしつつも、珍しく長引いている玄武の笑いがおさまるまで、しばらく静かに見守る事となった。
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