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カラメルからカスタードへ

 いつか、大好きなトレーナーと旅がしたい。
 それは、心の中で密かに抱いた、プリンの夢――


「ポッポ、“風おこし”よ!」

 地面から顔を出す雑草たちを吹き飛ばすほどの強風が巻き起こる。

「……ぷぅ……ぷりぃ」

 攻撃を受けたプリンの体は成すすべなく吹き飛ばされ、背後の巨木に打ち付けられた。そのまま目をぐるぐると回して動けなくなってしまう。
 あまりにもあっさりとついてしまった勝負に、ミニスカートの少女とポッポは呆気にとられた。

「何よこのプリン。たった一撃で戦闘不能になっちゃうなんて」

 残念だと言わんばかりに肩を落とし、ミニスカートの少女は仕方なくポッポをボールに戻す。

「そういえば、ここには弱すぎるプリンがいるって噂があったけど、もしかしてあなたのこと?」
「ぷり!?」

 ミニスカートの少女の言葉を耳にしたプリンは、ショックのあまり固まった。自分が弱いことに自覚はあったものの、まさか噂にまでなっているとは思わない。

 お月見山へと続く道――7番道路の草むらには、バトルが滅法弱いプリンが住み着いている。この辺りでは有名な噂だった。
 バトルをすれば必ず一撃で戦闘不能となり、そのあまりの弱さから誰からも仲間にしてもらえないのだとか。
この噂を耳にしたトレーナーたちはそんなプリンを憐れむが、自分たちも強いポケモンを求めていることに違いはないため、結局、相手はにしないのだ。

 それはこのミニスカートの少女も同じ。噂の弱いプリンだと知った少女は、「弱いからいいや」と気だるげに言い残し、プリンの前から去って行った。

「…………ぷりり」

 遠ざかっていく少女の背中を眺めながら零れた弱々しい声は、風の音にかき消される。
 トレーナーとの旅、この夢を叶えることがこんなにも難しいことだとは思っていなかった。共にこの場所で暮らしていた別個体のプリンたちは、もうとっくにトレーナーにゲットされ、旅立って行った。
 だというのに、なぜ自分だけこんなところに取り残されているのか。こんなにも弱いのか。どうして強くなれないのか。
 日を追うごとに積み重なっていく自信の無さが、プリンの心を少しずつ蝕んでいた。

「ぷりぃ……」

 大きな瞳から涙が零れ落ちる。
 ぐぅ……と、腹の虫が空腹を知らせる。けれども、弱いプリンには食べ物を確保する力もない。
今夜の食事は諦めて、傷だらけの体を休めるべく、ふらふらとおぼつかない足取りで自身の寝床へと向かった。



 翌朝、体力が回復したプリンは再び活動を始める。
 どれだけ傷だらけになっても、バトルが弱くても、敗北を重ねても、諦めきれなかった。
 広い世界での冒険を、心の底から大好きだと感じられる誰かと旅をすることを――
 けれども、空腹と体力の消耗で疲弊した体は悲鳴を上げていた。せめて何か口にしなければ。空腹を満たせるものを求めて、草むらを彷徨い続ける。

「…………ぷ?」

 プリンより何倍も大きな木に成るのは、真っ赤な林檎。どうにかして地面に落とすことはできないか。
 考え込んで、まずは木の根元に向かって”体当たり”を繰り出す。
 しかし、ビクともしなかった。体はバトルで疲弊し、ろくに食事もできていないのだから、力を出し切れるはずが無い。
 崩れ落ちるように、その場に座り込む。ぶら下がる木の実をただぼーっと眺めていると、一匹のオニスズメが鋭い嘴を駆使して林檎を持ち去ってしまった。

「ぷりぃ……」

 ぐるるるる。
 お腹の虫が悲鳴を上げる。けれども、あれが最後の木の実だった。この場にもう用はない。
 プリンは再び食べ物を求め、仕方なく立ち上がる。

「あっ! ポケモン見つけた!」

 明るく快活な声が、プリンの耳に届く。
 顔をあげれば、目の前には白い帽子を頭に乗せた少女と大きな蕾を背負った新緑色のポケモンが、瞳を輝かせてこちらを見ていた。 
 この流れは考えずともわかる。野生のポケモンである自分をゲットするためのバトルが始まるのだ。

「今度こそゲットするよ! フシギダネ!」
「だね!」

 フシギダネと呼ばれたポケモンと声を掛け合い、少女は意気込む。
 その光景が、プリンにはただただ羨ましかった。
 けれども、もう期待はしていない。どうせ今回も一撃で倒され、「弱いポケモンなんていらない」という捨て台詞を置いて別のポケモンを探しに行ってしまうのだろう、と。自分の弱さは、自分が一番よくわかっている。痛いほどにーー

「よし、いくよ!フシギダネ!!」
「だね!」

 少女とフシギダネの掛け声が、キーンと響く。直後、ズキンと大きな頭痛がプリンの頭を締め付けた。
 視界がグラつく。足に力が入らない。呼吸すら上手くできない。
 胸が苦しい。

「えっ、プリン……!?」

 ドサリ。何かが地面に打ち付けられる音が少女とフシギダネの耳に響く。
 フシギダネと顔を見合せて、忍び足でプリンの元へ歩み寄ると、そこには荒い呼吸を繰り返すプリンがいた。誰がどう見ても危険な状態に少女は青ざめる。

 少女は、故郷から旅に出たばかりの新人トレーナーであった。名をリーフという。
 少しずつだがバトルにも慣れてきた頃で、バッジもニビジムのグレーバッジをゲットしたばかり。
 けれども、ポケモンの捕獲に関してはなかなか上手くいかず、仲間はパートナーであるフシギダネだけだった。

 そんな新人ポケモントレーナーのリーフが、遠目からプリンの状態を正確に見極められるはずなど無い。
 
「い、急いでポケモンセンターに連れて行ってあげないと……!」
「だね、だーね!」

 早くはやく! とリーフの言葉に同意し、フシギダネは自らボールの中へと戻る。
 それを確認したリーフは、プリンを腕に抱え、超特急でポケモンセンターへと向かうのだった。


 ***


 ぼんやりと霞む視界。それを晴らすため、瞼が勝手に動く。数度、瞬きを繰り返し、ようやく目の前が鮮明となった。

 プリンの瞳に入り込んだのは、一面真っ白な空。これは空だろうか。それにしてはあまりにも白すぎる。
 次に眩い光を認識する。強い輝きを発するそれは太陽だろうか。それにしてはあまりにも距離が近く、そして、小さい。

 プリンはその2つの情報から、ここが自分の住処では無いことに気づく。

「あ、目が覚めた?」
「………………………………ぷっ……?」

 明るい声が耳に入る。倒れる前に聞いたものと同じだ。
 それを認識した直後、目の前の光が何かによって遮られる。ほんの少し視線を動かして確認すれば、倒れる前に出会った少女ーーリーフの顔があった。
 けれども、気の所為だろうか。さっきよりも、少しだけ元気がないように感じられるのはーー

「初めまして、私はリーフ。ここはね、ポケモンセンターだよ」
「……………………ぷり?」
「もしかして、来るのは初めてかな? ポケモンを元気にする場所だよ!」
「………………ぷぅ」

 リーフの説明に、プリンはようやく自分が今いる場所を把握する。人間が居住する建物とやらに居るのだと。

「すごく危険な状態だったんだよ」
「…………ぷ?」
「……ごめんね、気づいてあげられなくて」

 壊れ物を扱うかのように、プリンの頭を優しく撫でながら、泣きそうな表情で、悔しげに謝罪の言葉を発する。
 主に体力の激しい消耗と栄養失調、精神的疲労もプリンの体が弱っていた原因の一つであった。

「だーね」

 すると、リーフの隣でずっと様子を伺っていたフシギダネから、何かが差し出される。
 それは幾つもの小さな茶色の物体。白い器の上に山を作っていた。

「これはポケモンフーズ。ポケモンのためのご飯なんだよ!」

 簡単に説明し、リーフはフーズを一つ手に取って、プリンの口元へ近づける。

「よかったら食べてみて、元気が出るから!」
「………………」

 しかし、プリンは顔を背ける。
 そんなプリンの様子に、リーフは思わず「あれ!?」と声を上げた。
 プリンも自分の行動に驚いていた。あれだけお腹が減っていたというのに、今はなんだか食欲が沸かない。

「うーーん……食べにくい、かな?」

 体調が悪いプリンに、咀嚼が必要な食べ物は厳しいのではないか。
 食べやすさについても考慮し、再び食べ物を思い浮かべる。

「あっ、そうだ!」

 何か閃いたリーフは、自身の鞄に手を突っ込んで何かを取り出す。「じゃーん!」の掛け声と共に掲げたのは、手のひらサイズの丸い物体だった。

「これはね、プリンと同じ名前のスイーツ!」
「……ぷり?」
「口の中でとろけて美味しいよ〜〜?」

 不思議そうにリーフを見つめるプリンの視線を感じながら、容器の蓋を剥がし使い捨てのスプーンを取り出す。

「はい、どーぞ!」

 差し出された黄金色の物体に視線を落としながら、プリンはまず香りを確認する。
 木の実とは違う。感じたことの無い甘い匂いが、ほんの少しだけ食欲を掻き立てた。
 意を決してパクリとスプーンに齧り付く。

「…………ぷりゅ!?」

 途端に広がる甘い味に、プリンは目を丸くしたまま固まる。
 柔らかい。けれど、つるっと、ぷるんともする妙な食感。不思議と不快感は無かった。

 モモンの実や林檎、これまで食べてきたどの木の実とも違う甘みと、ぷるぷるとした冷たい食感。どちらもプリンにとっては初めての経験だった。
 この世界には、こんなにも美味しいものが存在していたのか。思わず感動してしまう。
 だけど、それ以上にーー

「ね、美味しいでしょ?」

 自分の身を案じ、新しい世界を教えてくれた少女の優しさが、何よりも嬉しかった。
 これまで堪えていたものがこみ上げ、ぶわっと涙が溢れる。

「ぷっ、うっ……ぷ、りぃ……」
「えぇ!? ど、どうしたの!?」
「だ、だねぇ??」

 突然、大粒の涙をほろほろと零すプリンの様子に、リーフとフシギダネは動揺する。

 まさか、ぷりんの味が合わなかったのだろうか。リーフは慌てながら再び謝罪の言葉を述べる。
 けれども、プリンは大きく首を振り、そのままわんわんと涙を流し続けていた。


 ***


 翌日、ポケモンセンターで治療を受け、ふかふかの布団の中で一晩ぐっすり休んだプリンの体調は、すっかりと元通りになっていた。
 ソファの上で元気よく飛び跳ねるプリンの姿に、リーフとフシギダネは安堵する。

「本当に、元気になってよかった!」
「だぁね!!」
「ぷりゅり!!」

 プリンはペコリとお辞儀をして感謝を伝える。
 あの後もリーフとフシギダネは、付きっきりで看病してくれたのだ。二人の優しさに何度も救われた。昨日食べたぷりんの味は、きっと、ずっと忘れない。

「これで一安心だね!!」

 少女の笑顔が、プリンの心に温もりをくれる。
 この子と旅がしたい。
 自然と溢れた感情だった。

 けれど、その願いはきっと叶わない。だって、こんなに弱い自分を受け入れてもらえるなんてこと、ありはしないのだから。
 プリンはグッと自分の願望を押し込んで、もう一度リーフとフシギダネに向けて深く頭を下げると、ソファから飛び降りとぼとぼと入り口に向かって歩いて行く。

「えっ!? プリン、どこに行っちゃうの!?」

 ピタリと足を止めて振り返れば、大きな目を更に丸くさせ、驚いた表情で自分を見つめるリーフの姿があった。

「森に帰っちゃうの……?」
「……ぷり」

 数秒の間を置いて頷くと、再び歩き出す。
 そんなプリンの後姿はあまりにも寂しそうで、考えるよりも先にリーフの口が動く。

「私たちと一緒に来ない?」

 ポケモンセンターのロビーにリーフの力強い声が反響する。ざわざわと騒ぎ始める周囲の様子から、リーフはここがポケモンセンターであることを思い出しほんの少しだけ羞恥心に襲われた。
 けれども、泣きそうな表情でこちらを真っすぐと見つめているプリンの姿を認識した瞬間、そんな感情は一瞬にしてどこかへと消え去った。

「旅しようよ! 一緒に!!」
「だぁね!!」

 リーフの提案に、足元で様子を伺っていたフシギダネも大きく頷いて見せる。

「ね?」

 リーフはプリンに笑顔を向けて、両腕を大きく広げる。おいで、と。

「…………ぷっ」

 リーフも同じことを考えてくれていた。
 一緒に旅がしたいと思ってくれていた。

 トレーナーであるリーフと心が通じたような気がして、プリンはたまらなく嬉しかった。
 出口へと向かっていたプリンの足は、自然とリーフの方へと引き寄せられる。一歩、また一歩、ゆっくりと小さな足を動かして、太陽のように明るい笑顔を見せてくれるリーフの元へ進んでいく。

「ぷ、ぷりぃ!!」

 リーフの元まであと数歩。彼女の腕の中へ飛び込もうと、プリンは小さな足に力を込める。

「あ、あなた昨日のプリン!!」

 ピタリ、と時間が止まったような感覚がプリンたちを襲う。
 リーフとはまた別の愛らしい少女の声が、リーフとプリンに間に繋がった見えない糸を切断したような気がした。

 ドクン、ドクン……――
 プリンの胸が嫌な鼓動を立てる。
 見たくない。知りたくない。聞きたくない。そんな感情が込み上げて来るにも関わらず、その警告を無視するかのように、プリンの視線は声の主を捉えた。

 昨日、プリンとバトルをしたポッポのトレーナーだった。

「えっと、このプリンのこと知ってるの?」

 呆気に取られていたリーフは、一度広げていた腕を仕舞い、ポッポのトレーナーへ問いかける。

「昨日、このプリンとバトルしたの。ゲットしようと思って」
「そう、だったんだ……もしかして、もう一度ゲットしようと思ったの?」
「しないしない。だってこのプリン、最近ここらで滅法弱いって噂のプリンだもの」

 今度こそ、本当にダメだ。この話を聞いて、わざわざ弱いポケモンをゲットするトレーナーなんていない。
 ショックで茫然と立ち尽くすプリンの耳に、少女たちの声は、もう届いていなかった。

 けれども、それは一瞬のこと。
 プリンの体が、温かい何かに包まれる。

「……ぷり?」

 現実逃避するかのように遮断していた世界の音が、再びプリンの中へ流れ込む。

「それでも私は、プリンと旅がしたい」
「ぷ、り……」

 リーフの素直で真っ直ぐな言葉が、プリンの悲しみを覆いつくす。

「ちょっと、あなた! 話聞いてたの!? そのプリンは――」
「うん、ちゃんと聞いてた。でも私はこの子がいい」

 プリンの頭に優しく手を置いて、涙で揺れる大きな瞳を見つめながら、陽だまりのように温かい眼差しでリーフは語りかける。

「最初から何でもできる人なんていないよ。人も、ポケモンも――」

 リーフの脳裏に、ツンツン頭の幼馴染の姿が浮かび上がる。
 器用で、勉強も運動もできて、とにかく何でもそつなくこなしてしまう彼は、常に一番だった。
 けれども、リーフは知っている。その一番という座に居続けるために、完璧であるために、誰よりも先に、膨大な時間をかけて努力を続けていることを――

 始めから強い生き物などいない。
 完璧な存在だっていない。
 人も、ポケモンも、他の誰かに支えられて、助け合って生きていく。そうして、強くなっていく。

「だから、一緒に強くなろう? 私たちと一緒に」
「だねだぁね」

 フシギダネの蕾から伸びた蔓が、リーフがしたのと同じように、あやすようにプリンの頭を優しく撫でる。

「ぷっ、り……ぷりゅうううう!!」

 目の縁に集まった涙の玉が零れ落ち、幾つもの雫となる。
 リーフはそんなプリンの涙を拭うことはせず、そっと胸に抱き寄せた。

 ポッポのトレーナーは少し納得していない様子で、リーフたちを一瞥した後、無言でその場を立ち去った。

 プリンが落ち着きを取り戻したことを確認したリーフは、そっとプリンを床に下ろして、取り出したモンスターボールを向ける。

「プリン、行こう! 私たちと!」
「だぁね!」

 フシギダネとリーフの笑顔に、プリンもとびきりの笑顔で応えた後、差し出されたモンスターボールの中央をタッチする。
 大きな口を開けたモンスターボールは、眩い光でプリンの体を覆い、ボールの中へと吸い込んでいく。蓋が閉じた数秒後、ポン! とゲット完了の音が小さく響いた。

「プリン、ゲットーー!!!」
「だねだーー!!!」

 ピカピカのモンスターボールを掲げて、リーフはフシギダネと共に新たな仲間出来たことを祝福する。
 そしてリーフは、初めて出来た仲間のモンスターボールに視線を落とし、言葉をかけるのだ。

「これからよろしくね、プリン!!」

 カタッと手の平の上でボールが揺れる。それは「こちらこそ」と「ありがとう」が込められた、プリンのメッセージだった。


 その一年後、ある少年少女たちが、連続でポケモンリーグを制覇したと、世間で話題になった。
 殿堂入りの記録写真に写るのは、チャンピオンの称号を得たリーフとフシギバナを始めとする六匹の仲間たち。そこには、かつて滅法弱いと噂になっていたプリンの姿があった。
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