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いかりの湖



「このお土産屋さん……いかにも怪しい」

「ぷりッ!」

 白い帽子を風で飛ばされぬようしっかりと手で押さえながら、目の前に建つ土産屋を見上げる一人の少女──リーフは訝しげに零した。
 ここはジョウト地方のチョウジタウン。
 いかりまんじゅうで有名なこの町は、テレビや雑誌でも頻繫に特集されている。この土産屋自体も知名度が非常に高い有名店だ。
 一見すると人畜無害な建物に感じられるだろう。しかし、店内に漂う雰囲気は明らかに観光地独特の賑わいからかけ離れたものであった。そうした危険な匂いを強く感じてしまうのは、とある事件を知ってしまったからに他ならない。

 リーフがジョウトの地に足を運んだのは、今から一週間ほど前のことである。
 ジョウトで有名なウツギ博士の元へオーキド博士から頼まれた荷物を届けるため、ワカバタウンのウツギ研究所に訪れていた。
 無事に荷物を届け研究所を出た直後、リーフのポケギアから着信音が鳴り響く。相手はセキエイリーグのチャンピオン「ドラゴン使い」のワタルであった。

 彼の口から告げられた内容は主に二つ。
 一つは、三年前に解散したはずのロケット団が復活したというもの。そして、もう一つは、奴らを無力化するための協力要請であった。
 事情を把握したリーフは、すぐさま三年前にカントー地方で起きた事件を思い浮かべる。あの時と同じの出来事が起きようとしていることを察したリーフは、その依頼を二つ返事で受け、すぐにワタルの元へ駆けつけた。そうして彼から任された仕事が、今回の事件に関する情報収集であった。

 リーフがチョウジタウンに滞在している理由は、ワタルの指示で事件の調査を行うためであった。
 なぜ、チョウジなのか——それは、”いかりの湖”でロケット団が怪しい動きを見せているという情報が手に入ったからだ。
 その情報からワタルは作業の効率化を図るため、いかりの湖付近に位置するチョウジタウンにアジトを隠しているのではないかと目星をつけたのだ。
 そうして、ワタルはいかりの湖、リーフはチョウジタウンと二手に分かれて調査を行うこととなり、現在に至るというわけである。
 土産屋が纏う空気。リーフの眼には怪しさしか映らなかった。店自体に大きな変化はないものの、店内で働く従業員や客の雰囲気がどうにも引っかかっていた。

「似てるんだよね。タマムシのゲームセンターでの事件の時と」

 三年前、まだトレーナーとして半人前だった自分が旅の途中で遭遇した最初の事件が、タマムシシティのゲームセンターで起きたものであった。普通の店と見せかけ地下にアジトを設け、そこで密かに活動を行っていたのだ。
 そうした過去の経験から今回もそれに近いものではないか、というのがリーフの見解である。何より店自体が『この店には何の害もありませんよ』とわざわざ主張しているかのようだ。

「ワタルさんの話ではアジトもこのチョウジのどこかだろう、って言ってたし……」

 今から数分ほど前にワタルから入った電話で、いかりの湖に赤いギャラドスが出現したという情報を得た。ワタルは、ポケモンの身体に影響を及ぼす何らかの電波によって強制的に進化をさせられたのではないかと踏んでいる。
 となると、やはりその電波の発信源は湖から一番近いチョウジタウンから流れているものだと考えられる。
 それはつまり、ロケット団のアジトがこの町のどこかにあるのだと捉えて良いだろう。

「プリンも変な感じがするんだよね?」

「ぷりりッ」

 チョウジタウンに入ってからどこかソワソワした様子を見せるプリン。おそらく、その謎の電波とやらを感知したためだろう。プリンが感じた違和感を頼りにチョウジの町を歩き回った結果、この土産屋に辿り着いたのだ。
 ワタルの推測とプリンの察知能力、そして、リーフの経験談……この三つは十分な根拠として取り扱っても問題なさそうだ。

「確実にここがアジトだと思って良いね……」

「リーフちゃん」

 頭上から降りかかる男性の声。それに釣られて目を向ければ、そこにはカイリューとその背に跨るワタルの姿があった。

「何か情報は掴めたかな」

「やっぱりこのお土産屋さんが怪しいです。三年前の事件でも、奴らはアジトをゲームセンターの地下に作っていました。今回もそのパターンが考えられるかなって……プリンも変な感じがするって言ってますし」

「なるほど」

 リーフの考察にワタルは顎に手を添えて思考を巡らせる。
 三年前の事件でワタルが実際に現地に赴いたのは、事件発生の後だった。その時には既にゲームセンターも警察以外の立ち入りが禁止されていた為、事件前の様子を知らない。しかし、調査の結果、表向きはただのゲームセンターとして運営し、秘密裏に活動していたということは警察の方でも確認されている。

「よし、もう一度調べてみよう」

 リーフの推理が正確なものであると判断したワタルは、カイリューを連れて店内へ足を踏み入れる。リーフも後に続いた。
 店員は、突然押しかけてきたワタルの姿を目にして様子を一変させる。冷や汗を流し、態度もどこかよそよそしく、しかし、胡散臭い笑顔は消すことなくあくまで”普通”を装っている。店員が見せたその動揺から、ここは間違いなくロケット団のアジトであると確信を得た。

「リーフちゃん、君の推理は間違っていなかったようだ。お前、アジトの入口は何処だ!!」

「さ、さあ……なんのことでしょう……」

 チャンピオン独特の威圧感に怖気づきながらも、店員は平静を装い中々口を割ろうとしない。
 
「いつまで白を切るつもり! もうバレバレよ!」

「カイリュー、"破壊光線"!」

 指示を出されたカイリューは、店内であろうと躊躇うことなく破壊光線を放つ。
 爆撃音が響き渡り、煙が店内を包んだ。店員と客を装っていた二人のロケット団員たちは、その威力に腰が抜け地べたに座り込む。

「ワタルさん!」

 そこに加わる別の声。少し幼さの残る力強い声色は店の入り口から聞こえたものだった。
 リーフが視線を寄越せば、そこにはキャップを深く被った少年がバクフーンを連れて佇んでいた。

「君は……?」

「遅かったね、ヒビキ君!」

「あ、そっか……この子がワタルさんの言っていたトレーナーですね」

 湖の調査を終えたワタルから連絡を受けた時、一人助っ人ができた旨を聞いていた。バクフーンを連れた10歳のトレーナーと特徴も伝えられていたため、改めて説明を受ける必要はなかった。
 本来、このような事件に一般人は巻き込まないようにするものだが、ヒビキはジョウトのチャンピオンリーグを目指しジムを巡っており、現在は六つのバッジを所持しているとのこと。腕が立つと判断し、協力を要請したのだろう。人数は多いに越したことはないし、強いトレーナが一人でも味方であればそれだけ事件解決に早く漕ぎつける。

「やはり、おかしな電波はここから流されてる」

「そうなんですね……」

 その情報に、ヒビキは顔を顰め拳を強く握った。彼から伝わる怒り。それは、ポケモンを悪事に利用するロケット団に対してのもの。許せない、その感情はわざわざ彼が言葉にせずともリーフの胸に届いていた。
 ヒビキはいかりの湖で、ロケット団により強制的に進化させられたあの赤いギャラドスと戦っていた。ギャラドスの苦しみは、直接対峙したヒビキが一番理解しているだろう。だからこその怒り……そんなヒビキに影響され、リーフの脳裏に三年前の出来事が浮かぶ。ロケット団のせいで生き別れてしまった、あの親子の姿が——心の奥から込み上げるキリキリとした痛み……今は感傷に浸っている場合ではないと胸に手を当て、必死に感情を抑える。

「ぷり……?」

 リーフの様子に気づいたプリンが、心配そうに見上げている。この非常時に自分の世界に入り込んでいるわけにはいかないと、リーフは記憶と感情を振り払い笑顔を乗せる。そして、大丈夫だと言い聞かせる。トレーナーの不安は、ポケモンに伝染するのだから、今は気をしっかり持たなくては。リーフは安心させるためにプリンを抱き上げ、今度こそ感情に呑み込まれぬよう深呼吸をしてから真っすぐに前を向いた。

「おい! そこのお前、答えろ。アジトの入口は何処だ。まだ白を切るつもりなら、今度こそ容赦しないぞ」

 煙に乗じていつの間にかカウンターから店内の奥に設置されている棚の隣に移動していた店員基ロケット団員の姿を捉え、ワタルが逃げ道を塞ぐ。ワタルとカイリューの威圧に気圧され、入り口から脱出をしようと方向転換したロケット団員だったが、そこにはリーフやヒビキ、二人のポケモンが退路を防いでいる。

「へ、へへ……お前らなんかにアジトを知られてたまるかよっ!」

 挟み撃ちにされてもなおアジトの入り口を吐かないロケット団員。それほどまでにロケット団に尽くす心意気は呆れを通り越して感心さえする。
 しかし、残念なことにワタルもリーフもアジトの入り口がどこにあるのか、既に目星はついていた。
 なぜロケット団員は、わざわざカウンターから棚の隣へ移動していたのか。その棚が入り口であることを示しているも同然。わかっていても尚、ワタルがアジトの入り口を聞き出そうとしたのはそれが目的ではなく、団員をその棚から引き離すための陽動であった。

「フッ……残念だが、もうアジトの入り口は特定している。階段は……ここだっ!」

 ワタルが棚をぐっと奥へと押せば、空洞が確認された。そこには、確かに地下へと続く階段が見える。
 入り口を見破られ、二人のロケット団員たちはショックのあまり固まってしまった。ワタルはその隙を見逃さない。

「リーフちゃん、ヒビキ君、手分けして中を探ろう! 俺から先に行くよ」

 ワタルはカイリューを連れ、急ぎ足で階段を下っていく。
 地下深くへと消えていく彼の足音を耳に入れながら、強張った表情で隣に立つヒビキへ声を掛ける。

「ヒビキ君、私達も行こう!」

「あっ、はい!」

 すっかりへたり込んでいるロケット団員たちを一瞥し、二人はワタルの後を追うようにアジトへ突入した。

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