幼なじみの恋に5題
大切なただの幼馴染
「ど、どうしよう……」
ほぼ真っ暗な視界に、ひんやりと冷たい空間の中で、リーフはただポツンと突っ立っていることしかできなかった。時折、微かに聞こえるポケモンの鳴き声が不気味に思えて、身体をブルリと震わせる。
イワヤマトンネル。10番道路にあるそれは、次の町であるシオンタウンに続いている。内部は広く、暗く、元々、暗い場所があまり得意ではないリーフにとってこのルートは大きな壁だった。しかし、秘伝技の「そらをとぶ」を持っていない彼女がシオンタウンへ辿り着くルートは、このイワヤマトンネルを抜ける方法しかない。
覚悟を決めて足を踏み入れたは良いものの、内部の暗さはリーフが想像していた以上であった。秘伝技の「フラッシュ」無しではトンネルを抜けるのが困難であることは知っていたが、リーフの手持ちにフラッシュを使えるポケモンがいない。そのため、フラッシュを使わずに前に進んでいたのだが、それは甘い考えであったと気づいた時には遅かった。
「……わたし、このまま外に出られないのかな」
トンネルを抜ける意気込みよりも、恐怖心の方が勝り、リーフの目に縁に涙が溜まる。
こんなことなら、ちゃんとフラッシュを覚えさせるべきだった……。そんな後悔が押し寄せるも、リーフは小さく首を振る。
(ダメ、できない……)
トンネルを通り抜けるためだけに、フラッシュをポケモンに覚えさせることなどできなかった。まるで、ポケモンを道具のように扱っているみたいで……──
リーフの脳裏に、Rの文字と黒ずくめの人間がチラつく。旅を出てから何度か遭遇した彼らは、ポケモンを盗み、道具のように扱い、傷つる……非情な行為を重ねていた者たちだ。
そんな人間を見てきたからか、自分がスムーズな旅を行うために、ポケモンに技を覚えさせるということに躊躇いがあった。
そんな葛藤に苛まれた末、フラッシュ無しでトンネルを抜けることを決めたわけだが、結局迷ってしまっては本末転倒である。このままでは自分もポケモンの身も危ない。
「一度、入口まで戻った方がいい、かな……?でも、戻り方わかんないし……どうしよう……」
色んな意味でお先真っ暗なこの状況を打開する方法が見つからず、リーフの頬に涙が伝った。その時、フッ……と突然、視界が明るくなった。
「おい、何やってんだよ。こんなとこで」
馴染みのある声。そして、リーフの涙がピタリと止まる。ゆっくりと顔を上げれば、呆れた顔の幼馴染が、ユンゲラーを連れて立っていた。
「……グリーン」
不安が一瞬にして消える。
直後、リーフの動きは早かった。
「は!?ちょっ、おい!!」
勢いよく地面を蹴ってグリーンに飛びつき、ボロボロと堰を切ったように涙を流す。
「ぐり、ん……うぅっ、グリーン……!!」
「わかった、わかったから!離れろって!!」
ドッと自分の中に沸き上がる羞恥心から引き剥がそうとするも、リーフは頑なにグリーンから離れようとしない。
そのやり取りも無意味に思え、諦めたグリーンはリーフが落ち着くまで抱きつかれていたのだった。
***
「落ち着いたかよ」
未だ隣でフラッシュを灯し続けるユンゲラーから生あたたかい視線を感じるも、それに気づかないフリをしてリーフの顔を覗き込む。大泣きしたせいで少し瞼が腫れているが、トンネルが抜ける頃には治まっているだろう。
「うん……ありがとう、グリーン。突然ごめんね」
「ったく、面倒かけさせやがって。俺様が来てやらなかったら、お前どうやってトンネル抜けるつもりだったんだよ」
「……あれ?そう言えば、グリーンはどうしてイワヤマトンネルにいるの??」
それは至極当然の疑問だった。リーフがイワヤマトンネルに入る前、既にレッドがシオンタウンに到着していることを、グリーンの祖父であるオーキド博士から聞いていた。
ということは、いつもレッドより一歩先を行くグリーンもイワヤマトンネルを抜けていることになる。だから、可笑しいのだ。グリーンがトンネルに居るというこの状況が。
「ねえ、なんでなの?」
「いや……あれだ!俺は修行の一貫で、このトンネルに入っただけだ!!そしたら、偶然!たまたま!べそかいてるお前を見つけて保護してやったんだよ……有難く思えよ!」
いつものように、腕を組みながら上から目線なグリーンに、リーフは「そうなんだ〜!じゃあ、私運がよかったんだね!」と疑うことなく彼の言葉を信じ込んでいた。
ニコニコと嬉しそうに頬を緩める幼馴染の様子に、グリーンはホッと胸を撫で下ろす。
(こいつが馬鹿でよかった)
いつものほわほわとした雰囲気をまといながら、ユンゲラーに話しかけているリーフを尻目に、数時間前に聞いた祖父からの伝言を脳内で再生する。
『グリーン、突然すまんのう。一方的で悪いが、お前に頼みがあるんじゃ。リーフがイワヤマトンネルに入ったようなんじゃが、ポケモンにフラッシュを覚えさせとらんようでのう……リーフがトンネルで遭難したら大変じゃ!探しに行ってやってくれ。頼んだぞ!』
本当に一方的すぎる。文句を言いたいところだが、昔からやたらとリーフに甘い祖父に物申したところで『探せ』と一方的に電話を切られるに違いない。
正直、面倒だ。何より、フラッシュを覚えさせずにトンネルを抜けようとする幼馴染の馬鹿さ加減に呆れることしかできない。自業自得だと笑い飛ばし、そのままシオンタウンを出ようとした。
しかし、気づけばユンゲラーを連れてイワヤマトンネルに向かっていたのだ。自分でも、何故かはわからない。
(あ〜俺様ってば超優しい)
わからないことを考えても仕方がない。疑問をいつもの俺様思考にシフトチェンジする。
目の前には、グリーンの駆けつけによってすっかり元気になった幼馴染。面倒かけさせやがって、と恨みを込めてリーフの額にデコピンをお見舞いしたあと、彼女の手を取って歩き出した。
「ハグれてもぜってぇ探してやんねぇから。しっかり捕まっとけよ、馬鹿リーフ」
「うん!……でも、馬鹿は一言余計じゃないかな……」
「馬鹿だろ。フラッシュ無しで抜けようだなんて……お前みたいな馬鹿始めて見たね」
「もう〜〜!!馬鹿バカ言わないでよお!」
不気味な空間が、少しだけ賑やかなものへと変化する。すぐに人を小馬鹿にする癖はいい加減どうにかならないものか、とユンゲラーはやれやれと溜息を吐く。
いつものように皮肉を飛ばすグリーンだが、彼がなぜリーフを探しにイワヤマトンネルへ戻ったのか、その理由にユンゲラーは気づいていた。主ももう少し大人になれば、その気持ちに気づくのだろうか。
心にもどかしさがまとわりつく。けれど、幼馴染として楽しそうにリーフと言葉を交わすグリーンを見ていると、それもすぐにスッと消えてしまった。逆に今はこのままでも良いのかもしれない、と。
その予感は、エスパータイプによる未来予知に限りなく近いものだった。
(グリーン、来てくれてありがとう!)
(うるせぇ、ばーか)
(もう!酷い!)
「ど、どうしよう……」
ほぼ真っ暗な視界に、ひんやりと冷たい空間の中で、リーフはただポツンと突っ立っていることしかできなかった。時折、微かに聞こえるポケモンの鳴き声が不気味に思えて、身体をブルリと震わせる。
イワヤマトンネル。10番道路にあるそれは、次の町であるシオンタウンに続いている。内部は広く、暗く、元々、暗い場所があまり得意ではないリーフにとってこのルートは大きな壁だった。しかし、秘伝技の「そらをとぶ」を持っていない彼女がシオンタウンへ辿り着くルートは、このイワヤマトンネルを抜ける方法しかない。
覚悟を決めて足を踏み入れたは良いものの、内部の暗さはリーフが想像していた以上であった。秘伝技の「フラッシュ」無しではトンネルを抜けるのが困難であることは知っていたが、リーフの手持ちにフラッシュを使えるポケモンがいない。そのため、フラッシュを使わずに前に進んでいたのだが、それは甘い考えであったと気づいた時には遅かった。
「……わたし、このまま外に出られないのかな」
トンネルを抜ける意気込みよりも、恐怖心の方が勝り、リーフの目に縁に涙が溜まる。
こんなことなら、ちゃんとフラッシュを覚えさせるべきだった……。そんな後悔が押し寄せるも、リーフは小さく首を振る。
(ダメ、できない……)
トンネルを通り抜けるためだけに、フラッシュをポケモンに覚えさせることなどできなかった。まるで、ポケモンを道具のように扱っているみたいで……──
リーフの脳裏に、Rの文字と黒ずくめの人間がチラつく。旅を出てから何度か遭遇した彼らは、ポケモンを盗み、道具のように扱い、傷つる……非情な行為を重ねていた者たちだ。
そんな人間を見てきたからか、自分がスムーズな旅を行うために、ポケモンに技を覚えさせるということに躊躇いがあった。
そんな葛藤に苛まれた末、フラッシュ無しでトンネルを抜けることを決めたわけだが、結局迷ってしまっては本末転倒である。このままでは自分もポケモンの身も危ない。
「一度、入口まで戻った方がいい、かな……?でも、戻り方わかんないし……どうしよう……」
色んな意味でお先真っ暗なこの状況を打開する方法が見つからず、リーフの頬に涙が伝った。その時、フッ……と突然、視界が明るくなった。
「おい、何やってんだよ。こんなとこで」
馴染みのある声。そして、リーフの涙がピタリと止まる。ゆっくりと顔を上げれば、呆れた顔の幼馴染が、ユンゲラーを連れて立っていた。
「……グリーン」
不安が一瞬にして消える。
直後、リーフの動きは早かった。
「は!?ちょっ、おい!!」
勢いよく地面を蹴ってグリーンに飛びつき、ボロボロと堰を切ったように涙を流す。
「ぐり、ん……うぅっ、グリーン……!!」
「わかった、わかったから!離れろって!!」
ドッと自分の中に沸き上がる羞恥心から引き剥がそうとするも、リーフは頑なにグリーンから離れようとしない。
そのやり取りも無意味に思え、諦めたグリーンはリーフが落ち着くまで抱きつかれていたのだった。
***
「落ち着いたかよ」
未だ隣でフラッシュを灯し続けるユンゲラーから生あたたかい視線を感じるも、それに気づかないフリをしてリーフの顔を覗き込む。大泣きしたせいで少し瞼が腫れているが、トンネルが抜ける頃には治まっているだろう。
「うん……ありがとう、グリーン。突然ごめんね」
「ったく、面倒かけさせやがって。俺様が来てやらなかったら、お前どうやってトンネル抜けるつもりだったんだよ」
「……あれ?そう言えば、グリーンはどうしてイワヤマトンネルにいるの??」
それは至極当然の疑問だった。リーフがイワヤマトンネルに入る前、既にレッドがシオンタウンに到着していることを、グリーンの祖父であるオーキド博士から聞いていた。
ということは、いつもレッドより一歩先を行くグリーンもイワヤマトンネルを抜けていることになる。だから、可笑しいのだ。グリーンがトンネルに居るというこの状況が。
「ねえ、なんでなの?」
「いや……あれだ!俺は修行の一貫で、このトンネルに入っただけだ!!そしたら、偶然!たまたま!べそかいてるお前を見つけて保護してやったんだよ……有難く思えよ!」
いつものように、腕を組みながら上から目線なグリーンに、リーフは「そうなんだ〜!じゃあ、私運がよかったんだね!」と疑うことなく彼の言葉を信じ込んでいた。
ニコニコと嬉しそうに頬を緩める幼馴染の様子に、グリーンはホッと胸を撫で下ろす。
(こいつが馬鹿でよかった)
いつものほわほわとした雰囲気をまといながら、ユンゲラーに話しかけているリーフを尻目に、数時間前に聞いた祖父からの伝言を脳内で再生する。
『グリーン、突然すまんのう。一方的で悪いが、お前に頼みがあるんじゃ。リーフがイワヤマトンネルに入ったようなんじゃが、ポケモンにフラッシュを覚えさせとらんようでのう……リーフがトンネルで遭難したら大変じゃ!探しに行ってやってくれ。頼んだぞ!』
本当に一方的すぎる。文句を言いたいところだが、昔からやたらとリーフに甘い祖父に物申したところで『探せ』と一方的に電話を切られるに違いない。
正直、面倒だ。何より、フラッシュを覚えさせずにトンネルを抜けようとする幼馴染の馬鹿さ加減に呆れることしかできない。自業自得だと笑い飛ばし、そのままシオンタウンを出ようとした。
しかし、気づけばユンゲラーを連れてイワヤマトンネルに向かっていたのだ。自分でも、何故かはわからない。
(あ〜俺様ってば超優しい)
わからないことを考えても仕方がない。疑問をいつもの俺様思考にシフトチェンジする。
目の前には、グリーンの駆けつけによってすっかり元気になった幼馴染。面倒かけさせやがって、と恨みを込めてリーフの額にデコピンをお見舞いしたあと、彼女の手を取って歩き出した。
「ハグれてもぜってぇ探してやんねぇから。しっかり捕まっとけよ、馬鹿リーフ」
「うん!……でも、馬鹿は一言余計じゃないかな……」
「馬鹿だろ。フラッシュ無しで抜けようだなんて……お前みたいな馬鹿始めて見たね」
「もう〜〜!!馬鹿バカ言わないでよお!」
不気味な空間が、少しだけ賑やかなものへと変化する。すぐに人を小馬鹿にする癖はいい加減どうにかならないものか、とユンゲラーはやれやれと溜息を吐く。
いつものように皮肉を飛ばすグリーンだが、彼がなぜリーフを探しにイワヤマトンネルへ戻ったのか、その理由にユンゲラーは気づいていた。主ももう少し大人になれば、その気持ちに気づくのだろうか。
心にもどかしさがまとわりつく。けれど、幼馴染として楽しそうにリーフと言葉を交わすグリーンを見ていると、それもすぐにスッと消えてしまった。逆に今はこのままでも良いのかもしれない、と。
その予感は、エスパータイプによる未来予知に限りなく近いものだった。
(グリーン、来てくれてありがとう!)
(うるせぇ、ばーか)
(もう!酷い!)
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