惚れるが負け/籠釣瓶ミツ

【その指先のまにまに】

 綺麗な指先だと思った。
 スルリとグラスを撫でるその細くて骨ばった指が綺麗だと思った。
 思わず見つめていると、そのエメラルドグリーンの瞳がゆるりとこちらを向く。薄く煙に濁ったその瞳はアルコールで曇った思考にまとわりついた。
「見すぎ」
 低く甘く痺れを含んだ掠れ声に身体の芯がうずくのを感じながら、気取られないように薄く微笑みを作った。
「あら、いいじゃない。"恋人"のことを見つめて何が悪いの?」
 ふ、と鼻で笑いながらもその指先がゆっくりと髪に絡む。その指先はいったい何人の女を絡めとってきたのだろう。指先から香る紫煙が髪に移るほどに、いったい何人の女と時間と枕を共にしてきたのだろう。
「お前はいつから俺の"恋人"になったんだ?」
「違った?」
「……ノーコメント」
 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、独占欲を含んだ口角からはアルコールの匂いがした。

 ✦ ✦ ✦

 出会いは錆びれた深夜のバー。仕事終わりにいつもの席でいつものカクテルを味わいながら、クソ客からのメッセージに定型文を送っていた時の事だ。もちろんめんどくさい営業の仕事の真っ最中であるために、機嫌はそこそこに悪かったと思うのだが、かの男──籠釣瓶ミツという男はスルリと隣に座りカクテルを注文する。初めましての印象はそれはもう最悪なものだった。
「一人?」
「ナンパ?」
 一切そちらに目を向けることなく、ツンと言い切る。これは安い女ではないのだという自衛も兼ねているのだが、お構いなしに会話が続く。
「楽しいお酒じゃないのかなって思ってさ」
「?」
「眉間、険しいぜ?」
 思わず顔を上げてしまった。低すぎず甘すぎない声の主は、少しばかり顔に傷の多い不思議な雰囲気の男だった。ただ少し商売的な笑みを浮かべているのを除けば、この街によくいる男だ。少しだけ本能が警鐘を鳴らす雰囲気は、片手で揺らすホーセズネックが嫌に似合うと感じた。
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