梅雨の日
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梅雨、とは憂鬱だ。制服の半袖が少しばかり寒く感じるくせに湿度を感じて肌がベタつく。それに突然降ってくる雨なんかも嫌いだ。つい先日まであんなに晴れていたのになぁ、と折り畳み傘を片手に正門前で空を仰ぐ。
今日は憧れの人と放課後海に行く予定だったのに。楽しみにしていた予定が台無しだ、と視線を下に落とした。
「ユリカ」
「っはい!あ、承太郎さん!」
雨の音で足音に気づかなかった。
呼ばれた名前に咄嗟に反応して、傘から顔を覗かせると、雨の日にも関わらず帽子の鍔に手を添えた、いつもと変わらない承太郎さんが立っていた。
「すまない、待たせたか?」
「全然です!ついさっき学校から出てきたところです」
「なら良いんだが...にしても生憎の雨だな」
「...海、楽しみにしてたんですけどね」
眉を下げて笑いながら承太郎さんを見上げると、ポンと頭に承太郎さんの手が触れた。ひと回り上のお兄さんで、しかもこんなにかっこいいなんてずるいなぁと心の中で呟いたが、口に出した言葉は勿論全く違うものだ。
折角なら一緒にいたい気持ちもあるけれど「海はまた別の日にしましょう」なんてちょっと強がった事を言ってしまった。
「そうだな...この前捕まえたヒトデなら今ホテルにはいるんだが」
「ヒトデ!?凄い!ヒトデ見たいです!」
「見にくるか?」
「でも、ホテル...着いて行ってもいいんですか?」
「...来る分には構わない」
承太郎さんと一緒にいられる!という嬉しさで舞い上がったが、男性と二人でホテルって...いや、そう言う変な事を考える方が絶対に良くない。
私のバカ〜!と赤くなりそうな顔を見られないようにちょっとだけ傘を下げて、承太郎さんの視線を塞いだ。
「歩いてそれほど遠くはないが、大丈夫か?」
「はい!全然大丈夫です!体力だけは自信ありますから」
「ああ、そう言えばこの前仗助がそんな事を言っていたな」
「え!?何を聞いたんですか!?」
まさか仗助のヤツ購買の激しいパン争いで勝ち抜いたこととか、体育の時のめちゃくちゃ飛んだバッティングのこととか、追いかけられたら絶対逃げられないとか、そんなこと言ってないよね...と一人想像して冷や汗をかきそうになったが、どうやら最近聞いたのはシャトルラン100回越えでめちゃくちゃ足が速いというくらいのことだったらしい。確かに足速いし昔から体力お化けではあるのだけど。
ホッと胸を撫で下ろして、他愛もない話をしつつ、承太郎さんと杜王グランドホテルに向かった。
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「うわぁ〜.....広い!!あ!ヒトデ!あ、お邪魔しますっ!」
ホテルの部屋にお邪魔させてもらって、スリッパに履き替えた。遠目でもわかる大きな水槽に、ピンク色の星形がピタッと張り付いているのがここからも見える。
水槽見て良いですか?と聞けば、かまわない、と笑ってくれたのであまりのカッコ良さにキュンとしてしまったが、無駄なことは考えないようにしようと一直線に水槽へ向かった。
とても可愛いらしくって、何種類か違う色のものがいる。生き物なのにこんなに可愛い形なんて不思議だなぁと。生命の神秘だと思いながら色々な角度から見ていると、承太郎さんが簡単にヒトデの種類を説明してくれた。
隣にいる承太郎さんに少しドキドキしながら、この人が学校の先生だったら毎日一生懸命勉強するのになぁと考える。
「承太郎さんって、なんというかあの...本当素敵です!」
「唐突だな」
「ええっ!?あ、いやその〜...え〜と...なんか物知りでかっこよくてなんか、憧れます!みたいな...」
「俺に憧れても背は伸びないと思うがな」
「え!?小さいと思ってるんですか?」
「ああ、華奢で折れちまいそうだ」
笑って背中に軽く添えられた手に少し驚いてうひゃっとマヌケな声を出すと、何か飲むものを持ってくると残して向こうへ行ってしまった。
なんというか、その、これ以上ドキドキさせないで!と叫びたい気持ちをグッと飲み込んだ。水槽から目を離してローテーブルのそばのソファに腰掛けた。
大きな窓ガラスからは灰色の空が見えているものの、こんなに胸がドキドキして幸せな気持ちなのがとっても不思議だ。声も仕草も顔も、性格すらも素敵なんて非の打ち所がないにも程がある。シンとする部屋に妙に緊張してなんだか背もたれに背も預けられない。
ソワソワして待っていると、行儀がいいんだなとコーヒーカップを両手に持った承太郎さんが戻ってきた。
「ブラックでいいか?」
「あ、はい!ブラック好きです」
「ミルクがなかったんだが、良かった。熱いから火傷するなよ」
「猫舌です...」
「なら少し待ったほうがいいな」
ふっと笑って隣に座った承太郎さんに、ソワソワしてるのがバレないといいのだけど。
チラッと隣を見るとカップを持つ承太郎さんの横顔が綺麗で、知らぬ間に見惚れてしまっていた。何かついてるか?と不思議そうな顔をするものだから、なんでもないです!と両手をぶんぶん降っておいた。ん、と小さく頷いてコーヒーを飲む姿があまりにもキラキラしていて、大人の色気というのはこういうものなのかとつくづく感じる。
「ユリカ」
「はい?」
「あまりその辺の男の部屋にすんなり行くもんじゃあないぞ」
「え....え!?それはどういう」
「一応俺も男だからな」
「えっとその、」
「俺から手を出すことはないが、こういう状況だったら他の男は分からないからな」
あんまり普通にそうな事を言うことに驚いたが、なんだか少し切ない気持ちになった。やっぱり承太郎さんにとって私は子供なんだなぁ、と。
「私が...私がもっとキレイな女性だったら...その、なんというか」
「...顔に出てるぞ」
「嘘ッ!顔!?」
「すまない、少し揶揄いたくなった」
「っ!承太郎さんの馬鹿!」
「ユリカは十分綺麗だからこそ気をつけろと言ったんだがな...」
真っ赤だな、と言いつつほっぺに軽く触れた彼の指がひんやりしていて、自分の顔が熱いことを確信した。何言ってんだ!と自分の言った言葉への恥ずかしさのあまりちょっとうるうるしてきた。
「あまり情を煽るような顔をするのはやめろ」
「こ、こっちのセリフですっ!」
「....男はどいつもこいつも狼と学んだ方がいいぜ?」
ゆっくりこちらに寄ってくる承太郎さんが、私の額に軽く手を添えたかと思うと、そのまま自分の手の甲にキスを落とした。
「これじゃあすぐに食われちまいそうだ」
顔色ひとつ変えずにそう言って笑った彼のせいで、恥ずかしさと悔しさでいっぱいだ。
「承太郎、さん...」
ちゅ、と可愛らしいリップ音が自分の鼓膜に響いた。
私は今何をした?目の前に承太郎さんの顔があるのはなんで?
自問自答が止まらないが、悔しくって彼の唇にほんの少しだけ触れてキスをしていた。正直何してるんだろうという気持ちと、もっと私のことを見てほしいという本能で胸がぐちゃぐちゃだ。
「...ユリカ、ダメだ」
「ダメじゃないっ、やだ!承太郎さん、ズルいです」
「なんのために忠告してるか分かってるのか?」
「なんのため、って.......っん」
ソファに縫い付けられた右手が熱い。
彼に触れられている顎先も、唇も。触れては離れ、優しいキスが数回降ってきた。
恥ずかしさと嬉しさと、溢れ出して泣いてしまいそうだ。離れるのがなんだか切なくて、空いているてで彼の右手を掴む。
もうちょっと、なんて口には出せなかったけど、困った顔をした承太郎さんが私の名前を呼んで、さっきより深く口付けをする。慣れなくって湿っぽい声が漏れてしまう。
離れると同時に承太郎さんと自分の間にほんの僅かに繋がった唾液の糸があまりにも羞恥心を掻き立てた。
「...手を出す気はなかったんだがな、今は」
「今、は?」
「あと1年は待とうと思っていたが、無理そうだ」
俺は言ったからな。ともう一度触れるだけのキスをされた。
「承太郎さんのこと待たせなくない...ダメ?」
「今更だ」
「....承太郎さん、好き」
「ああ」
俺もだ、と目尻を優しく下げた彼にもう一度、今度は私の方からキスをして、ぎゅっと抱きつくと、ふわりと彼に抱き上げられて顔が熱くって爆発してしまいそうになったのは、言うまでもない。
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