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創立記念式典

煌びやかな装飾が施された室内に、めいいっぱいおめかしをした生徒達、魔法のドリンクの影響か人混みの中からはふわりふわりと星や花びらが舞っているのが遠くからでも良く分かる。
普段ならその人混みへ、楽しそうの一言だけで突撃していくエリアスであったが、珍しく壁際で大人しくしているのは、着慣れないきっちりとしたスーツを着ていることと、もうひとつ理由があった。

(なんだろう。なんか足りないのかなぁ…前はもっと、賑やかで…楽しくて…)

何かが物足りないという感覚
自分でも理解の出来ないモヤモヤを振り払おうと、エリアスはドリンクを取りに行くことにした。しかし、その頭には何故か四つ葉のクローバーが印象的な後輩がチラつく。
確かに彼女とは、主にエリアスがちょっかいをかけ、怒られながらもその関係を楽しみつつ賑やかに過ごしていた。しかしミラージュを一緒に討伐しに行ったあの日から、避けられているのか、顔を合わせる機会がめっきりなくなってしまっていたのだった。

(…また怒らせちゃってるのかな)

心の隅をチリチリと焼くような寂しさを誤魔化すように、エリアスは適当に手に取ったドリンクを一気に飲み干す。
その瞬間くらりと軽い酩酊感のあとポンッと頭に軽い衝撃を受けた。
「うえっ…?なに…?」
左耳あたりに何かが当たっているような違和感を覚え、そちらに目を向けると何やらピンク色の花びらのようなものが見えるが何が起こったのか確認することは出来なかった。

「お!エリアスじゃーん!なになに?何飲んだの?かーわいーのつけちゃってー」

自分の状況を確認しようとエリアスがあたふたしていると後からドンッと衝撃と共に誰かに肩を抱かれたようだった。
「うわ、びっくりした。あれ、ロウ先輩?」
その人物はクローの先輩のロウ・シーガーだった。彼もカマーベストに身を包み、髪を少し上げ、普段よりもめかしこんで式典に参加しているようだった。それに何を飲んだのか、時折彼の体からはキラキラと星屑が舞い散っていた。

「そうだよー俺だよー!エリアスも式典楽しんでるー?ピンクの胡蝶蘭なんて可愛い花飾り生やしちゃってさぁー」
心から式典を楽しんでいるのか、普段よりさらにテンションの高いロウはエリアスの頭に生えた花をくりくりと指先で弄っているようだった。
コチョウラン、その言葉を聞いてエリアスは何故か四つ葉なら良かったのにという思いが頭をよぎった。なぜそんなことを思ったのか、自分でもよく分からない。
「そんな可愛い花なの?俺からじゃどんな花なのかよくみえなくって」
頭を触られているため下手に動けず、エリアスは視線だけで尋ねる形となる。
すると、ロウは何かを思い出すように視線を左上へと向ける。
「まぁ、花の見た目も可愛いけど特に可愛いのは花言葉だな。ピンクの胡蝶蘭は確か…あなたを愛しています。だったな。あー甘酸っぱいねぇーもし好きな人がいるんなら頑張ってみることだな少年!なんてな!にゃははっ!プレゼントしたいなら早めにな!ほっとくとそれはすぐ枯れちゃうぞー」
ロウはご機嫌にそうまくし立てるとエリアスを頭をがしがしと撫で、友人を見つけたのかそちらへかけて言ってしまった。まるで旋風だと、エリアスは思った。
「あなたを愛していますかぁ…」
彼の言葉を思い出しながら、ぽつりと呟くとなんだか照れくさくなり、気を紛らわせるためにかけて行ったロウを視線で追いかけてみる。彼は彼で、友人達の前でターンを決めながらまた星屑を撒き散らしていた。
そんな先輩のさらに向こうに見慣れた黄色と緑の頭を見かけた。その瞬間、エリアスは自分の心臓がトクンと跳ねるのを感じた。考えるよりも先に足はそちらの方向へ動いていた。


少し前のように声をかけようと近づいた時、ルトレはちょうど、エリアスの知らないアッカの男子生徒と話をしているようでエリアスは足を止める。長い話ではなく挨拶を交わしているだけのようだったが、エリアスはまた、チリチリと焼くような寂しさを感じていた。

「ルトレー、久しぶりー」

その男子生徒が立ち去るのを確認してから、エリアスは前のように声をかけた。ひどく長い間話していなかったような気さえする。
しかし、その声に反応したルトレがぱっとこっちを見たあと、すぐに視線を少し逸らしながら、
「お久しぶりです…エリアスさん…」
と、返すのを見てエリアスは前と同じだと懐かしさに安心感を覚えた。

「ねぇ、ルトレ見て見て。さっき置いてあるドリンク飲んだら頭から花が生えたんだよ」
そう言えばと思い出しエリアスは少しだけ屈んで花が生えているあたりをルトレに見えやすくする。
「…何飲んだんですか?綺麗な花だとは思いますけども」
「何だったんだろうねーちゃんと見てなかったや。でも俺生えるなら四つ葉が良かったなぁって…そう言えばルトレドレスなんだね。やっぱりよく似合ってるねー」

相変わらずポケーっとした様子で話すエリアスであったが、ふとルトレの姿に目を止め嬉しそうにふわりと微笑んだ。

「なっ…!」
ルトレが何かを言い返そうとした時、音楽が変わり、周りでは生徒達がペアを作りダンスをはじめる。その中に立っていたものだから、誰かと軽くぶつかってしまう。

「わわっ!今日こんなのもあったんだねー…俺ダンスはあんまりだなぁ…」
エリアスが少し困ったように告げると
「私も…得意ではないので…」
とルトレも困ったような顔をした。

「じゃあ少し壁の方でお喋りしようよ」
そう言ってエリアスはルトレの手を取り、断る素振りがないのを確認して人混みのあいだを器用にするすると抜けていった。
ルトレの手を引きながら、エリアスは先程まで退屈だと冷めていた心がぽかぽかと温かくなるのを感じていた。顔を合わせていなかった期間は、時間としては大した長さではなかったかもしれない。それでもこんなにも自分が寂しさを感じていたこと、少し顔を見ただけでこれほどにも嬉しく感じること、

つまらないと感じていたこの時間が、一瞬で心弾むものに変わったと、さらにその理由にも、エリアスはようやく納得がいった。

(ピンクの胡蝶蘭の花言葉はあなたを愛しています…かぁ、)
人の少なくなってきたあたりまで手を引きながらエリアスは先ほどのロウの言葉を心の中で繰り返していた。

「…っ!エリアスさん、どこまで行くつもりですかっ…」
そんなふうに考え事をしていたから、人混みからそこそこ離れたことに気づかなかった。
「あ、ごめん考え事してたや…」

そう言いながら振り返ると、先程の人混みよりもはっきりと赤いドレスを着たルトレの姿が目に入った。

「…やっぱり綺麗だ」

ふ、と一息つき思わず溢れた感想と共にエリアスはまた、顔を綻ばせた。

「はぁ!?な、何言ってるんですか…しかもさっきも言ってましたし」
慌てた様子で頬を赤らめ、キッと睨みつけてくるルトレにエリアスは少し慌てる。
「わわっ、えっと、思ったことがそのまま口に出ちゃった…?みたいな?」
ルトレの様子を伺うような姿勢にルトレはため息をひとつ零すと
「…そうでした。エリアスさんそういう人でしたもんね」
と1人納得していた。

「あ、エリアスさん頭のそれ…」

ふとエリアスの頭に目をやったルトレが声を上げる。
ルトレの視線の先ではエリアスの頭の花が少しずつ萎れかけてきていた。
「え?花のこと?どーしたの?」
エリアスは花がどうしたのかと探ろうと頭へ手を伸ばすが、その手つきが危うく、花を潰してしまうような気がしてルトレは思わず手を掴んで止めた。
「花、ちょっと元気なくなって来てませんか?」
「あ…そう言えばロウ先輩がプレゼントしないと枯れちゃうって言ってたような…」
エリアスはロウの言葉を思い出しながら呟いた。
「…そんなドリンクあった気がしますね。」
「そう、それで俺さっきまでは四つ葉がいいって言ってたけどこの花でよかったーって思ってるんだよね」
突然話の飛ぶエリアスにルトレはまたかと諦めつつ訝しげな表情を浮かべる。
「ねぇルトレ、ちょっと俺の話きいてもらってもいい?」
「はぁ…」
改めてエリアスが向き合って見つめてくるため、ルトレは落ち着かなさを感じながらもその真面目な様子にきちんと向き合った。
「俺さ、今日のパーティ全然楽しくないなって思ってたの。今日だけじゃなくて最近ずーっと、なんか退屈だなって。でもね、今すっごく楽しくって、なんでだろって考えてたんだけどやっと分かったんだぁ。ルトレがいるからだって」
そこで1度エリアスは一息つく、ルトレの様子を見るが、俯き表情は読み取れない。

「…良かったらさ、この花飾り受け取ってほしいんだ。これね、胡蝶蘭って花らしいんだけど花言葉もね、ロウ先輩が教えてくれたんだ」
エリアスは自分の心臓がひどくうるさく感じていた。ここまで心を動かすことが今まであっただろうかと。
「"あなたを愛しています"って言うんだって。ねぇ、ルトレ、俺ルトレのことが好きだよ。卒業しても一緒にいたいくらい好き」

人を好きになるなんて初めてだった。
器用なことも出来ないし、かっこよくも出来ないけれど、どうか伝わった欲しい。それだけでいっぱいだった。
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