運命の歯車
〝闇〟は美琴の手を取り、流れるような動きで路地を駆け抜けた。
〝あがらう者〟の気配が完全に消えたところで、足を止め、美琴を振り返る。
「おい、大丈夫か?」
「はあ……はあ……うん、大丈夫」
息を切らしながらも、美琴はにこりと笑って答えた。
――だが、その直後だった。
美琴の表情が一変し、がくりと膝をつく。
「っ……!」
苦しそうに胸を押さえ、荒い息の合間に、意味の分からない言葉を呟き始める。
「くふっ……我は……闇より、いでし者也……」
「美琴!? おい、どうした!」
「哀れな……くはっ……子羊たちに……」
「……まずいな」
〝闇〟は舌打ちする。
「持ってかれたか……〝あがらう者〟に」
彼は美琴の頭にそっと手を置き、周囲を警戒しながら小さく呟いた。
「дбЭЮ"ФЩ¶ΘΨυ……」
呪文のような、耳慣れない言語。
やがて――
「……ん?」
美琴の呼吸が、次第に落ち着いていく。
「気づいたか?」
「うん……今、私……どうしてたの?」
「一瞬、〝あがらう者〟に意識を引きずられた」
「え……なんで?」
「分からねぇ。だが――狙われてる可能性は高い」
「?? ちょっと待って。何がどうなってるのか、全然分かんないんだけど?」
「悪いが、今は説明してる暇がねぇ」
「え? どうして?」
「時間が無い。すぐ戻って、親父に問いただす」
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
美琴が呼び止める間もなく、〝闇〟は背を向け、闇に溶けるように姿を消した。
「あ~あ……行っちゃった……」
呆然と呟いた直後、美琴ははっとして腕時計を見る。
「大変! もうこんな時間! 急いで帰らなきゃ!!」
彼女は再び、家路を急いだ。
――その背後で。
いくつもの〝影〟が、音もなく現れる。
影たちは、美琴に付き従うように、一定の距離を保って動き出した。
美琴は一瞬、違和感を覚えて振り返る。
しかし、そこには何も見えない。
「……気のせい、かな」
そう呟き、再び走り出した。
---
帰宅した美琴は、両親に遅くなったことを謝り、
家族と食卓を囲みながら、今夜の出来事を思い返していた。
理解できないことばかり。
それでも、胸の奥に残るのは、不思議な温もりだった。
――――――――――――――――――
その頃、〝闇〟は、とある場所に辿り着いていた。
重厚な扉を乱暴に押し開け、ずかずかと中へ踏み込む。
「親父! いるか!」
「何事だ、〝翔(かける)〟。相変わらず騒々しいやつめ……」
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「まだそんなことを言っているのか。いい加減、後継者としての自覚を――」
「その話をしに来たんじゃねぇ!」
「まったく……話は最後まで聞くものだ。それで、どうした?」
「〝あがらう者〟と接触しちまった人間がいる」
「何!? お前には〝外〟に出るなと、あれほど――」
「少しくらい、いいだろ」
「そう言って、実際に問題を起こしているではないか!」
「それについては……悪かったと思ってる」
「……ほう。今日は随分素直だな」
「……ちょっと、気になるやつだからな」
「ほう? どんな〝人間〟だ?」
「普通の女だ。ただ――〝あがらう者〟が〝目〟をつけてる」
「ふむ……なるほどな。それなら仕方あるまい」
「あいつらは、いったい何を考えてやがる?
親父なら知ってるんだろ?」
「本音が出たな。それを知って、どうする」
「乗り込んで、とっちめてやる!」
「今のお前では無理だ」
「なっ!」
「お前には、別の役割がある」
「何だよ……また〝閉じ込める〟気じゃねぇだろうな」
「その心配は無用だ。
お前には、その女を見張ってもらいたい」
「美琴を? なんであんな普通のやつを……」
「〝あがらう者〟の動向を探るには、最適だ」
「……なるほどな」
少し考え、〝闇〟は口角を上げた。
「分かった。引き受ける」
「頼りにしているぞ。ただし――深入りはするな」
「分かってるよ」
こうして、静かに夜は更けていった。
〝あがらう者〟の気配が完全に消えたところで、足を止め、美琴を振り返る。
「おい、大丈夫か?」
「はあ……はあ……うん、大丈夫」
息を切らしながらも、美琴はにこりと笑って答えた。
――だが、その直後だった。
美琴の表情が一変し、がくりと膝をつく。
「っ……!」
苦しそうに胸を押さえ、荒い息の合間に、意味の分からない言葉を呟き始める。
「くふっ……我は……闇より、いでし者也……」
「美琴!? おい、どうした!」
「哀れな……くはっ……子羊たちに……」
「……まずいな」
〝闇〟は舌打ちする。
「持ってかれたか……〝あがらう者〟に」
彼は美琴の頭にそっと手を置き、周囲を警戒しながら小さく呟いた。
「дбЭЮ"ФЩ¶ΘΨυ……」
呪文のような、耳慣れない言語。
やがて――
「……ん?」
美琴の呼吸が、次第に落ち着いていく。
「気づいたか?」
「うん……今、私……どうしてたの?」
「一瞬、〝あがらう者〟に意識を引きずられた」
「え……なんで?」
「分からねぇ。だが――狙われてる可能性は高い」
「?? ちょっと待って。何がどうなってるのか、全然分かんないんだけど?」
「悪いが、今は説明してる暇がねぇ」
「え? どうして?」
「時間が無い。すぐ戻って、親父に問いただす」
「ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
美琴が呼び止める間もなく、〝闇〟は背を向け、闇に溶けるように姿を消した。
「あ~あ……行っちゃった……」
呆然と呟いた直後、美琴ははっとして腕時計を見る。
「大変! もうこんな時間! 急いで帰らなきゃ!!」
彼女は再び、家路を急いだ。
――その背後で。
いくつもの〝影〟が、音もなく現れる。
影たちは、美琴に付き従うように、一定の距離を保って動き出した。
美琴は一瞬、違和感を覚えて振り返る。
しかし、そこには何も見えない。
「……気のせい、かな」
そう呟き、再び走り出した。
---
帰宅した美琴は、両親に遅くなったことを謝り、
家族と食卓を囲みながら、今夜の出来事を思い返していた。
理解できないことばかり。
それでも、胸の奥に残るのは、不思議な温もりだった。
――――――――――――――――――
その頃、〝闇〟は、とある場所に辿り着いていた。
重厚な扉を乱暴に押し開け、ずかずかと中へ踏み込む。
「親父! いるか!」
「何事だ、〝翔(かける)〟。相変わらず騒々しいやつめ……」
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「まだそんなことを言っているのか。いい加減、後継者としての自覚を――」
「その話をしに来たんじゃねぇ!」
「まったく……話は最後まで聞くものだ。それで、どうした?」
「〝あがらう者〟と接触しちまった人間がいる」
「何!? お前には〝外〟に出るなと、あれほど――」
「少しくらい、いいだろ」
「そう言って、実際に問題を起こしているではないか!」
「それについては……悪かったと思ってる」
「……ほう。今日は随分素直だな」
「……ちょっと、気になるやつだからな」
「ほう? どんな〝人間〟だ?」
「普通の女だ。ただ――〝あがらう者〟が〝目〟をつけてる」
「ふむ……なるほどな。それなら仕方あるまい」
「あいつらは、いったい何を考えてやがる?
親父なら知ってるんだろ?」
「本音が出たな。それを知って、どうする」
「乗り込んで、とっちめてやる!」
「今のお前では無理だ」
「なっ!」
「お前には、別の役割がある」
「何だよ……また〝閉じ込める〟気じゃねぇだろうな」
「その心配は無用だ。
お前には、その女を見張ってもらいたい」
「美琴を? なんであんな普通のやつを……」
「〝あがらう者〟の動向を探るには、最適だ」
「……なるほどな」
少し考え、〝闇〟は口角を上げた。
「分かった。引き受ける」
「頼りにしているぞ。ただし――深入りはするな」
「分かってるよ」
こうして、静かに夜は更けていった。